第二話 私服の猫巫女 前編 〜十八戦目で枕を濡らした〜

 猫巫女ねこみことして活動する事になったとはいえ、放課後まではなにか変わったという事はなく、いつも通りの日常を過ごしている。

 崩れ去ったと思われた日常だったけど⋯⋯。

 まあ、本当のところは私から学校生活には干渉しないで欲しいとラオシャに強く主張し、その代わり放課後には必ず猫巫女活動をすると約束を交わしてお互い了承をしたのである。

 学校が終わって帰宅した私は課題と夕食を済ませた後、寝る前の数時間、ゲームの中の悪魔に向かって片手に盾を構え、もう片手に直剣を振るっていた。

 左右前後にキャラクターを動かし、両手の装備を時には回復アイテムを使い、時には敵を誘導するアイテムを投げる。攻撃を避ける時にはローリングをする。


 たったこれだけなのに何故こんなにも熱くなれるのだろうか。

 たったこれだけなのに何故こんなにも深みにハマれるのだろうか。

 改めてこのゲームに対する奥深さを感じる。そんな中、私はふと猫巫女に対しての疑問が浮かんできた。

 探索を進める手を動かしながら、優雅に私のベッドの真ん中でおっさん座りを決め込んで毛繕いをしている、成人男性の声帯を備えた変な喋る猫に疑問を投げかけてみた。

「そういえばラオシャ。昨日は勢いで色々決めちゃって何も聞いてなかったんだけどさ、迷魂って全部でいくついるのかな?」

 ラオシャは口を開き淡々と答え始めた。

「⋯⋯ワシに与えられている情報によれば、全部で十二体じゃな」

「あー⋯⋯良かったかも。ホントに勢いで全部って言っちゃったから、ちょっと不安だったのよね」

「⋯⋯そうは見えんがな⋯⋯。せめてゲームをやる手を止めたら──」

「考えてるよ。考えない訳ない、だって一つ目の子供の迷魂の事、まだ何処かで引きずったままだし⋯⋯」


 ポーズ画面を開きコントローラーをそっと膝の上に置いて私は、未だ拭えない思いを打ち明けた。

 後悔した訳じゃない。同情した訳でもない。ただ真っ直ぐな思いで、悲しい記憶を抱えて彷徨っている迷魂を、放ってはおけなかったんだ。

 私が助ける立場でいる限り、せめて記憶を共有し合って痛みを和らげてあげようと思ったから。

「だから色々と考え事をする時には、こうしてモニターと向き合って、黙々と頭の中を整理して、スッキリさせる。まあ猫巫女やる前からやってた事だけど、考え事が増えただけだし⋯⋯」

「ただ娯楽を楽しんでいたのではないのか⋯⋯ふむ。早めに忠告しておくが、いつまでも抱え込んだりはするなよ。あくまでこれはワシの仕事なんじゃから、お前はいつも通りでいる事が一番なんじゃ」


「⋯⋯ありがとう。あ、もう一つ質問あるんだけど」

「なんじゃ」

「なんで猫巫女を通してじゃないとその力は使えないの?」

 ラオシャはおっさん座りを辞めてベッドから降りると、私が向き合っていたモニターの目の前へ移動した。

「単独で力を使う事を封印されておるのじゃ。その証として、ほれ。首輪がされておるという事よ」

「そういう事だったの⋯⋯ん? て事はやっぱり飼い主さんがいるんじゃ?」

「人には飼われておらん、同じ猫にな。お前たちと同じ親のような存在がワシたちにもいて、首輪はその親から付けられるのだ。首輪はただ力を封印する為だけのものではなく、首輪に付いた鈴が猫巫女を紡ぐものになっておるのよ」


「親猫から付けられるって事は、結構前から猫巫女と猫の歴史があるって事だよね。でも、私のお婆ちゃんからもそんな話は聞いた事ないなあ⋯⋯」


「それは⋯⋯ま、全ての迷魂の送り迎えを完了した時に教えてやろう」


「勿体ぶるね⋯⋯まあ良いよ。じゃあどいて。今からめっちゃ強い炎のボスを倒すんだから」


 私はラオシャを軽く持ち上げ床に降ろしてから、再度コントローラーを両手に持ちゲームを再開した。未だ倒せていない橋の上のデーモンを倒さなくては次に進めないのだ。

「はあ⋯⋯今日は何回目で枕を涙で濡らすかの⋯⋯」


     ✳︎


 翌日、放課後から帰った私は私服に着替え、ラオシャと共に町を見渡せる高台まで来ていた。

 あと数日も経過すれば気温も更に高くなり、日差しも肌を焦がすほど熱く突き刺さり、季節は夏の真っ只中へ突入する。


 初めて迷魂を送り迎えした日はまだ長袖のシャツで平気だったが、昨日辺りからどうも気温の変化が激しい。明日には制服も半袖で過ごす事になるだろう。いつもおさげにしている髪も後ろに結んで、少しでも涼しく過ごしたいものだ。


 服は今日は動くのであまり着飾らず、大きめの白のメンズTにクロップドカーゴパンツを揃え、水色のスニーカーを履いて完全に夏に備えた格好にしておいた。

 それはさておき⋯⋯。

「分かってたけど、熱いんだよね⋯⋯ラオシャ、これなんとかならん⋯⋯?」

 私の頭の後ろにくっついているラオシャが熱くて堪らない。感触は心地良いのだが、これが終わった後抜け毛がこびり付いているのだと思うとちょっと辛い。

「天眼と送り還しの時だけじゃろ⋯⋯少しくらい我慢せんか⋯⋯」

「猫巫女で熱中症とか私嫌だからね⋯⋯」

「ま、ワシとの信頼が増せばこの基本スタイルにも応用を効かす事が出来るじゃろうが⋯⋯。では行くぞ、まずは天眼じゃ」

 

 額に当てた肉球をギュッと押し込み、ラオシャから私へと力を流す。

 私の瞳に星模様が溶け込むのを感じる。ふと今の自分の様子を見てみたくなり、持って来ていた手鏡で天眼使用時の私の顔を覗いてみた。

「星が⋯⋯」

 瞳の真ん中で、青白く輝く星模様が大きく浮かび、その後ろには夜空の星のように小さな星々が輝きを放っていた。あの大きな星模様は私の知っている星とは大きく違う、ゲームに出てくる少しイカした星のアイコンのようだと私のゲーム脳を少し刺激させる。

 手鏡の奥で感動していると、私の後ろで肉球を押し付けて力を発動しているラオシャが口を挟んで急かしてきた。

「他の猫巫女も、天眼を使っている時の眼を見た時には宇宙みたいだと必ず言うとったな。さ、堪能し終えたなら早く迷魂を探すのだ。あまり長時間使うと腹が減る」

「おっとそうだった⋯⋯じゃあ、見渡すよ」

 夜空のようになっている私の瞳で町一帯を、青く揺れ動く反応を見つける為くまなく見渡す。すると少し入り組んだ路地のところで揺れ動いているのが確認出来たので、私は察知した場所を指差しながらラオシャに報告をした。

「見つけた。えっと、ちょっと遠いけど入り組んでる路地裏のとこ。ここからだと走って十分くらいかな」

「よし。ではそこへ向かうぞ」

「うん!」


     ✳︎


 迷魂がいるであろう路地の手前まで来た私たちは、猫巫女の仕事をする前に水分補給をしながら近くのベンチで涼んでいた。

「ん⋯⋯ん⋯⋯っはあ⋯⋯あ、暑い⋯⋯。今日なんでこんな暑いの⋯⋯ありえへん⋯⋯」

「年々暑くなってきとるとはいえ毎年想像を超えてくるな⋯⋯干からびてしまうな⋯⋯」

「汗で服が⋯⋯帰ったら真っ先にお風呂やな⋯⋯」

「飲み干したら路地へ向かうぞ。短時間で終わらせたいものだな⋯⋯」


 夕陽のオレンジが町を包み込む。休憩を終えて、私たちは小走りで迷魂のいる路地裏に入っていった。しかし天眼が解かれた段階では私の目では捉えることが出来ず、探査はスムーズには行かなかった。

「ら、ラオシャ。迷魂、どこ⋯⋯」

「近くにおれば私でも感知できるが⋯⋯そうか⋯⋯天眼から休憩も挟んだからな。お前は既に見えなくなっておるか」

「前は天眼を使ってすぐに自転車で迷魂のところまで来れたからうっすら見えてたけど、今回全くダメだ⋯⋯」

 足を止めていると、ラオシャは私の肩へ昇ってきた。

「仕方あるまい。二度目の天眼を使う。小夏よ、少し身体が重たく感じるやも知れんが、耐えるのだぞ」

 そう言うと私の肩から頭へと移動し肉球を当てた。

「大丈夫、ここで迷うよりマシだと思うから」

「うむ。では⋯⋯天眼」

 瞳に星を宿る。私はぐるっと身体ごと視点を動かした。そしてすぐ、私の後ろの方向から続く路地のところで揺れ動く迷魂を確認出来た。

「もふもふがあつい⋯⋯ハァ、うん見れた⋯⋯行こう」

 天眼を終えてラオシャは私から降りると、すぐさま忠告を口にした。

「無理はしなくても良いぞ、期限なぞ設けておらぬのだからな」

 「ううん、このまま行くよ。行って迷魂を送り迎えしなきゃ」

「ふむ。大丈夫なら良い、では行こう」

 身体の重みを多少感じながら、迷魂のいる路地へと向かった。天眼を使った事により私の視点からも迷魂を確認できたので、そこからはスムーズに迷魂を探し出すことが出来た。気づかれないように、迷魂が見える少し遠くで待機する。

「よし! 見つけた! じゃあ、鈴の中に収めるんだよね」

「うむ、手を振っておくのだ。そしたら私が⋯⋯お、おい、待つのだ!」

 迷魂をようやく見つけ安心していたのだが、私たちが迎え入れる前にユラっと迷魂がすごい速さで動き出して、路地裏に建つ建物を貫通して私たちから一瞬で遠ざかっていってしまった。

「うええ!? は、はやっ⋯⋯! ど、どこ行ったの? 待って!」

「早く追うんじゃ、ワシだけ追いつけても意味がない!」

 急いで迷魂の逃げた先を追って走るも見当たらず。もっと遠くまで行ったのだろうかと、天眼がまだ残っているうちに顔を左右に動かしながら路地裏の道を夢中で駆けていると、迷魂捕まえる事叶わず気付けば路地から外へと出てしまっていた。

 マジか、こんなにも走ったのに迷魂の姿もなにもない。

 走り疲れた私たちは近くの壁へ寄りかかり、息を整えながら状況を判断する事にした。

「はぁ、はぁ⋯⋯。えっと、逃しちゃった、ね⋯⋯。天眼の効果も途中で切れてたかも⋯⋯」

「ああ⋯⋯。猫巫女の仕事、残念ながら失敗じゃな。小夏の体力も限界であろう、後日仕切り直すぞ⋯⋯なにか策がいるやもな」

「でも、まだ近くにいるかもしれないし⋯⋯」

「お前は馬鹿か、おのれの体調も把握出来んでどうする。迷魂を優先する必要はない。さあ、早く帰るぞ」

「⋯⋯分かった⋯⋯そうする⋯⋯」

 ラオシャの言う通り、その日はゆっくり家へと帰ることにした。

 それまでの静寂は、私たちを少し涼しくさせた気がしたんだ。


 私は二度目にして、猫巫女の仕事を失敗してしまうのでした。

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