17:冤罪を証明するのは難しい

 ユウは再び意識を取り戻した。


(結局、犯人はあいつらだったんだ。あいつらをなんとかしないと。)


 彼の頭はモンドに殺されたという事実でいっぱいだ。

 どうやって自分の居場所を突き止めたのか思いつかなかったが、前々回も自分が彼に殺されたのだということだけは確信することができた。


(とにかく、まずはダーザイン達と合流して……。)

「……あれ?」


 とにかくモンド達に対抗することしか頭に無かったユウは、この段階になってようやく異変に気が付いた。


(ここは……、リアの屋敷?)


 ユウが目覚めたのは今までと同じように森の入口では無かった。


 家具はベッドと机のみの洋室。

 ベッドの上には鎧と服、そして横にある剣はアルドから貰った水の剣だった。


 ここは間違いなくリアの屋敷、ラプラスに案内されたユウ自身の部屋であることをユウはすぐに理解した。

 彼は恐る恐る机の上の時計を確認した。


(二十時十分……。)


 確かこの時間はシャワーを浴びた直後だったはずだ。


(ループで戻る地点が変わったのか? なんで? いや、そもそもどこに戻ってきた? 前回? それともその前か?!)


 予想外の事態に動揺を隠せないユウ。


 戻ったのが前々回の二十時十分なら、この街の宿屋にはダーザイン達がいるはずだ。

 だが今が前回の二十時十分なら……。


 ユウは改めて自分の服装を確認した。


 ラプラスに渡された寝巻のローブを着ている。

 前々回の夜はこれに着替えないで寝たはずだから戻ってきたのは前回の夜だということになる。


 つまり――。


 『ダーザイン達はもうこの街にいない』


(くそっ! 当てが外れたっ!)


 ユウは力一杯ベッドを叩いた。


 これでダーザイン達に頼る線は無くなった。

 あとはこの屋敷にいる戦力だけが頼りということになる。


 そしてモンドの襲撃までもうそれほど猶予はない。


(急がないとモンドが来る。もしかしたら他の二人もいるかもしれない。早く戦力をかき集めないと!)


 ユウは慌てて部屋を飛び出した。

 向かったのは二つ隣のラプラスの部屋だ。


「おいラプラス! ラプラス!」


 ユウは大声でラプラスの名を叫びながらドアを叩いた。

 だが反応は返ってこない。


「はぁ、はぁ、……いないのか?」


 周囲にも人の反応は無い。

 これだけ大きな音を立てれば多少は物音がしても良さそうなものだが、それが一切ない。


(誰もいないのか?)


 ここに何人ぐらいが住んでいるのかはわからなかったが、少なくとも今は誰もいないのだと判断した。

 もしかしたらまだ全員仕事中なのかもしれない。


(この時間でも仕事があるのか? やっぱり冒険者の方が良かったかも……、なんて考えてる場合じゃないな。)

 

 ユウは早足で屋敷の中を歩いていく。

 屋敷の中のことはまだわからないので手当たり次第だ。


「誰か!、誰かいないかっ?!」


「……ユウ君?」


 ユウの声に反応して、ステラが階段を降りてきた。


「どうしたの? こんな時間に。しかもそんな格好で……」


「え? いや、その……。」


 ラプラスを念頭に置いて人を探していたユウはまさかステラが出てくるとは思わず、しどろもどろになった。

 せめて着替えてから来ればよかったと後悔した。


「あんまり騒いだらダメだよ? もう夜なんだから」


「うん、ごめん。気を付けるよ。」


 ステラのかわいいお説教に、ユウは元の目的も忘れて大人しくなった。


「それで、どうしたの?」


「え?」


「誰か探してたんでしょ? 私も一緒に探してあげる。この屋敷のことならユウ君よりは詳しいし」


(いい子や。間違いない、俺にとっての極楽はこんなところにあったんや……。)


 ユウの顔がだらしなく緩んだ。

 なぜだか脳内の思考がエセ関西弁になってしまっている。


「誰を探してたの?」


「一応ラプラスだけど、この屋敷で一番偉いのって誰? リア?」


「うーん、たぶんそうだと思う。今はお父さんもお兄さんもいないから」


 そこで母親が出てこないことにユウは少しだけ引っかかった。

 だがそんなことは後回しだ。


「じゃあリアのところまでお願いしていいかな?」


「う……、ん。それは大丈夫なんだけど……。なんていうか、先に着替えたほうがいいんじゃないかなー、なんて……。リアも一応は女の子だから」


 ステラの目が泳いでいる。

 ユウは彼女が目を逸しているのは自分の服装が原因だと、この時点でようやく気がついた。


「……このカッコじゃまずいかな?」


「すごくまずいと思う……」


「じゃあ着替えてから……。いや、やっぱりダメだ。」


「えぇっ!」


 ユウはモンドの襲撃が近づいていることを思い出した。


「時間がない。急ぎなんだ、悪いけどこのままリアのところに案内してくれ。」


「理由は後で聞くことにするけど、リアには変なことしちゃダメだからね? 絶対だよ?」


「リアに……、は?」


「リ、リアの部屋は二階だから! 行くよっ?!」


「え、ちょっとまって。おーい。」


 ステラは足早に階段を昇り始めたのでユウも慌ててその後ろをついていった。

 彼女の動きは予想外に軽やかだ。


「リアの部屋はここだよ。……いるかな?」


 トントントンっとステラがドアをノックする。

 ガチャリとドアが開いてリアが顔を出した。


「なんだステラか。どうしたんだ?」


「うん、それが……。ユウ君が話があるみたいなんだけど」


 なぜかステラが不安そうな目でユウを見た。

 リアも釣られてユウの方を見た。


「こんばんわー。」


「……な!」


 ユウの姿を確認した直後に彼女の顔が引きつった。


「この時間にその格好……。貴様、どういうつもりだ?」


 声が震えている。

 リアが半開きになったドアを勢いよく開け放ち、杖を抜いた。


 どうやら彼女も魔法を使うらしい。


「答えろ! 内容次第ではタダでは済まさんぞ!」


 目が本気だ。

 丸腰のユウを本気で殺す勢いだ。


  突如として訪れた貞操の危機を前に、ガチの戦闘モードである。


「まっ、待て! 誤解だリア! 違うんだ!」


「そうだよ!話ぐらい聞いてあげようよ。! ねっ?!」


「止めるなステラ! こんな破廉恥な奴は問題を起こす前に殺した方が世の中の――。はっ、まさか貴様……、もうステラに手を出したんじゃないだろうな?!」


「わたしそんなことしてないよ?!」


 リアの誤解がどんどんユウに不利な方へ向かっていく。


「だとすればもう許しておけん! アイスブレイド!」


「あわわわ。」


 リアの右手に持つ杖の先端に氷の刃が出現した。

 自分に斬りかかろうとするリアを見てユウは腰を抜かした。


 氷とはいえその刃は極めて鋭利で、纏った氷霧の程度から見て相応の殺傷能力を備えているであることは容易に想像がつく。


 その時、ユウのローブが捲れてリアの視点から股間が丸見えになった。

 ちなみにだが風呂上がりに加えて替えがないこともあって、今は下着を身につけていない。


「貴様……、やはりか」


 リアが剣と化した杖を構えた。


「ヘルプ! ヘールプ! ヘルプミィー!」

 

「わわっ! 待って! 待ってってばリア!」


 斬りかかろうとするリア。

 抱き着いて止めようとするステラ。


 そこには突如として戦争状態が発生した。


「離せステラ! この世界のためにコイツはここで殺すべきだ!」


「ダメ! ダメだよぉ―!」


「誰かぁー!」


 その後、騒ぎを聞いて駆け付けてきたラプラスのおかげでユウは辛うじて殺されずに済んだ。


 ……とりあえずよくやった、ラプラス。

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