10 決戦(前)

 戦いの翌朝、イゾルテが眠そうな顔をして司令室に現れると士官の1人が声をかけた。

「おや、殿下。昨夜はよくお休みになれなかったのですか?」

「……報告書を読んでいて夜更かししてしまってな。一通り読んだが、朝になって情報も増えただろう。簡単に報告してくれるか?」

「はい。昨日の戦闘による我軍の損害は撃沈8、中破3、小破18。敵艦21隻を撃沈し、52隻を鹵獲しました。鹵獲したうち8隻は大破、12隻が中波、22隻が小破です。大破の8隻は自力での航行が不可能で、そのうち3隻は本国まで曳航することも困難とのことです。逃した敵はガレー船7隻と後方で待機していた帆船10隻です」

「兵員の損失は?」

「現時点で、死者1292人、重傷811人、軽傷311人。行方不明も死者に含めています。ただし、戦闘可能な軽傷は報告させておりません」

海上の戦闘では、どうしても死体が出てこない場合が出てくる。あるいは漂流している可能性も、敵の捕虜になっている可能性も捨てきれないが、一旦は死者として計上するのが通例となっていた。

「第2……いや、捕虜はどうだ」

「捕虜は約12000人ですがうち8000人強は奴隷です。捕虜の中にけが人は大勢居ますが、その治療は捕虜に任せております」

「致し方ないな……だが無用な恨みは買いたくない。融通できる薬品があれば分けてやってくれ。船倉にあるのは、もともと彼らの物資だしな」

「了解しました」


 報告を聞き終えたイゾルテは、少し考えこむ素振りを見せながらムルスクに話しかけた。

「爺、逃げたガレー船に網の事はバレたと思うか?」

「第2分艦隊が白兵戦で使ったようです。浮網ではありませんが、本隊の顛末を見れば想像がつくでしょう」

「そうだな。まぁ、網だとはバレていなくとも、足止めする罠があるということは確実にバレただろう」

「ええ。ですから次は露骨な罠は使えません」

もっとも、撤退時に浮網を撒いて追撃を防ぐ……というような使い方なら出来るかもしれない。負けた後の話だけど……。


「次は確実に今回以上の艦隊が出てくるのになぁ」

イゾルテは深々と溜息を吐いたが、ムルクスはニコニコと首を振った。まあ、彼のニコニコはいつものことだけど。

「いえ、尋問の結果残余の敵艦隊は今回と同規模のようです。今回の生き残りが合流しても、ガレー船で90隻といったところですね」

その知らせにイゾルテは手を打って喜んだ。

「なにっ、そうなのか!? それなら正攻法でも勝てるな」

「姫、お忘れですか? 我々はもう40隻しかいないのです。ここで一旦帰国しても誰も責めたりしませんよ」

だが、今度はイゾルテが首を振った。

「いや、ここで帰れば補給線が再構築される。それに重臣たちは『義理は果たした』とか言って再出兵に反対するだろう。そうなれば全ては水の泡だ。ローダスは陥落する」

「それは確かにそうですが……。それにしても正攻法は無謀ですよ。まだ投網は有効なのですし、奇策を考える余地はあるはずです」」

イゾルテは再び首を振った。しかし今度はニコニコと。

「爺は奇策と言うが、重要なのは意表を突くことであって策自体がとっぴである必要はないぞ」

彼女の物言いは妙に確信的だった。

「……姫、何かお考えがあるのですか?」

「簡単な話だ。戦いは数だよ、爺。私は偉そうにふんぞり返る前に勝つための手だてを講じねばならん。ただ、上手くいくかどうか分からないんだ。確実な方法もあるにはあるのだが、試したことがないのでな」

謎めいた言葉にムルクスは首を捻った。

「……確実な方法、ですか?」

「以前爺に言っただろう? ムスタファで慣れておくと」

「確か……奴隷をき使うという話でしたか?」

「ああ。だが結局サボってしまったからな。確実ではないが、ここは頭を下げて頼むとしよう」



 鹵獲されて武装解除されたドルク艦はイゾルテの指示で5隻ごとに接舷され、木板で行き来できるようにされていた。ドルク軍の将兵は昨夜のうちに各艦の船倉に押し込められていたが、奴隷たちは漕手部屋に鎖で繋がれたままだった。

「俺たちどうなるんだろうな」

「さーな。俺たちゃ死ぬまで櫂を漕ぐだけだ。国旗の色が何色だろうと、どうせ見ることもねーよ」

「違いねぇ」

彼らに出来ることは自らの運命を嘆くことと、噂話に興じることだけだった。幸い、勝利に気を良くした(と思われる)プレセンティナ軍は普段よりだいぶマシな食事を出してくれたので、彼らはいつもより元気だった。

「でも、タイトンの船は兵士が櫂を漕ぐらしいぜ。下の段のタイトン人がそんな事を言ってたらしい」

「嘘だよ。こんな仕事兵士がする訳ねーよ」

「……やっぱ、そうだよな。あぁ、せめて農園で働きたかった。そしたら少しは女っ気があったのに!」

「奴隷なんて誰も相手にしねーよ」

「いや、女奴隷だっているはずだ。それに農園主のお嬢さんが男狂いだったりするかも知れないだろ?」

「ふんっ。俺はどんな美人だろうと、奴隷を扱き使うような女に媚を売る気はないね」


 奴隷たちが噂話に興じる中、天井扉が開いて暗い部屋に光が差した。だがそこから現れたのは水兵たちの無骨な足ではなく、ほっそりした白く美しい少女の足だった。トーガの裾を少したくし上げながら、その少女はゆっくりと階段を降りてきた。純白のトーガから延びるその手足までが真っ白で、陽光を受けて黄金に輝くその髪までが素では無色なのかとさえ思われた。

 奴隷たちが息を呑む中、その少女は静かに語りだした。

「私はイゾルテ、イゾルテ・ペトルス・カエサル・パレオロゴスと申します」

少女は静かに頭を下げた。

「父であるプレセンティナ帝国皇帝ルキウスの名代として、艦隊に同行しています。プレセンティナに帰国した後、皆さんには3ヶ月の労役に就いていただきます。労役と言っても、耕作や城壁の修繕といった我が国の市民も従事している仕事です。努めて過酷でないことはお約束致します。そしてその労役期間が明ければ、皆さんは奴隷身分から開放されます。これは一連の戦いで捕虜になった皆さんと同じ待遇です」

 少女は言葉を区切ると、胸元で手を組んで少しうつむいた。

「ですが、私から皆さんにお願いがあるのです。どうか私達とともに戦って頂けないでしょうか。

 皆さんの中にはタイトンの方も、ドルクの方もいらっしゃいます。中にはご家族やご友人がドルクで暮らされている方もおられるでしょう。ですから無理強いは致しません。このままプレセンティナに向かわれても、皆さんの処遇は先ほど申し上げた通りです。皆さんの不利になるようなことは一切ありません。

 ですが、もし万一私達に力をお貸し頂けるのでしたら、労役は免除し、他の兵士の方と同じように報酬をお支払いします。長くはかかりません。ローダス島を巡る戦いは次の一戦で決着が付きます。その時に船を動かして頂きたいのです。

 現在この船は他の4隻の船と繋がれております。右舷側の2隻はこの後すぐにプレセンティナに向かいます。戦いをお望みでない方は右舷側の2隻にお移り下さい。ですが、もし私と共に戦っても良いという方がいらっしゃれば、左舷側の2隻にお移り下さい」


 同じことをタイトン語、ドルク語、北アルーク語の3カ国語で繰り返すと、少女は奴隷たちの足元に跪いて足枷に繋がった鎖の錠を1つ1つ外していった。

「よろしくお願いします(タイトン語)」

「お力をお貸し下さい(ドルク語)」

「頼りにしています(北アルーク語)」

彼女はひとりひとりの出身を(わりと適当に)見極めながら声をかけていった。少女がもう一度お辞儀をして下の階に降りて行くまで、彼らは一言も声を上げられなかった。


 彼らは今の一幕が夢だったのではないかと周囲を見回し、そこで初めて自分達が不器用にお辞儀をしていたことに気付いた。それは、奴隷主や兵士たちに強制されたお辞儀や、彼らに媚びるためにしてきたお辞儀とは違っていた。長い間忘れていた何かが蘇り、胸の中で疼き始めていた。

「農園主どころか皇帝のお嬢さんだったな……」

「馬鹿野郎、あの子は絶対男狂いじゃないぞ!」

「分かってるよ! でも、相手にはしてくれたぜ」

「意味は違うけど……確かにな」

 彼らは苦しくて流す涙には慣れていた。悔しくて流す涙は枯れていた。だが嬉しくて流す涙は――忘れていたその涙は、彼らの胸を一層熱くしていた。彼らは毅然として立ち上がると階段を登った。

「お前はどっちに行くんだ?」

そんな無粋な質問をする者は、誰もいなかった。


 イゾルテにただ一人随行していたムルクスは、彼女の2面性について考えていた。といっても、ネコをかぶって淑女の振りをすることではない。それは皇宮ではいつものことだ。彼が気にしていたのは、第2分艦隊を犠牲にすることに対して見せた態度と、かつてムスタファのガレー船を見た後に激怒した姿、そして今現在している奴隷たちを騙すような振る舞いとの隔たりだ。奴隷達の境遇に対して同情していたのは確かなのに、今は彼らを騙して戦争に駆り出そうとしていた。確かに彼女の言葉に嘘はないのだが、命令1つで即座に全ての鎖を解くことが出来るというのに、パフォーマンスのためにわざわざ鎖に繋いだままにしていたのだ。どこまでも計算ずくである。ほとんど騙しているようなものだ。だがイゾルテには、そのことに罪悪感を感じている素振りがなかった。

――相手が奴隷だからか? それとも敵だったから? いや、外国人だからか? というよりも……

彼は作戦会議での誓いの言葉を思い出した。


 ― 全ての臣民のために ―


――彼らが臣民ではないからか……?


 あの宣誓の言葉はとっさに出たものだった。常日頃から「臣民を守る」という義務感を持っていたからこそ、口を衝いて出てきたのだろう。

――1人の少女としての優しさよりも、皇女としての義務感が優先されているのか。いったいどれほどの重荷を感じておられるのだろう……

ムルクスはイゾルテの後を追いながら、トーガの端から覗く小さな肩を見つめていた。


 イゾルテは3日かけて、52隻の各3フロアで同じことを繰り返した。



 イゾルテ達が次の戦いの準備をしていた頃、ローダス島にも戦いに備える者達がいた。

「ベルトラン!」

突然後ろから頭に衝撃を受けて、ベルトランと呼ばれた騎士は振り返ろうとして……こけた。なぜ転んだのか分からず混乱してじたばたした後、兜の面頬めんぼうを開けて周りを見回した。

「あれ、詰め所か?」

「ようやく起きたか。騎士団本部から命令だ」

その言葉にベルトランはげんなりすると、欠伸をしながら立ち上がった。

 この10日ほどムルス神殿に対するドルク軍の攻撃は激しさを増していた。昼夜を問わぬ猛攻に、本城壁の外で戦う騎士たちは横になる暇もない有り様だった。


 修行者(騎士見習い)達が修行兼奉仕活動として作った補助城壁――通称「修練の壁」――には、所々に小部屋――通称「詰め所」――があった。これは本来、修行者が修練の壁を作る合間に休憩をするための場所だ。かつてベルトランが石を積んでいた時にも、詰め所の1つで休息をとったものだ。もっとも、今ベルトラン達が使っているのは本城壁にほど近い位置の物で、彼が修行時代に使った小部屋はずっと外側のものだった。だがそれはもう無い。なりふり構わなくなったドルク軍は、修練の壁によって形作られた円形迷路を突破するのではなく、迷路自体を壊し始めていたのだ。修練の壁は次第にその姿を、瓦礫とドルク兵の骸へと変えつつあった。


「それで、命令の内容は?」

「本城壁まで戻れとさ」

「戻れるうちに、ということか……」

一度本城壁に取り付かれれば、大門どころか通用口すら開けることは出来なくなるだろう。封鎖して内側にバリケードを築くからだ。

「座ったまま居眠りする暇があるうちに、と言うことだな」

同輩の軽口にベルトランは肩をすくめたが、全身鎧がガシャリと音を立てただけだった。


 本城壁の内側に戻り久々に武装を解いたベルトランは、軽装のまま城壁脇の尖塔に登った。しばらく迷路の中にいて、全体の戦況を見ていなかったからだ。塔の上から見回してみると、既に何箇所かでは修練の壁は完全に壊されて本城壁が剥き出しになっていた。だがそれはいい。ベルトランとて予想していたことだ。だが問題は、そこに彼の予想を遥かに越えた物が出来つつあることだった。

「おいおい、何だよあれは……」

それは一言で言えば階段だった。形としては山というべきものだが、その目的と用途はまさしく階段だった。修練の壁の瓦礫で攻城櫓が通れなくなった代わりに、ドルク軍はその瓦礫を使って階段を作っていたのだ。そしてその階段の周りには不気味な黒いシミが広がっていた。

「まさか……」

小山に群がるドルク兵を見ると、どう見ても瓦礫以外のモノを運んでいる者がいた。ベルトランもこの戦いで100人近い敵を殺していたが、さすがにこれほどおぞましい物を見るのは初めてだった。

「まさに屍山血河と言うべきか……!」

ドルク軍は、瓦礫とともに兵士達の死体までをも積み上げていた。



 そのドルク軍の総司令部に第1、第3艦隊の生き残りが帰り着くと、再び陸海の将官が集められていた。帰還した船の船長の1人(運悪く最先任だった)がまず最初に戦いの報告をした。

「本国方面に向かった2個艦隊90隻は、3日前の午後1時、プレセンティナ艦隊およそ50隻と遭遇、これと交戦いたしました。敵の損害は推定で撃沈8、大破0,中破2~6、小破多数。対してこちらは撃沈5、大破0、中破2、小破5――」

「おおぉ」

敵の被害よりも若干少ない味方の損害に、一瞬場は沸き立った。

「――そして、未帰還68です」

聞きなれない言葉に一堂は静まり返った。

「……どういうことだ。未帰還というのは何だ!?」

「文字通りです。我々が戦場を離脱した時、その多くは行動不能に陥り、敵に包囲されていました。恐らくは、鹵獲されたか沈められたものと思われます……」

信じられない事態に誰も絶句した。

「何ということだ……!」

「両提督はどうなった!?」

「第1艦隊旗艦は撃沈です。正確には白兵戦の末に鹵獲され、我々が沈めました。提督は戦死されたか降伏されたものと思われます。第3艦隊旗艦は包囲下にあり、帰還しておりません」

「クソッ! だから3個艦隊出すべきだと言ったのに!」

「……お言葉ですが、敵は悪辣な罠を仕掛けておりました。未帰還の船の多くはその罠に嵌ったのです。90隻が180隻だろうと被害が大きくなっただけかもしれません」

「罠だと?」

船長は持参した物を広げた。

「御覧ください。これは私の艦に引っかかっていたものです」

「何だこれは……網か? これが何だというのかね」

「これは白兵戦の途中、敵兵が櫂に投げつけたものです。我が艦は左翼として本隊とは別行動しておりましたので事なきを得ましたが、恐らくはこれと同じ物が本隊の進路に撒かれていたのだと思います。櫂にこれが絡まり、思うように動けなくなったのでしょう。そこを敵に包囲されたのです」

「たかがこんな物で……」

「これが櫂に絡まると容易には外せません。ましてこれが無数に撒かれていては、おいそれと櫂を使うこともできないでしょう」

「「「…………」」」

提督たちはその状況を想像してゾッとし、将軍たちは「こんなもので?」と戸惑った。

「撃沈した敵の8隻は、囮として罠の前に配置されていた前衛艦隊のものです。ですがそこから先はこちらが一方的に叩かれました。

 また、囮の敵前衛艦隊も自ら船に火を放って白兵戦を仕掛けてきました。第一艦隊の旗艦を奪われたのもこの結果です。我が艦もこの白兵戦に加わっておりましたが、包囲された多くの艦が国旗を下ろすのを見て撤退してまいりました」

「降伏したということか?」

「恐らくはそうです」

報告を聞き終えて一堂は騒然とした。

「何ということだ……!」

「これでは補給が途絶えたままだ。脱出も儘ならんぞ!」


 だが会議が紛糾しかけた時、闖入者が現れた。

「失礼します! 港より伝令が参りました」

「何事だ!」

「北アフルークより輸送船が到着しました」

「おおぉ!」

輸送艦隊司令は思わず腰を浮かせて叫んだ。

「それで、船の様子は!?」

「船も船員も、積み荷にも異常はありませんでした。それどころか、北アフルークには疫病など広まっておりません! それにその船は北アフルーク方面に向かった中では15隻目の船です!」

「まさか……!」

輸送艦隊司令が絶句するのを見て、ヒシャームがボソリと呟いた。

「どういうことだ?」

「向かった港がバラバラですので一概には言えませんが、おそらく10隻以上の船が先発しているはずです。それらがローダスに到着していないということは……つまり、アフルーク航路も封鎖されていたということです! あの漂流船すら航路の封鎖を誤魔化すための策略だったのかも知れません!」

輸送艦隊司令は地団駄を踏んだ。あんなに怖かった漂流船が、実はタチの悪いイタズラだったのかもしれないのだ!

「悔しいのは分かるが、これで補給が回復するではないか」

「いえ、それも雀の涙です。もともとアフルーク航路に回したのは20隻余りですし、今となっては10隻残っているかどうかも怪しいです。それではとても全軍を養うことはできません」

「もはや封鎖は無用、ということか。敵はどこまでこちらを見透かしているのか……。事前に補給計画が漏れていたのではないか?」

「あり得ません! 現在の補給計画はローダス港の有り様を見てから変更したものです。もっとも、今となっては捕虜から大まかな情報は掴んでいるでしょうが」

「捕虜か……こちらの残りの戦力も筒抜けだろうな」

「2個艦隊とバレてしまえば、各個撃破を狙われる。中間に網を撒かれたら救援に駆けつけることもできんのだ。今のうちに合流しておくべきではないか」

「しかし、それでは沿岸の警備が覚束ないぞ。西にはバネティア艦隊が遊弋しているのだ」

「そんな物は放っておけ! たかが10隻や20隻、後でどうとでもなろう。プレセンティナさえ叩けば取り返しが付く」

「そうだ、2個艦隊しかないのではない。まだ2個艦隊あるのだ。敵は減り、奥の手も明らかになった。罠があると分かっているなら対処の方法はある。こちらから攻めずに敢えて受け、そして乱戦に持ち込めば良いのだ。2倍以上の数で包んで押しつぶせば良い」

「……確かに」

「しかし、乱戦になれば白兵戦が増えます。白兵戦ではタイトンが有利、兵の数で負けます」

「むむむ……」

押し黙る提督たちに、陸軍の将軍の1人が口を挟んだ。

「陸の兵を乗せてはどうだ? 奴隷は陸の戦闘で使えば良い。今ならいろいろと使い道があるぞ」

いかにも海の素人らしい発想に提督たちはため息を吐いた。ちょっと前に船に乗ってゲロゲロしてたのを忘れたのだろうか?

「漕手が船酔いになっていてはとても戦えません。それに慣らしている時間もありません」

「それなら、奴隷を乗せたまま陸兵も乗せれば良い。敵に会うこと無く本国に辿り着けば、そこで下ろしてしまっても口減らしになる。海に慣れた者を選んで漕手にするのも良い」

「しかし、船室が足りません。甲板で寝泊まりすることになりますよ」

「どうせ今も似たようなものだ。10日か20日船に揺られるだけで本国に帰れるなら、兵士たちも不満を言うまい」

 海軍の提督たちは苦い顔をした。問題が満載された提案なのだが、言葉の上では正論に聞こえるのだ。陸兵が船上の白兵戦でどれほど役に立つかはかなり不安である。船酔いで足元が覚束ないかもしれないし、狭い甲板で陸のように剣や盾を振り回されては危なくて仕方ない。間違っても敵船に飛び移ることなどできないし、一旦海に落ちたら浮かぶことすら覚束ないから確実に死ぬだろう。

 だがヒシャームに『何千人死んでも構わない』『何万人か殺せ』と言われている以上、彼らは捨て駒にしてもいいのだ。甲板の上に積んだバリケードだと思えば、それなりに有効であることは間違いなかった。貴重な水兵は、彼らが全滅してから戦わせればいいのだ。

「確かに、現状では有効な策かもしれません。1隻に乗り込めるのは200人が限度でしょうから、全部でおよそ10000人というところでしょうか」

「うむ、そんなところだろう」


 海軍の合意が取れると、ヒシャームがボソリと宣言した。

「では、第2、第4艦隊に残余艦艇を加え、これをもってプレセンティナ艦隊を討つ。第2艦隊司令、指揮権を預ける」

「畏まりました!」

「第3軍団司令、麾下の軽装歩兵1万を海軍に預けよ。なお、各隊の指揮権は海軍が優先とする」

「はっ!」

「陸軍全軍は攻勢を強めろ。天の階あまのきざはしの進捗は?」

天の階とは、ムルス神殿の城壁前に作られつつある瓦礫と死体の山のことだ。戦力で圧倒するドルク陸軍から見れば、天の階の完成とムルス神殿の陥落はほぼ同義であった。

「1つは本日中に完成します。残り2つも一両日中には」

「5万まで減らしても構わん。完成したら数で包んで押しつぶせ」

「はっ!」


 こうしてドルク軍も最後の戦いに向けて動き出した。

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