第2話 おかあ様方に相談しました。

「おかあ様方、いらっしゃいますか?」


 草原に並ぶ私達の部族の天幕の真ん中に、ひときわ大きなものがあります。女達が手作業をする場所です。

 私達は羊や馬を飼って生活していますが、それだけでは生きていくだけがせいぜいになってしまいます。

 そこで何かしらの手作業が女達の手で行われます。

 羊の毛から糸を繰り。

 それを織り。

 染め付けをし。

 時にはその上に刺繍をし。

 それぞれの家の天幕の中を心地よく飾るものにもなれば、特に素晴らしい出来のものは市場に持って行き、こちらでは手に入らない香辛料や道具と交換する材料にもなります。

 そんな女達の集まっている天幕でしたら、おかあ様方もいらっしゃるでしょう。


「どうしたね、ダーリヤ」


 私の母は刺繍する手を止めて、私の方を見ました。


「あの子がまた、どうかしたのかい?」


 そう訊ねたのは旦那の母―― 義母でした。彼女は機織りをしていたようです。ちょっとお話が、と私は二人を外に呼び出しました。さすがに他の興味しんしんな女性方には聞かれたい話ではないですから。


 

「その顔」


 柔らかい草の上に布を敷き茶を囲み、三人で向かい合った途端、義母は私を指さしました。


「またイリヤが何かやらかしたね。あの子ときたらまあ」

「え、やらかしたということでは……」

「いーや、やらかしたね。ダリヤあんたが口元を引きつらせて笑って私等を呼びに来る時はいつもそうじゃないか。ああもうマギヤ、うちの子はどうして昔っからどっか何かずれてるのかねえ」

「あのー」

「そう言うものではないわターム、私の娘だって皆と作業するのは好きではないと道具を自分のところへ持っていってしまう人見知りよ。それでいて止めても狩りだってほいほい行ってしまうような子だし。あなたの息子がもらってくれてどれだけ私が喜んだことか」

「マギヤそれは単にダリヤが同じ年の女の子達とうまが合わなかったってことじゃないかねえ……」

「それを言われたらおしまいですがそうなんですよねえ…… 昔から男の子と遊ぶのが好きで」

「おかあさま達ー」

 私のことじゃないんですって。


 私はこの後三度二人の間に茶々を入れて、ようやく本題に入ることができました。

 母のマギヤと義母のタームは元々仲が良いのです。その縁で私達夫婦も持参物のやりとりを大きくすることなく結婚できたのですから。

 ですが真面目な話には決して向いていないと…… 思います。


「実はあのひと、族長を目指すことにしたって言うんです」


 二人ともしばらく言葉を無くしていました。皇帝が、なんて言うことはできません。そもそも私も彼の言いたいことがよく判っているわけではありません。

 とりあえずはお二人にもわかりやすい目標ができたことを報告する程度のことです。


「……おかあ様方?」

「あ、いえいえ、何か聞き違いかと。族長を目指す、なんて言ってないわね、あの子が!」

「いえ残念ながら聞き違いではないのです。大真面目にあのひとは私に今日山から帰ってきたらそう言ったんです。そこでお聞きしたくて」


 明らかに疑っているお二人に、私は一息で言いました。


「何を? 私たちに答えられることかしら?」


 やや当事者ではない母の方が立ち直りは早いようです。義母は気を落ち着けようと茶を入れた杯をぐっと傾けていました。

 母がすぐにそう私に問い返したのは、私が一度決めたことをそう簡単にひっくり返さない性格であることを知っていることも大きいのでしょう。

 そして私が人見知りが激しいのに天幕に来たあたりも。

 だから私はまっすぐにお二人に訊ねました。


「どうしたら族長になれるのですか?」

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