6:白い男

 食事を終えた後、俺達は早速冒険者ギルドを訪れた。

 俺はダーザインの後ろを少し緊張しながらついていく。


 ちなみにだが元々の世界で高校生だった俺は働いたことなんてもちろんない。

 校則で禁止されてたからバイトもだ。


 というわけで俺にとって初めての就職である。


 ギルドの建物は入口を含めてかなり大きかった。

 エニグマが当たり前のように俺の後ろを歩いている。


 ここまで来る途中にあった建物は入口が小さいものが多かったことから推測すると、きっと冒険者用の施設なんかは大きく作られているんだろう。


「新規の登録を一人頼む」


 ダーザインが後ろにいる俺を親指で差しながら、受付のおっちゃんに登録を申し込んだ。


「おう、そっちの兄ちゃんか。まずは書類を書いてくれ。字は書けるか? 代筆が必要なら代筆料二百ジンだ。読み上げも込みだぜ」


「ジンはお金の単位だよ」


 後ろからエニグマが教えてくれた。

 さっきダーザインが昼食代を払うときにも同じ単語が聞こえたのでたぶんそうだろうなと思っていたが、これで確認が取れた。

 いいタイミングで助言をくれる、まったく有能な猫様だ。


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」


 そう言って俺は紙を眺めた。


(……読める。初めて見る文字のはずなのに読めるぞ、これ。)


 どこかの世界の赤い彗星は『私にも見えるぞ!』とか言ってたらしいが、俺もなんかそんな感じだった。


 これも異世界転移の影響だろうか?

 というか、よくよく考えてみれば普通に言葉が通じる時点でおかしい気もする。


(流石は異世界転移。ご都合主義ってやつだな。)


 俺は少し驚きながらも書類を読み進めた。


 犯罪行為に手を染めれば登録を取り消すとかそんなことが書いてある。

 常識的な行動をしていればまず違反することはないだろう。


 そんなに難しいことは書いていなかった。

 これならネトゲ――、もといeスポーツとかの規約の方が遥かに難しい。


「ここに名前を書けばいいんですか?」


 書類の中身に目を通した後、俺は名前と年齢、そして性別を書くだけだというのを理解して受付のおっさんに確認した。


「ああ、そうだ」


 俺の理解を肯定して、おっさんがペンを俺に差し出した。

 ダーザインとエニグマは黙って待っている。


 この世界のファミリーネームは全員後ろだとエニグマが言っていたので、その順番で自分の名前を異世界文字で書いた。

 知らない文字を読めるだけでなく書くこともできる……、地味に恐ろしい現象だ。


「ユウ=トオタケか。珍しい名前だな、勇者の家系か?」


 おっさんもダーザインと同じことを聞いてきた。

 少し怪訝な表情をしているように見える。


「勇者じゃない異世界人の家系だとさ」


 ダーザインがおっさんの疑問に答えてくれた。


「勇者じゃない? ……はっはっは、そりゃあ残念だったな。ちょっと待ってろ、ギルドカードを作ってくる」


 おっさんがダーザインの言葉の意味を理解したらしく、俺に同情の言葉を掛けてから書類を持って奥に引っ込んだ。

 数分ぐらい経って、手の平に収まるぐらいのカードを持って戻ってきた。


「ほら、これがお前さんのギルドカードだ。冒険者としての身分の証明書として使える他に、活動を記録する機能もついてる」


 俺はカードを受け取って、表と裏を交互に眺めた。

 プラスチックのような材質で硬い。


 そして異世界の言葉で俺の名前、そしてアルファベットのFに相当する文字が書いてある。


「F?」


「それはお前さんの冒険者ランクだ。最初はランクFから始まって、冒険者として依頼をこなして評価が上がると最終的にAまで上がる。ランクが低いうちは難度の高い依頼を受けられないようになってるんだ」


「でないと無謀な初心者がすぐ死んじゃうからね」


「なるほど」


 おっさんの説明とエニグマの補足で理解できた。


「ちなみにダーザインは?」


「俺か? 俺は……、なんだったかな」


(覚えてないんかい……。)


 俺は内心で突っ込んだ。

 恩人なのでもちろん言葉には出さない。


 ダーザインがごそごそと腰の袋を探り、自分のギルドカードを取り出してランクを確認した。


「お、Aだな」


 そう言って俺たちに見せたカードには、確かにこの世界の文字でAに相当する文字が書いてあった。

 カードのデザインも俺よりかなり豪華になっている。


「へえ、見かけによらずやるじゃねぇか。Aランクなんて俺も久しぶりに見たぜ」


 受付のおっさんが顎を撫でながら感心した声を上げた。

 Aランクがどれぐらいすごいのかはわからないが、おっさんの様子から推測するにきっとかなりのものに違いない。


「ただのやる気の無い人じゃなかったのか。」


「ボクも驚いたよ」


「お前は知ってただろ」


 ダーザインのツッコミ、エニグマの頭に軽くチョップ。

 効果はいまひとつのようだ……。


「依頼はあっちの掲示板に貼ってあるから、受けたい依頼を見つけたら番号を控えてからきてくれ」


「ああ、ありがとよ。行こうぜ?」


 ダーザインに促されて俺達は掲示板のところに向かおうとした、その時だ。


「後生の頼みだ! 頼む!」


 男の叫ぶ声がギルドのホールに響き渡った。

 みんなの視線が声の方向へと一斉に向かう。


 叫び声の発信地は俺の二つ隣の受付だった。


「規則ですから、困ります!」


「そこをなんとか!」


「おい、どうした?」


 俺の対応をしてくれたおっさんが困っている受付のお姉さんのところへ向かっていった。


(白い……。)


 俺はお姉さんを困らせている男に注意を引かれた。

 髪も肌も、体全体が不自然なぐらい真っ白だったからだ。


(アルビノってやつか?)


「あれは白死病だね」


エニグマが俺の後ろからそっと小声でささやく。


「ここじゃなんだし、後で教えてあげるよ」


 デリケートな問題なのだと直感した俺は無言で頷いた。

 その間にも目の前の事態は進展していく。


 結局、男はその後すぐにギルドの人たちに連れていかれた。


「依頼、見ようぜ」


 再びダーザインに促されて、俺達は掲示板のところへと向かった。

 依頼内容の書かれた紙が壁一面に貼られている。


 ランクや内容ごとに分けられているみたいだ。

 ダーザインはFランクの依頼が貼られたところを見始めた。


「Aは見ないの?」


「Aランクの依頼なんてそうそうないさ。それにお前の初仕事になるんだ、俺が良さそうなやつを選んでやるよ」


 そういうことかと俺は納得した。

 ここまで案内してくれただけでなく、仕事のアドバイスまでくれるというわけだ。


「いいの?」


「もちろんさ、俺も最初は同じようにして貰ったからな」


「ボク、ダーザインがこんなにやる気になってるの初めて見た気がするよ」


「おいおい、俺は常にやる気全開だぞ?」


 ダーザインが心外そうな声を上げる。


(あれでか? そんなバカな……。)


 大丈夫、口には出さない。

 だって恩人だもの。


「あ、それなんかいいんじゃない? ウサギ十匹」


 エニグマが話題逸らしも兼ねてFランクの依頼の一つを尻尾で指した。

 俺は覗き込んで内容を確認する。


「えーっと、これ? ファッティラビット十匹を食用納品……、食用納品? なんだそれ?」


 始めて聞く単語の並びだ。


「露骨に話逸らすなよお前ら……。食用納品ってのは生死は不問だが食料として使うから鮮度の高いうちに納品してくれって意味さ。最初に誰が言い始めたのか知らないが、納品する物の状態に指定がある場合に使う言葉の一つだな。冒険者やるなら覚えておいて損はないぜ?」


「了解。」

(流石はAランク。)


 俺の中でダーザインの評価が少し上がった。

 冒険者なら常識レベルの知識なのかもしれないが、少なくとも彼がちゃんとした冒険者なのだと認識した。


「ファッティラビットなら手こずる相手でもないし、これでいいだろ。俺もこの辺で依頼受けるのは初めてだし、手続きついでにどこにいるか聞きに行こうぜ?」


 俺達は再び受付へと向かった。

 さっきのおっさんはまだ戻って来ていないらしく、別のお姉さんが対応してくれた。


「依頼番号Fの四十五番、ファッティラビット十匹の納品ね。期限は明日の午後五時までよ。良ければ参加者全員のカードを」


「この辺りだとファッティラビットはどこにいるんだ?」


 ダーザインがギルドカードを出しながら受付嬢に訪ねる。


「南東の森ね。行けば沢山いるはずよ? 繁殖力が高いから」


「なら心配なさそうだ」


 俺もさっき作ってもらったばかりの自分のギルドカードを差し出した。

 お姉さんが二枚のカードを模様の書かれた板の上に乗せてから端末を操作するのを、俺はじっと見ていた。


(電子機器? ……いや、電気が無いみたいだから代わりに魔法を使ってるのか?)


「あれはカード情報を書き換えるための魔法機器だよ。蓄えてある魔力で動いてるんだ」


「へー、そうなんだ。」


 だいたい思った通りだ。

 再び入ったエニグマからの説明に俺は頷いた。


 俺もそのうちこんな賢い相棒が欲しい。


「はい、どうぞ。気を付けて行ってきてくださいね」


 お姉さんの発言は、明らかに俺に向けての言葉だった。

 Aランクのダーザインに心配は不要ということなんだろう。


「いってきまーす。」


 俺は手を振ってお姉さんに返事をした。

 相手は仕事だとはいえ、年頃の女の人に心配してもらえるのは悪くない。


(元の世界では母親と親戚のおばさんぐらいにしか心配されたことのない俺みたいなやつにとっては特にな。……異世界もいいかもしれない。いや待て、もしかして俺が異世界に来たのはリア充になるためなんじゃ?)


 我ながらちょろい奴だと思いつつ、俺達は冒険者ギルドを後にした。

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