第7話 新生活

翌日から、真月の新しい日々が始まった。

朝、日向と桜賀に連れられて朝食をとると、学校へ向かう二人を見送る。

その後、医務室を訪れ医師である竜胆の診察を受けた。竜胆は医師ではあるが探知能力という日向と同じ固有能力を持っていた。能力自体は触れた生物の状態を知ることが出来るという能力で、これで健康状態を診察できるらしい。

真月は今までの生活環境から鑑みて一ヶ月間は毎日、通常の診察と能力による診察を受けるように指示されている。

「よし。終わり」

診察は十分とかからず終了した。あまりの速さに、真月も呆気に取られてしまう。

「もう?」

「うん。健康状態の確認をしてるだけだし、実は昨日君が寝ている間にも確認しているからね」

一ヶ月の診察は、念のため行うだけで大掛かりな検査はしないらしい。

竜胆に「もう行っていいよ」と言葉を貰った真月は、釈然としないまま遥と直政が待つトレーニングルームへ向かった。

トレーニングルームと言ってもただ広い空間が広がっているだけの体育館の様な部屋で、中には遥と直政以外は誰もいない。

「おはようございます」

「おはよう、真月君」

扉を開けて入ると遥は真月に丁寧な挨拶を返してくれる。一方、眠そうな直政はチラリと真月を見ただけだった。

真月は中央付近で待つ二人の元へ駆け寄ると、半目を開いた直政は今にも居眠りを始めそうだった。

「遥、直政…寝てる?」

「ああ、真月君。ナオは朝が弱いので放置で大丈夫」

遥が放っておいても構わないというので、真月は遥に向き直る。

「今日から色々訓練を始めるわけだけど、一人の時は危険だから許可があるまで勝手に訓練するのは禁止。これだけは守ってね」

「うん。わかった」

「よし。じゃあ、これから何をするかなんだけど、朝は体力づくりをしようと思う」

「体力?」

「そう、何をするにしても体力がないといざというときに動けないからね。でも、今の真月君の体に無理な負荷をかけると成長の妨げになってしまうから、柔軟とランニングをします!」

真月の体は年齢よりだいぶ小柄だ。きちんとした食事、運動、睡眠をとることで年相応に成長していくことが予想されるため、無理のない範囲での訓練を行うことになっていた。いまだにぼけっとしている直政を傍目に、真月は遥に手伝われながらゆっくり丁寧に体をほぐしていく。前屈や開脚、屈伸など一つ一つ教わりながら三十分以上の時間をかけて柔軟を終える。そのころには直政ものろのろ体をほぐしていた。

「よし。じゃあ、ランニング始めよう!真月君準備はいいかい?」

「はい!」

「よし!レッツゴー!!」

「おー!」

ハイテンションの遥の問いにノリノリで返事をしてくれる真月。遥はその乗りの良い姿を上機嫌で眺めながら、真月が付いてこれる速度でトレーニングルームを走り始める。息一つ乱さず走る遥に懸命について走る真月には遥たちが思っていたよりも体力があった。今日の予定ではトレーニングルームを五周できればいい方だと思っていたが、真月は息が上がってしまってはいたもののしっかり走り切ってしまった。

「はぁ、はぁ…」

「お疲れ様。今日はここまでにしてお昼までは勉強にしよう。服は…そのままでいいか。息が整ったら資料室に行こう」

いつの間にか完全に覚醒し、いまだにトレーニングルームを走り回っている直政に遥が資料室に移動することを伝えると、もう少し走るから先に行けと返事が返ってきた。そのため、真月の息が整ったのを確認した遥は真月と手をつなぎトレーニングルームを後にした。


もはや図書室や図書館レベルの蔵書がそろう資料室。そこに設置してある机で待つ真月の元に遥は両手いっぱいに本を抱えて戻ってきた。

「…いっぱい。遥、この本全部使うの?」

どう見ても多すぎる本に真月は目を丸くした。

「ほとんどは参考資料だよ。真月君には学校でやる勉強もしてもらうけど他にも色々教えるように言われているんだ。今日はGMU-Solutionのことについて教えるね」

そういって、遥は本を脇に追いやり新品のノートを取りだした。

「GMU-Solution…ここからはGMUジーエムユーと略すけど、GMUはいくつかの部署があるんだ。装備部、医療部、交渉部、経理部、総務部、そして僕たちが所属する調査部」

遥はノートにそれぞれの部署の名前を書く。

「装備部はGMUが所有する車を整備したり、GMUの制服や戦闘用のちょっと丈夫な服、戦闘で使う装備品を扱う部署だよ。僕らが戦闘で使う武器の用意、メンテナンスは全部ここがやってくれるから、関わることが多い部署」

ノートには部署名の横に説明した内容をわかりやすくするためか単語を書きだしてくれる。

「医療部はその名の通り医療系全般を受け持つところ。怪我したときはここで治療を受ける。後は、社員の健康管理も行っているから社員は二、三カ月に一回検診を受けるように言われてる。体の不調とか、何かあったら医務室に誰かしらいると思うからちゃんと行くようにね。行かない人もいるけど……」

遥は行かない人が誰がとは言わなかったが、健康管理は重要な仕事だからと真月に言い聞かせた。

遥の表情は穏やかだが、真月はそれが何故だか恐ろしかった。

「交渉部は依頼人と交渉を行ったりする部署で、交渉事はここが全部やってる。経理部はお金の管理とかやってるとこ。ここはあんまりかかわりはないから詳しくは説明しないよ。総務部もあんまり関わることは無いかな。事務全般をやってくれてる。最後に、調査部。ここは僕たち調査員が所属してるところ。この前会った尾坂さんはここの部長で、仕事の指示は尾坂さんがだすよ。その人の適正とかを見て必ず二人一組で仕事にでるし、真月君は誰かに同行してって形がしばらく続くと思う」

真月にもわかりやすいようにあまり関わりのない部署に関しては遥はざっと説明するにとどまった。それをノートにまとめると、次のページに何か書き始めた。

「今日は、この二つをやろうと思う」

そういって遥は真月にも見えるようにノートを机に置いた。

――――――――――――

『武器を決める→装備部に注文』

『戦闘服を用意してもらう』

――――――――――――

遥は大きめの字でノートに書いたのはこの二つ。二つの文章は少し間を開けて書かれている。

「真月君が戦闘に加わることはしばらくないと思うけど、自衛できる程度の力は付けてもらう必要がある。相手や状況次第だけど武器は使える方が望ましい。そして、武器は固有能力と合わせて使うことが多いから、まず真月君の固有能力について学ぼう」

いわく、怪異相手には拳銃よりも剣などの武具が効率がいいと言う。だから武器を決めるための前提として固有能力との併用を考え、真月の霞友能力について理解するところから始めるらしい。

遥は机の脇の積まれた本から『固有能力大全』という本をとりだした。パラパラとページをめくり三分の二ほどめくると、開いて真月に手渡した。

「変身能力について…?」

そこに書かれている内容を声に出して読むと、そのまま読むように促される。

「変身能力とは、人の姿から別の姿に肉体を自由に変化させる能力のそ…う…「総称」そうしょうである」

真月が読み間違えたり、詰まると遥は横から読んで教えてくれた。遥にそのまま読む様に促され、真月は遥に向けていた視線を再び本へ向ける。

「有名なのはひと…おおかみ?「人狼」じんろう系の能力で、人から狼へ、狼から人へと変身する。またその間の状態で変化を止め…「半獣人」はんじゅうじん、半獣と呼ばれる人と狼の特徴を併せ持つ姿にもなれる。彼らは、半獣の姿であっても人間よりもゆう?れた「すぐれた」すぐれた……?「嗅覚きゅうかく聴覚ちょうかく、動体視力など」きゅうかくやちょうかく、どうたいしりょくなどの五感を持つ。また、パワーやスピードなども強化されるため肉弾戦を好むものが多い」

何とかそのページに書かれた内容を読み終えると、遥はよくできましたと言って真月の頭を撫でた。

「うん、そこまでで大丈夫。上手に読めたね。真月君の固有能力は変身能力と言ってここに書かれているような獣化の能力だよ。という事で、次はこれを見てね」

遥は固有能力大全を退け、武器資料を代わりに取り出した。真月にも見えやすいように資料を広げ、武器を選ぶときの注意点について話す。

「真月君は人の姿の時は…僕もだけど、力が弱いから重い武器や大きな武器と言ったパワー系の武器向いていない」

そう言ってハンマーや斧の資料に書かれた大きさや重量などを見せ、ノートに『人型:重量武器×軽量武器○』と書き足す。

「遥は武器って何を使ってるの?」

資料を見ながら、遥の「僕も同じ」と言う言葉を聞き、気になった。

「僕はワイヤーを風で操ってるよ。相手によってはワイヤーの種類を使い分けてる。戦う相手が人間なら拘束用の太いものを、怪異…妖怪とか人外生物が相手なら、切断できる細いワイヤーって感じかな。あ、あと接近された時は短刀も使うよ」

遥はそう言って短刀の資料を真月に見せた。鞘をつけていても一キロ程の重さらしく、で真月でも使えそうだった。

「真月君は半獣の姿だと自前の爪で切り裂く攻撃できる。状況次第では能力と武器を併用して戦うこともあるし、人型と半獣型双方で使えて邪魔にならない軽い武器が良いと思うよ」

そう言って短刀やレイピア、ナイフなどの資料を広げた。真月が資料を見ている間に遥はノートに『半獣型:爪での斬撃』『邪魔にならない武器』と書いている。

「んー……」

真月は勧められた武器の資料を色々見たがピンとくる武器はない。取り敢えず短刀にしておこうかと思いながら、他の武器の資料を見ていると手のような形をした武器の資料が目に入った。

「これは?」

「鉤爪だね。調節すれば重さもそこまで重くないし、半獣型でも使えそうだ…うんいいと思うよ」

遥の賛同を得た真月は、鉤爪を武器として使用することにした。遥と真月は使いやすい大きさや形を考え、ノートにまとめておく。

「………よし。こんなものかな?」

ノートに書き終わると、遥は思い出したように「対人戦の場合、見た目が変わってしまう変身能力や武器が使えない場面が多いから体術もできた方がいいかな」と呟いた。ただ、体術は直政の方が得意なので指導は直政に受ける方がいいらしい。真月は直政に直接指導を受けるのが嫌ではないが、不安を覚えざるを得なかった。


戦闘服に関しては、『獣化しても動きやすく、フードが付いている服』と十分ほどで決まってしまった。細かなデザインに関しては、希望がなければ装備部が町中で活動していても浮かないデザインのものを用意してくれるらしい。真月は特にこだわりもないのでその辺は全て任せることにした。

ノートに遥が書いた二つの項目を決め終わり、時計を見れば針はもうすぐ十二時になることを知らせてくれた。二人は資料を片付け、昼食をとるため食堂に向かうことになったが結局、直政は資料室に現れず食堂で再会することとなった。遥は直政がトレーニングに夢中になって来ないことを分かっていたらしく、そのことを告げた直政にため息を吐きながら「やっぱり」とだけ零していた。

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