第一章 衝撃的な出会い 第一話

 なぜちようじんな殿下と私が婚約関係になったか。

 その理由は、私が十二歳の時までさかのぼる。


 今世の私の家庭は少し複雑だった。

 私の母と父は政略結婚だったため仲が悪かった。その証拠に私が五つの頃、母が病死して間もないうちに父は愛人の女と再婚したのだ。

 その上、愛人にはすでに子供がいた。私との妹だ。としは半年差で、血は半分つながっているらしい。今世の父のくずっぷりに、思わずかわいた笑いが出てしまった。

 前世とちがい、この世界では宗教上の理由で一夫一妻が普通だ。そのため、男女問わず愛人を囲うことはめずらしくないのだが、流石さすがに妻が身重の時にほかの女とていたなんてバレたらけんていが悪い。それとなく社交界での父の評価を使用人にたずねたところ、普通に評判が悪いと返ってきた。そうだろうな。当然だよ。

 前世の記憶は物心ついた時にはすでに思い出していたため、当時の私は父を早々に見限り、ままははたちがいるおもではなく使われなくなったはなれに住むこととした。

 記憶がある分、精神ねんれいが普通の子供より高かったからか、継母と異母妹のいやがらせにはんげきするようなことはしなかった。明らかな敵意を向けてくる相手とはかかわらず、極力けた方が身のためだと私は知っていたからだ。

 父は流石に母方の実家の目を気にしているのか、私を衣食住に困らせることはなかった。一通りの教育も受けることができた。幸いにも使用人は私に同情してくれたので、身の回りの不満もない。

 そして、私は思った。

 あれ? 前世の後宮生活に比べればすごくへいおんでは? と。

 飲み物に毒やらドレスにやいばやら仕込まれることもない。水遊びとしようして真冬の池に落とされることもなければ、茶会に呼ばれてぞうごんを浴びせられることもない。じよがスパイでもしつが反こうてい派にやとわれた暗殺者でもない。寝込みをおそわれることも、裏切られることもないのだ。

 あれ? やっぱり平和だ。

 ちょっと継母達と仲が悪いだけで、生活そのものは平和だ。

 カボス王国の治世は安定している。この世界では魔王とかいうきようがあるらしいが、地理的に王国は魔界から遠いので魔物によるがいは深刻な問題ではない。加えて小国なのに魔王を倒すのに必要な聖剣というありがたい武器があるおかげで外交にも強い。そもそも、世界共通の敵がいるおかげか、国同士の戦争も今は鳴りをひそめているのだ。

 平和だ。

 前世の何かあれば戦争戦争だった世界と比べれば平和そのものだ。

 私は今世の平和にばんざいと心の中で手を上げた。

 私の本来の身分を考えればぐうかもしれないが、どうせあと五年もすれば結婚してこの家とおさらばするのだ。いや、この国は長子制度だし私が家をぐのか? まあそれでも異母妹にとくゆずってさっさと出て行くまでだ。それまでのしんぼうだと考えれば、この程度のあつかい何ともない。むしろぬるいものだ。私を苦しめたければ、前世のように国王のよめにでもしてみせな! まあ、国王陛下はもう結婚してるので無理な話だけど!

 私が調子に乗って平穏をおうしていたのもつかの間、父から命令が下った。

 いわく、王太子のこんやく者選びの場に出席せよとのこと。

 十二の春のころだった。


    □■□


 そのときのことは良く覚えている。

 久々に母屋に呼ばれたかと思えば、十人はいるであろう侍女達にかざらせられ、あっという間にそうしよくった馬車にめ込まれたのだ。

 そして、に広い馬車の中で向かい合う私と父と継母。気まずいふんを、隣に座った異母妹のエリーゼがちやした。

「やだ、お姉様ったら。久々にお父様とお母様に会ったのに、世間話の一つもしないなんて! さぞやお話がはずむでしょうに」

 そう言ってクスクスと笑うエリーゼの目つきは、前世のきらいだった人達に似ていた。

 他人をあざわらい、見下すことが大好きなひとみだ。

 私は彼女を無視して窓の外を見た。きゆうていのある王都は栄えている。その街並みをながめるだけでも十分ひまつぶせる。エリーゼや継母達と会話するよりも有意義な時間になると考えたのだ。

 私の態度がしやくさわったのか、継母のアイリスはふんがいした。

「なんて生意気な子! 容姿が地味であいも無い子供が、ロータス殿でんめられるはずがないわ。ねえ、あなた。やっぱり出席させるだけはじよ。今ならおそくないわ。こんな子、しきに置いていきましょうよ」

 継母の言い分に父は首をった。

「何度も言っているだろう。今回の茶会は年頃のれいじようすべて出席させろと陛下からのおおせだ。私の一存で断れるわけないだろう」

 父がギロリとにらめば、継母は口をつぐんだ。その光景をしそうにエリーゼが笑う。何がおもしろいのだろうか。出会った頃から思考が読めないエリーゼが、私にはうすわるかった。

 とはいえ、継母が私に期待しない理由は理解していた。

 ごく単純。私の容姿が地味で、エリーゼは類を見ないほど愛らしかったからだ。

 今世の私が不細工だとは思わないが、前世のようにとびきり美人というわけでもない。対してエリーゼはおそろしいほど容姿が整っている。このまま成長すれば、美しさだけが取りだった前世の私でもかなわないだろう。それほどだった。

 容姿だけならその差はいちもくりようぜん。目がかれるのは当然エリーゼの方だ。容姿の良さで未来のおうを決めるわけではないだろうが、美しい方が有利なのは変わらない。そのことを父たちは理解しているのだろう。明らかに私とエリーゼではドレスの質が違った。装飾品やらかみがたも凝っているのは彼女の方だ。

 ずいぶんと気合いが入っている。もつとも、これからのことを考えれば当然であるが。

 なにせ、今日お会いするのは天才美少年と名高いロータス王太子殿下だ。

 カボス王国の第一王子であり、次期国王。そんな尊いご身分に引けを取らないほど、ロータス殿下の多才ぶりは市井しせいに広くうわさされていた。

 なんでも、まだ十二というのに、十ヶ国語以上の外国語を話せたり、現存するほう類は全て会得しているらしいとのこと。武術や学問も大人顔負けで、特に魔法に関しては研究者がしつするほどだとか。

 そのようなはなばなしいかつやくに比例するように悪い噂も絶えないが、しよせんそんなものだろう。噂なんてひれがついて回るもの。話半分で聞き流す程度がちょうど良い。

 とはいえ、これだけ多才な王子様だ。彼のきさき選びとなると、生半可な令嬢では勝負にならないと考えるのは自然だろう。力を入れるのも当然ね、と窓に映ったエリーゼをこっそり見ていたら、彼女に気がつかれた。げっ、と顔をしかめると、エリーゼはわざわざ身体からだを寄せてきて耳元でささやいてくる。

「落ち込まないで、お姉様。私より可愛かわいい令嬢なんていないのだから、仕方がないわ。もう勝負は決まっているようなものだもの」

 ふふふ、とエリーゼが笑ってかたに手を乗せてきた。ずっとみを絶やさない妹が少しこわい。今すぐ彼女の手をはらいたかったが、そのしようどうおさえじっとえる。すると、馬車がガタンと止まり、ぎよしやが宮廷に着いたことを知らせた。

 私は内心で助かったと思い、ごこの悪い馬車からさっさと降りた。

 父を先頭に目的地の中庭まで案内される際、エリーゼが私にだけ聞こえるように言った。

「お姉様。取り柄のないお姉様が王太子殿下に選ばれることなんてあり得ませんから。ご安心くださいね」

 やはり笑みをかべるエリーゼは気味悪い。しかし、彼女の言葉には同意した。

 前世は美しさだけが取り柄だった。

 今はその美しさすらない。

 そんな私が、将来を約束された王太子の婚約者、ひいては未来の王妃になれるとは思えなかった。

 だから、今回の婚約者選びは何事もなく終わるものだと考えていた。

 少なくとも、私は当事者ではないと思い込んでいたのだ。

「こちらでございます」

 そんな他人ひとごと気分だったからなのか、案内してくれた従者がとてもつかれた顔をしているのに気づかなかったのは。

 中庭に通じるとびらの前で、彼は深々と頭を下げる。

「では、本当に、お気をつけて──いってらっしゃいませ」

 まるで戦争におもむく兵士を見送るかのような態度に、私をふくめた全員が首をかしげる。

 問いかける前に、従者が扉を開けた。まばゆい光がすきかられ出す。私たちはまぶしさに目を細めながらも、光に吸い込まれるよう中へ入った。

 そして、一歩進んでから従者の言葉の意味を理解した。

 私たちが足をみ入れたのは中庭でなく──


「ハーハッハッハッ! どうした、みなの者! こちらに来い! 余と共にたわむれようではないか!」


 ──ロータス殿下がつるを利用してじゆうおうじんに飛び回る、ジャングルであった。


「………」

 私は絶句した。

 宮廷の中庭は背の高い草や木々が密集してしげっており、至るところから動物の鳴き声が聞こえてくる。あざやかな模様の鳥が、動けずにいる私の肩にフンを落としていった。

「………」

「………」

「………」

 父もままははも現状をみ込めずピシリと固まっている。エリーゼですら笑みを消して宙をうロータス殿下を見上げていた。

 殿下は空高くからつるされている蔓を使って、楽しそうにジャングルを横切っている。次の蔓に飛び移る前に、私たちの存在に気がついたのか「おお!」とうれしそうな声を上げた。

「サベージこうしやく達も来たか! 苦しゅうない、ちこうよれ。たびは無礼講である。大自然の中で、余と共に戯れよう」

 後半は私達に向けて言ったのだろう。蔓にぶら下がりながら、殿下は父から視線を私と異母妹に移した。

 私がとつのことに何も言えないでいると、エリーゼが「恐れながら殿下」と口を開く。

「父からお茶会だとお聞きしたのですが? これではまるで野人のゆうですわ」

 いつもの笑みを浮かべながら、エリーゼは言った。

 不敬とも取られそうな発言に、父と継母が顔を青くする。幸いなことにロータス殿下のげんそこねていなかったようで、彼は「ほう?」と面白そうに目を細めた。

「何を言っている。余はこんやく者を選ぶとは言ったが、茶会を開くとは招待状に一言も書いておらんぞ。勝手にかんちがいしたのは其方そなたの父であろう?」

 殿下の言葉にエリーゼは無言で父へ視線を投げる。父はびくりと肩をねさせたあと、ふるえる声でむすめに謝罪した。

「す、すまない。エリーゼ。確かに招待状には婚約者選びをするとしか書かれていなかったけど、まさか中庭でこんなことが行われているとは思わなかったんだ……」

 父は明らかにエリーゼに対しておびえていた。いくら娘が可愛いからといって、この程度で怖がるのはおかしくないだろうか?

 異様な光景を私がげんに思っていると、ロータス殿下があきれたような様子で口をはさんできた。

「ふむ、その程度か。エリーゼよ。余をうらむのならば、追いかけてみよ。もっとも、その蔓をにぎれるならの話だが」

 殿下はそれだけ言うと、また蔓から蔓に飛び移って私達の目の前から姿を消してしまう。

 すると、エリーゼがあからさまに不機嫌になった。異母妹の様子に、継母があわててこんがんする。

「エ、エリーゼ。お願いよ。機嫌を直してちょうだい。あなたが欲しいドレスも宝石も何でも買ってあげるから。ほ、ほら! 見なさい、エリーゼ。あそこでな令嬢が転んでいるわ! あんなにどろだらけになって、ああしいこと!」

 継母が左前方を指差した。そこには確かに同い年くらいの女の子が転んで泣いていた。

 あそこの地面はぬかるんでいるのだろう。ドレスどころか頭まで泥だらけになって、ひざにはり傷ができている。

 泣いている彼女を笑う継母に思わず顔を顰めた。それに同調した父にも、異母妹にも。

 ああ、くだらない。だいきらいだ。こんな連中。

 私は彼らに背を向けて、転んでいる女の子のもとに向かった。

 後ろで何やら言われているけど、無視する。ぬかるむ地面に気をつけて、私は女の子に声をかけた。

だいじよう?」

 手を差しべれば、彼女はおどろきつつもおそる恐る手を握ってくれた。私は女の子を引っ張って立ち上がらせると、の具合をかくにんする。

「膝、痛い?」

 女の子はこくりとうなずいた。医務室に連れて行こうとすると、すそを引っ張られ止められる。

「……ドレス、お母様が選んでくれたの」

 そして、えつこらえるようにボソボソと話し始めた。

「お母様が殿でんの前だから可愛い格好でいきましょうねって。私の家、びんぼうだからそんなゆうないのに……お父様とお母様が私のためにドレスを新調してくれたの。だん、苦労をかけているからごほうだよって。これから大きくなるからすぐに着れなくなるかもしれないのに。それでも買ってくれたの……なのに」

 女の子が、私の裾を強く握る。

「こんなに、泥だらけにしちゃったよ……」

 彼女は言い終えると、せきを切ったように泣き始めた。

「………」

 私が女の子の手をそっとはなさせると、彼女は怯えた様子で謝ってきた。

「あ、ご、ごめんなさい。あなたの服がよごれ──」

「泥なんか気にしてない」

 誤解させてしまった女の子の手をやさしく握り、首をる。

 そんなことより、もっと頭にきていることがある。

 私は周りをわたした。至るところに天から蔓が垂れていることを確認して、先ほどの殿下の言葉を思い出す。

「余を恨むのならば、追いかけてみよ……ね」

 私は女の子の手を離すと、すぐそばにあった蔓をつかんだ。

「やってやろうじゃないの」


    □■□


「いやあああああ! アザレア様! おやめください! 危険でございま──きゃあ!?」

 追ってきた女の子──先ほど名乗りあったときにリリアと言っていた──が地上で必死に首を振るが、私は構わず次の蔓へと飛び移った。

 いつしゆんゆうかんのあと、地面へ引っ張られる感覚。その勢いを借りて、静止していた蔓を大きく動かす。そしてその勢いが死なないうちに、次の蔓へとまた飛び移る。今掴んでいる蔓はかなり高いところに吊されており、ここから落ちたらひとたまりもない。リリアが悲鳴を上げるのも無理もないだろう。

 しかし私はつなわたりだと思いつつも、周りを見渡しロータス殿下をさがした。

 久々におこった。あの王太子に一発いれなければ気が済まない。

 あまりにも非常識。をてらったのかもしれないが、きゆうていの中庭がジャングルになっているなんて予想しろというのが無理な話だ。

 蔓からぶら下がって地上を見下ろせば、私達のほかにもごれいじようとその家族がいた。皆、正装かそれに準じた格好で来ており、それぞれ混乱した様子だった。

 当たり前だ。宮廷に招待されたのだ。失礼に当たらない格好で来るのが普通である。しかも、王太子の婚約者選び。たとえ招待状に明記されていなくても、場所が中庭と指定されたのならお茶会やパーティなどといった様式を想像する。服装に気合いが入るのも無理はない。せめて、服装の指定があればリリアのように傷つかないで済んだのに──

 ああ、むかつく。嫌い。大嫌い。臣下をかえりみないせいしやなんて私が一番嫌いなタイプだ!

 私が色々と過去を思い出して腹を立ててると、視界にちらりと赤いかみがよぎった。

 私は慌ててそちらへ方向てんかんした。今度は燃えるような赤い髪の人物をはっきりと視界に入れる。

 目的の人だと確信した私は、思わずニヤリと笑った。


 見ぃつけた。


 私はすかさず大きく身体からだらし、つるさらなる勢いをつける。

 ロータス殿下は、ひまそうに大木の枝に足を引っけてぶら下がっていた。ななめ上空にいる私には気づいていないようだ。逆さまになった状態で欠伸あくびをし、ポツリと言った。

「むう、つまらんのう」

 その発言に、私はリリアの泣いている姿を思い出し──不敬とか考える前に、身体が動いた。

 勢いが一番強くなるときに蔓から手を離し、右足をピンと伸ばし殿下の腹部へとねらいを定める。

 いまだぼうっとねむたそうにしている殿下へ、私はさけんだ。

「──殿下ァ! おかくォ!」

 どこぞのかくかのような掛け声に、ロータス殿下が驚いたように私を見上げた。

「えっ」

 殿下のほうけた表情に、彼へ飛びりを実行した私はやらかしに気がついた。


 あっ。どうしよう。

 着地、何にも考えていなかった。


 こうかいするももうおそい。ときの流れはばんにんに共通だ。

 見事殿下に飛び蹴りを命中させた私は、彼と共に地上へ落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る