03 α

 倉庫の扉に、もたれかかった。


 月が見える。満月には、やはり少しだけ足りない。


「いい月だ」


 組織がなくなった日も、こんな夜だった。


 耐えられなくなっていた。彼女に会えない日々が。


 会えなくなるほどに、彼女を愛してしまう。それが、情けなかった。


 組織には、彼女の存在を人質に取られていた。彼女を危険な任務から遠ざける代わりに、自分が酷使される。


 自分には、致命的クリティカルなほどに、才能があった。こうやって、倉庫の扉も、手に持った端末ひとつで簡単に完全施錠フリーズロックできる。


 月を、眺め続けた。


 あの日も。


 月を眺めていた。


 組織は自分を危険視し、その生命線である彼女を死地に追いやろうとした。そして、それを知った自分は、組織の全てを消した。


 殺して。


 奪って。


 消した。


 それまでの自分に正義感があったと知ったのは、最後のひとり、何も知らない組織の通信担当を殺したときだった。通信端末からデータを逆流させて、情報ごと脳を焼いた。


 そしてまた、自分は悪なのだと、そのとき思い知った。


 今までは国という後ろ楯のある組織の庇護を受けていて、気付かなかった。誰を殺しても、人のためになると思っていた。


 違った。


 自分は。


 何も知らない人間すら、殺せる。


 月に映る。人影。


 扉が閉まって、裏口も使えなければ、大体の人間は窓から外に出ようとする。


 ふたり。


 銃を構えて、狙いを定める。

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