第6話 頭は大混乱です。

 もう充分、となったあたりで、おかあ様方は私たちを二人にしてくれました。


「落ち着いた?」

「お腹はね」


 そう言う私の言葉と顔に、彼は苦笑します。


「頭はそうでもない?」

「大混乱よ!」


 だろうな、と彼は私の頭を撫でました。思わず唇をとがらせてしまいます。


「子供ができたって聞いて、あなた驚かないのね」

「驚いたよ。……三日前に」

「三日前!」


 私が眠っていた間です。


「俺の中の神様が教えてくれた。俺の奥さんは、ちゃんと次の受け皿を孕んでくれた、と喜んでる」

「受け皿、ねえ」


 何と言えばいいのでしょう。

 まず。

 私は自分に子供ができたことを知っています。何故なら、やっぱり私も彼に宿っている神様から言われたからです。

 長い長い夢の始まりでした。

 神様には実体がありません。私に呼びかけてくる時には、ほの赤い光そのものにくるまれているようでした。

 赤。


「神様はやっぱり赤いのね」

「そう。ダリヤはどこまでわかってる?」

「そうね」


 順を追って神様に言われたことを思い出してみます。


「まず子供ができた、喜ばしい、感謝する、ということね」


 どうやら神様はとりつく相手の条件がむずかしいとのことでした。


「前にいた場所でも、自分の仲間がとりつけるひととできないひとがいた。この地に落ちてきてから、それなりにたくさんのひとに出会ったけど、自分の声が聞こえたのはイリヤしかいなかった、って。そうなの?」

「俺にもそう言ったよ。実際、皆結構山には出かけてただろ?」

「そうよね」

「俺からしたら、普通に聞こえる声だったんだ。だから応えたら、頼まれたわけ」

「でもそれはあなたでしょ? 私にまでどうして?」


 すると彼は黙って私の下腹を指しました。


「子供?」

「うん。次の受け皿であるその子を育てるために、神様の一部がダリヤにも宿ったんだ。嫌?」

「……」


 複雑な気持ちでした。

 子供ができたことは純粋にうれしいのです。子供ができて嫁としては一人前ですから、三年もたってようやく、という思いが強いのです。

 でもそこに誰かの手がかかっているというのは? たとえそれが神様であっても。


「あのねイリヤ」

「うん」

「私、あなたとの子供ができたってことはすごく嬉しいのよ?」

「うん。俺も嬉しい」

「でも何か、あなたあまり喜んでないじゃない。というか、喜んでほしいんだけど」

「喜んでるよ」

「そういう顔に見えない」


 私は彼の眉間をつつきました。ねえ、と私は彼の側にひざを寄せました。


「何か不安?」

「うん。だって、さすがにそういうことを神様がするとは思ってなかった」

「そういうこと?」

「別に俺一人がちょっと妙な力ついてしまうのはかまわないけどさ」

「え?」

「神様言ってなかった? 俺の次の器を作るには、ダリヤの身体も強くなくてはならない、って」


 私はもう一度夢の記憶をひっくり返します。首を横に振ります。


「言ってなかったわ」

「本当に?」

「だって神様がそのあと私に見せたのは、訳がわからないいろんな景色とか、言葉とか、……一口じゃ言えないようなことばかりだったもの。そんな単純なことだったら、私絶対覚えてる。でもイリヤ、子供は大丈夫なの? それに『どう』私は強くなったっていうの?」


 間近で問い詰める私に彼は目をつぶって腕組みをしました。

 何とか言ってとばかりに揺さぶります。だけど彼はなかなか口を開きません。


「大事なことは二つだよね。一つは子供のこと。これは絶対大丈夫。極端な話、神様はダリヤをこの子のためにダリヤを強くした。そしてその強くなりかたというのは」


 彼はパン皿の近くに置いていたナイフを取り上げると、自分の腕に突き立てると勢いよく抜きました。血があふれました。


「何を……!」


 何って力で!

 ナイフを下ろし、その手で大声を出しそうだった私の口を塞ぎます。


「前に怪我しない、って言ったよね」


 血は――止まりました。

 それだけじゃありません。見る見る間にそれがふさがっていきます。


「怪我しない、ってわけじゃないわよ……」

「似たようなものだろ」


 それでも痛いことは痛いはずなのですが。


「それに」


 彼は軽く首をかしげて複雑な笑みを浮かべました。


「ダリヤも今は同じだからね」

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