14:森の隠者達

 クマ達に連れられて歩くこと、たぶん十五分ぐらい。

 俺は森の中にひっそりと建てられた家に案内された。


「ただいまだクマー。お客さんだクマー。」


「お、お邪魔しまーす。」


 俺は二匹に続いて中に入った。

 入ってすぐのところがダイニングキッチンみたいな感じになっていた。


 たぶんだけど、どうやら構造的にここが客間になるみたいだ。

 大きなテーブルがあって、周囲に椅子が配置されている。


「帰って来たクマ?」


 椅子の一つには、俺をここまで連れて来てくれたのとは別のクマが座っていた。


 フォルムはまったく同じ。

 でもこのクマは灰色だ。


「アルドー、茶色達が迷子連れて来たクマー」


 灰色のクマが奥に向かって叫んだ。

 他にもこの家の住人がいるらしい。


(……でもアルドなんて動物いたっけ?)


 ガチャリと奥の扉を開けて出てきたのは、室内なのに黒いシルクハットとコートを身に着けた美少女だった。


 完全な予想外。

 てっきりまたぬいぐるみみたいな動物が出てくると思っていた俺は面食らった。


 男装の麗人なんて言葉は今まで使ったことはなかったけど、間違いなくここで使うべきだ。


 黒い服装に加えて髪の色も黒。

 そのせいか、綺麗な白い肌とカラーコンタクトを付けたように赤い光彩が一層際立って見える。


 男なら十分長いんだろうが、女の子としては髪は短めだ。

 髪型には詳しくないけど、ショートボブとか呼ばれてるのがたぶん近いと思う。


 ボーイッシュな感じは俺の好みじゃないが、それでも客観的には間違いなく最高レベルの美少女と断言していい。

 百人に聞いたら全員が美人だって即答するはずだ。


「おかえり。迷子のお客さんでいいのかな?」


 アルドと呼ばれた少女は柔らかく微笑んだ。


「ユウは森の中でウルフのエサに立候補してたクマー。一緒にご飯食べるクマー。」


「コイツはアルド、俺達の飼い主だ。こっちはユウ、茶色が言った通りウルフの餌になりそうだったんで拾ってきた」


 カエルが右手でアルドさんを、左手で俺をそれぞれ紹介してくれた。


「ふふ、よろしく。ウルフの餌になりたがるなんて変わった趣味だね」


「すいません、お世話になりますアルドさん。ちなみにウルフの餌には立候補してないです。」


「ボクのことなら呼び捨てで構わないよ? もうすぐ夕食時だしユウの分も用意するよ。大したモノは出せないけどね」


 柔らかく微笑みを崩さないまま、アルドがキッチンに向かった。


(ボクっ娘かぁ……。)


 俺はそんなに好きじゃないけど、ボクっ娘属性の人の気持ちは理解できるようなった。


「……ちなみにアルドは男だぞ?」


「え?」


 カエルがぼそりととんでもないことを呟いた。


「アルドは男だクマー。」


「なん……だと……?」


 あれで男……?

 何を言っているんだお前達は。


 俺は驚愕の目線で料理中のアルドを見た。


 ……いや、ない。

 どう見たって女の子にしか見えない。


 あれが男だったら世の中の女達が女の子を名乗る権利が無くなってしまう。

 それこそステラやリアぐらいの美少女でなんとか女の子であることを許して貰えるレベルだ。


「ユウはノンケでも構わず食っちまうクマー。怖いクマー」


「いや、違うし! 俺ホモじゃないし!」


 灰色のクマが腐った濡れ衣を掛けて来たので、俺は全力で否定した。

 別に男同士が好きな人はそうしててくれても構わないが、少なくとも俺はホモじゃない。


「そ、そうだクマ、ユウはホモじゃないクマ。」


「……文句あるクマ?」


「ないですクマ……。」


 茶色のクマが俺をかばってくれたが、灰色に睨まれてあっさり撃沈した。

 ……弱い。


 アルドを見て男の娘もありかもしれないと少しだけ思ったのは内緒にしておいたほうが良さそうだ。


「ふふ、ボクも相手は女の子の方がいいな」


 料理をしているアルドは動じることなく微笑んだ。


「ユウがアルドに振られたクマ。腐った女の子達がみんながっかりクマ」


 腐った女の子……、腐女子のことか?

 そう言った灰色自身も心なしか残念そうに見える。


 もしかして灰色はメスなんだろうか?


「とりあえず座れよ。サンドウィッチ食べようぜ」


「ユウも好きなところに座るクマー。」


「じゃあこの辺で。」


 促されて俺も座ることにした。


 カエルは魔法でイスの上に水の塊を出し、ちょうど目線がテーブルの位置に来るように調節してその上に乗った。

 灰色クマの隣に茶色クマ、その隣にカエル、そしてその横に俺だ。


「口に合うかわからないけど」


 そう言ってアルドがテーブルの上に置いたのは肉料理の乗った大皿だった。

 出来立てであることを証明するように湯気が立っている。


「はやっ。」


「ふふ、ちょうどいい時に来たね」


 俺がここに来てからまだ数分しか経っていない。

 どうやら絶好のタイミングだったらしい。


 アルドが再びキッチンに戻って食器とライス、それにお茶も持ってきた。

 大皿から俺の分を取り分けてくれる姿を見ながら、これで女だったら完璧だったのにと、俺は内心で少し気を落とした。


「なんか急に来たのにすみません。」


「構わないよ。ここには来客も滅多にないからね。クマ達も喜んでるよ」


 アルドの視線に釣られるようにして俺もクマ達の方を見た。


「早く食べるクマ。茶色、クマの分を早く取るクマ。さっさとするクマ」


「はいですクマ。」


 喜んでる……、んだろうか?


 茶色クマはお腹のポケットから大きなフォークを取り出して大皿から料理を取り始めた。


 いつの間にか灰色も既に同じものを手に持っている。

 フォークの大きさを考えると本当に四次元ポケットなのかと思ったが、よくよく考えたらこの世界には魔法袋があるんだった。


 前にダーザインに買って貰ったあれだ。

 死んだせいでもう無くなったけど。


 きっとクマ達のお腹のポケットもそうなんだろう。

 俺の見ている前で茶色クマが灰色クマの分をせっせと小皿に乗せていた。


 完全に尻に敷かれてる……。

 そう見える、というかそうとしか見えない。


「よし、食べるクマ。いただきますクマー」


「いただきますだクマー。」


「こいつらはいつもこうなんだ。気にしないで食おうぜ。腹減ってるんだろ?」


 そう言ってカエルはまたどこかからサンドイッチを取り出して小皿の上に乗せた。

 

 だからどこから出してるんだよそれ。

 お前、クマ達と違ってポケットないじゃんよ。


 でもなぜだろう。

 なんかだんだん、”サンドイッチがすごく重要なキーアイテム”なんじゃないかって気がしてきたぞ。



 ……後になって振り返ってみれば、その直感は間違っていなかったのだけれども。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る