第9話 面倒事は必然に


 そして時間は流れて二日目の視察は進んだ。

 今日、向かったのは氷だけの世界への技術提供の一つである冷気を封じ込める結界の実演、冷気に包まれた状態でも灯る暖炉の制作現場なんかの見学だった。

 ただ俺は自分で魔道具を作ったりするから楽しく見れたが、技術者と言うわけでもないシルヴィー女王には退屈だったようで終始退屈そうに欠伸を嚙み殺していた。


 なにより問題だったのはシルヴィー女王に隠すつもりがないようで堂々と欠伸をしてつまらなそうにする。結果として案内している俺と翡翠を筆頭に工場長や護衛の者達全員が何とも言えない微妙な空気に居心地を悪くしていた。


「つ、次に行くのは…」


「もういい飽きた。先ほどのような場所なら行く必要はない」


「え、えっと…だったらどうしたら」


 なんとかしようとした翡翠もシルヴィー女王の一言で対処することができずに混乱して、普段のクソ真面目さが裏目に出た感じだな。

 翡翠は何か決めたことが乱れるとしばらく頭が動かなくなる欠点があった。

 そしてこうなった時に助け船を出すのが俺の役目でもあるわけなんだが、正直に言って何も解決方法が思い浮かばないのでどうしようもない。


「…いま本部に連絡して確認しますので少し待っていてください。その間は近くの喫茶店を使えるように手配しておきましたので、そちらで休んでいてください」


「よかろう。ただ、あまり時間を掛けるなよ?」


「わかっております」


 もうこうなっては仕方ないので今回の警備責任者でもある茨木のオッサンに連絡することにした。ちなみに今言った喫茶店は有事の際の魔術師などのセーフハウスもかねて運営されている物で、警備の観点からもしかしたら使うかも?と思って事前に貸し切っておいたのだ。

 ただ利用しなければ料金は半額と言う風に交渉していたんだけど、結局満額を払う事になったか…これ経費で落ちるよな?落ちないと今回の報酬の半部くらい消し飛ぶことになるな。


「……という事なんで、追加の報酬とこの空気何とかする策をください」


『なにが『という事』なのかわからないが、追加の報酬は今回の条約に加盟してもらえれば考えてやる。そして視察が順調にいかないのはこちらとしても困る。方法を直接話し合うために向かうから、数秒でいいから待ってろ』


 そう早口で言うと通信を一方的に切られた。

 数秒ってことだから本当に向こうも慌ててるみたいだし大人しく…店の前で待っていよう。まず間違いなく中の空気最悪な状態だろうからな。

 という事で外で待つこと10秒で目の前に転移で巨漢の茨木のオッサンが現れた。


「なんで外で待ってるんだ?」


「どうせ微妙な空気なんで、一緒に入った方が視線が分散して入りやすいからです」


「はぁ……お前って奴は本当に……いや、今はいい。こっちの方が急ぎだからな」


 全力で呆れた表情を浮かべていた茨木のオッサンも現状を考えて、店の中の方を優先したようだ。

 まぁこうなると思って今のうちに軽口でストレス発散したんだけどな。


 おそらく店に入った後は俺の予想が外れなければ面倒だけどを果たす必要が出てくると思うんだよな。あんな感じの笑顔を浮かべる人間は俺を含め、経験上ろくなことを考えていないからな。

 そうこうしている間に茨木にオッサンは店内のシルヴィー女王のいる席へと向かっていった。


「それで異界の女王陛下。やはり工場なんかはお気に召しませんでしたか」


「あぁワシには理解できない分野であるからのう。どうせなら魔方陣とか動植物などの方が新鮮で面白かったのう」


「なるほど、ただそういう場所は人も多く今日中に手配するのは難しいですね」


「そうであろうのう。という事で私直々に1つ提案があるのだが…のんでみんか?」


「ほう…聞かせてもらいましょう」


 俺が席に着いた時には何やら茨木のオッサンとシルヴィー女王の2人はにやにやと悪そうな笑みを浮かべて話していて、ぼそぼそと聞こえてくる内容から嫌な予感は当たったみたいだな。

 なにせ今になって思ったが目の前の2人はどこか似ているのだ。


 茨木のオッサンとシルヴィー女王は2人共が常人では勝つことのできない超常の力を持ち、長い寿命を持つがゆえに生きることそのものに飽きながら死ぬ気にもなれず

 つまり2人は持つ力によって長大な寿命を持つ対価としてこの世に生きている実感を失った。


 それでも生きていて楽しいと感じることが少ないが幾つかあり、1つが。しかもただの喧嘩や試合のようなものではなく死力を尽くし、文字通り命を懸けての全力の戦いだ。

 シルヴィー女王に関しては会って2日だが話した時の様子、感じた力の大きさに加えて目の前で茨木のオッサンと共感しあっている姿を見て確信した感じだな。


 このタイプの怪物達が何がたちが悪いって壊れ切ってはいない事なんだよ。

 一定以上の常識も良心すらも持ち合わせた上で、軽い悪戯のような感覚で死闘を望んでしかも断られないように準備を進めるのだ。

 もう本当に……めんどくさい。


「………なんか楽しそうに話してますけど、まさか今朝の約束の件じゃないですよね」


 最後の望みを掛けて九分九厘で無理だとは思いながら確認した。

 そして予想通りと言うべきか、茨木のオッサンとシルヴィー女王は2人そろってニヤリ…と笑みを浮かべる。


「もちろんその話だ。いや~まさかお前の全力が見られるなんて、数年ぶりじゃないか?楽しみだな!」


「ちっ…下手な約束するんじゃなかったッ」


「はははっ!、そういったのはカズヤだったであろう?」


「くぅ……はい」


 これほどまでに自分の軽口を後悔したのは…何度かあった気もするが、最近ではなかったから油断してた。

 ニヤニヤと俺の表情を見て楽しそうに笑みを浮かべる2人にも怒りを覚えるけど、それ以上にこんなに早く話が進んでいるという事は別の誰かが事前に許可を出していた可能性が高い。

 そして茨木のオッサンよりも立場が上で、こういうことを率先して許可するような人は一人しか知らない。


「あ、そうそう!あの人からの伝言だ『なんとなくこうなる気はしていたので許可は初日に出しておいた。存分にで楽しませてくれ』だとよ」


「そんなことだとは思ってたけど初日からだと?つまり俺に案内を依頼した時から予想してやがったな⁉」


 もはや客人の前とか完全に俺の頭から抜け落ちていた。

 なにせ初日には客人との戦いの許可が下りていて準備されていた。いくら相手が異界の超常の存在の女王だとしても早すぎる。

 つまりはシルヴィー女王と俺が戦う事は最初から予測、この場合はもはや『予知』と言った方がいいかもしれないな。


 そのレベルで先読みして場所の確保に周囲の安全確保、最後の仕上げに俺へのの許可だ。

 特に最後のは自分で言うのも恥ずかしいがよく通ったと思うほどだ。

 これでも俺は制限してなければ世界でも10人ってくらいの強者に入るからな。と言うか、そうでもないと学生の身分で人間で魔術師ってだけの俺が正職員と同じ仕事を任せられることはなかった。


 だから俺に案内兼護衛の依頼がされた時には決まっていたのだろう。


「はぁ…後で詳しく説明してもらうって伝えておいてください」


「はっはっはっ!ちゃんと伝えてやるよ。気にしてくれるかどうかは、知らないけどな」


「気にはしないだろうけど、言ったていう事実が大事なんですよ。絶対に後で知らなかった、忘れてた、とか言われるので先手を打っておくんですよ」


「なるほどなっ!そりゃ確かに言いそうだな‼」


 普通なら俺の遠慮も何もない物言いは相手を知っていれば不快、あるいは常識を疑うかもしれないが茨木のオッサンは相手の性格まで把握しているので楽しそうに笑っていた。

 代わりに周囲の護衛や翡翠にシルヴィー女王なんかは何を話しているのかわからず首をかしげていた。


 まぁ俺みたいな表向きバイトとして働いている奴が立場が一番上の相手と知り合いで、こんな敬意もないようなことを言っても許されるような関係だとは思わないだろう。

 でも、目の前のシルヴィー女王は話の内容から何か面白い事の兆しでも感じたのか悪い笑みを浮かべていた。


「なにやら楽しそうな話をしているではないか、ワシも混ぜてはくれんかのう?」


「…では、望んでいるであろう言葉で返しましょう。俺に勝てればすべて知れる、それだけの事だよ」


「…ふ、ふふふっ!いいではないか‼その挑発しかと受け取ったっ」


 目の前で楽しそうに高笑いをするシルヴィー女王を見ながら俺は少し後悔した。

 ただ、もうここまで来たら俺も戦いを楽しむことに決めただけだ。


 なにせ久々のを出せる機会だからな。

 遠慮する理由もなく、許可すらも出ているのだし普段は制限されているわけだし少しはっちゃけても文句は言われないだろう。

 そんな打算もあって言動だったので周囲の奴等からの信じられないようなものを見る目も気にはならなかった。と言うか気にしたらきりがないから気が付かなかったことにする。


「よし、話も纏まったことだし移動先変更するぞ!」


 そして目的が決まれば向かう先も必然として用意されていて、話が終わったと判断した茨木のオッサンが店内にいる全員に聞こえるように大声で話し出した。


「目的地は中央区だ。詳細な場所は機密事項だから、お前らにも教えられないが…始めてみる奴は死ぬほど驚くと思うから楽しみにしてろ。ほらっ移動するぞ‼」


「「「「は、はい!」」」


 一見ふざけたようにも見える茨木のオッサンの言葉に店内の奴等は唖然としていたが、急かす様にして店の外へと出て準備を始めていた。


「ふふふっ!少し我儘を言ったかいがあったというものだな」


「そりゃよかったですね。なら俺達も置いて行かれない内に移動しましょうか」


「うむ、そうしようかのう」


 楽しそうに笑っていたから少し邪魔しずらかったけど、さっさと移動したかったでシルヴィー女王に声を掛けて俺も店の外に出た。

 最後に後ろを見ると急に変わり続ける展開についていけていなかった翡翠が呆然としてたが、下手に声を掛けてもなんか怒られそうな気がするから正気にするためにも放置した。後々で更に怒られるとは思うけどね。


 そうして店の外に出ると送迎用の魔導学バスが来ていたから急いで乗り込み、しばらくすると茨木のオッサンに担がれて翡翠も乗ると目的地を目指して発進する。

 ちなみにバスが動き出してから3分ほどして正気に戻った翡翠によって俺と茨木のオッサンは質問攻めにあって死ぬほど疲れることになった。…やっぱり最初から声かけておけばよかった。



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