転生ロープ伝説 〜「ヒモ」と呼ばれた男は、転生しても「ヒモ」でした〜

なつきコイン

プロローグ

「ここはどこだ?」

 気がつけば、俺は何もない、全体的に白い靄に覆われた、何とも不安定な空間に浮いていた。

 何の支えもないのに、落下するでもなく、ただただ、この空間に漂っている感じである。

 俺は、どうしてこんなところにいるのか記憶を探っていく。


「確か、ユウコとラブホでやった後、そのラブホの入り口でサチコとばったり出くわして、言い争いになったんだよな。

 それで、サチコがナイフを取り出して、ユウコを刺そうとして、ユウコが俺の陰に隠れたもんだから、ユウコの代わりに俺がサチコに刺されたんだったか」

 段々と直前の記憶を思い出す。


「サチコの奴、前からヤンデレ気味だと思っていたが、ラブホの入り口で出くわしたのも、偶然ではなく、待ち構えていやがったな。

 ユウコもユウコだ。俺を盾にするとはとんでもない奴だ。一歩間違えれば死んでいたところだぞ」

 記憶を思い出すのに伴い二人に対する怒りが込み上げてくる。


「あの二人とはもうおさらばだな。残るはハルミとマヤとノドカか。三人だけだと遊ぶ金が足りなくなるな。

 また、新しい女を捕まえる必要があるか。 

 アケミなら金を随分と稼いでいるらしいし、この間、彼氏と別れたと言っていたから都合が良さそうだな」

 俺は残る三人からどの位搾り取れるか計算し、新しく女を増やす計画を立てる。


 そう、俺は、女に貢がせて生きている、所謂「ヒモ」である。もうかれこれ十年以上そんな「ヒモ」生活を送っている。


「しかし、何もないところだな。本当に、ここは何処なんだ?」

「ここは俗に言う「あの世」の入り口ですよ」

「あぁ?」

 俺が声のする方を振り返ると、そこにはいつの間にか絶世の美女が立っていた。

 これは、新しい女として確保しない手はないぜ。


「貴方、女神に対して不埒なことを考えていますね」

「女神だ?自分のことを言ってるのか」

 おっと。自分のことを女神だと言う、自意識過剰、お高く止まるタイプか。

「自意識過剰なのではなく、本物の女神なのですがね」

 女神と自称する美女は困った顔を俺に向ける。そして、とんでもないことを言い放った。

「貴方、自分が死んだことわかっています?」

「俺が死んだ?俺はこうして生きているじゃないか」

 俺は自分の身体を確かめようとするが、気がつけば手も脚もない。というか、身体自体何もない。ただ、ぷかぷか浮かぶ朧げに淡く光る丸い塊があるだけだった。これが「魂」というものだろうか。


「俺は死んだのか」

 ここでやっと俺はサチコに刺された後、死んだのだと自覚した。

「そうです。死んだんです。そしてここは死後の世界。私は女神。理解していただけましたか」

「ああ、何となく理解できた。それで、俺はこの後どうなるんだ。ずっとこのままか?」

「私がここに現れたのは、貴方の今後についてお話しするためです」

 そう俺に微笑みかけると、女神は説明を始めた。


「普通なら亡くなった方は、天国か地獄に行くことになるのですが、前世で、他人を庇って殺された貴方には、特別に、異世界でやり直せる権利が与えられます」

 庇った?ユウコのことをいっているのか。あれは、ユウコに盾にされただけで、助ける気はこれっぽっちもなかったのだが、庇ったと思われているなら黙っておこう。


 そんなことよりこれからのことだ、今、異世界と言ったか。

「今までの世界でなく、異世界なのか」

「そうです。剣と魔法のファンタジー世界です」

「今までの世界に戻してもらうわけにはいかないのか」

 できることなら今までの世界で「ヒモ」を続けたい。


「いきません。その代わりに、僅かばかりではありますが、貴方の希望のものが与えられます。物でも、能力でも、地位でも構いませんよ」

 所謂「転生チート」というやつか。


 確か、異世界転生といえば、勇者になって魔王を倒すのが王道か。だが、それは命の危険があるし面倒だな。

 最近は、のんびり田舎でスローライフが流行りだとも聞くな。だが、俺は田舎で農家の真似事などしたくはない。

 やはり、今までどおり「ヒモ」生活だな。勿論、ハーレムは欠かせないな。


「なら、俺は、立派な「ヒモ」になれる容姿を希望するよ」

「え?「ヒモ」ですか」

 女神は驚いた様子で、何処からかタブレットのような物を取り出し、何か確認し始める。

 そして、何を確認したのかこちらを睨み付けてきた。

「貴方、女の敵のような存在ですね」

 口調も先ほどに比べると険しいものになっている。


 俺が生きていた時のことを確認していたようだ。完全に蔑むような眼差しでこちらを見ている。これはまずいか。

「今更取り消しとかないよな」

「決まりごとですからね。それはありません」

「そうか、よかった。そうだ、また刺されて死にたくないから、簡単には死なない体にしてくれ」


 女神の眉間にシワがよる。

「貴方、この状況でよく追加の要望ができますね。神経を疑います」

「伊達に長年「ヒモ」をやっていないからな」

「誇れることではないと思うのですが、まあいいでしょう。

 立派な「ヒモ」としての容姿と簡単に死なない体ですね。

 その二つを授けますのでさっさと転生してください。

 はっきり言って目障りです」


 おや、言ってみるもんだな。二つも希望が通ったぞ。これなら三つ目もいけたか。

 だが、女神も随分ご立腹みたいだからな。この辺にしておくか。

「わかったよ。なら、さっさと転生させてくれ」

「うむ。それでは新しい世界で十分に「ヒモ」としての生活を楽しんでください。それでは転生させます」

 女神が手を振ると、俺は徐々に意識が遠のいていく。


「フフフフフ」


 女神が何か笑っているようであるが、意識が遠のいて、考えを巡らす前に、俺の意識は完全に消えていた。


 ==========


 気づいたら、今度は完全な暗闇の中にいた。手足を動かそうとしたが思うように動かない。

 これはどうしたわけだ。俺は転生したわけではないのか。

 考えていると僅かに光が漏れてきて、そして、直ぐに光が満ち溢れる。

 眩しい。

 光が視界を遮るが代わりに声が聞こえてきた。


「何これ、可愛いんですけど」

 徐々に光に慣れてくると、その声の主がギャルっぽいねえちゃんであることがわかる。

 身体を動かそうとするが、それは今もできない。喋りかけようにもそれも無理だった。

 もしかして、あれか。転生ということは、赤ちゃんからやり直しなのか。ということは、このギャルっぽいねえちゃんが母親なのか。


「どれどれ。俺にも見せてみろ」

 次に男の声がして、ヤンキーっぽいにいちゃんが顔を覗かせた。

 こいつが父親か?何かこの先が心配になってきたのだけれども。


「確かに可愛いけど、宝箱から出てきたんだから、それだけじゃないんだろ」

「そうね。ちょっと「鑑定」してみるわね」

 今、宝箱から出てきたと言ったか。てことは、俺はこいつらから生まれたわけではないんだな。

 よく見れば、男の方は防具を身につけ、剣を持っている。女の方は、ローブに杖だ。典型的な冒険者の格好だな。

 ということは、俺は捨て子か、召喚でもされた形だろうか。文字どおり、天から授けられた可能性もあるな。


「鑑定できたわ。やっぱり、マジックアイテムね」

「おお。やったな。それで、何ができるんだ」

「使ったことを覚えて、次からは命令一つで実行できるみたい。

 使えば使うほど色々覚えて、レベルも上がるみたいよ」

「ふーん。よくわからんが、それは凄いのか」

「うーん?私にもよくわからないし。使ってみるしかないんじゃない」

 ん?マジックアイテム?こいつら何を言ってるんだ。


「形状からいって、ヒモ?いや見た目が綺麗だからリボンか?」

「取り敢えず、私が髪に結んでみるわね」

 ギャルのねえちゃんが俺を手に取り自分の髪に俺を結んだ。


『リボン縛りLv.1を獲得しました』


 俺の頭の中にアナウンスが流れた。


「リボン縛りLv.1を獲得したって」

 どうやらギャルの頭の中にも同じアナウンスが流れたようだ。


 と、冷静にそんなことを分析している場合ではない。

 俺はあれか。この「ヒモ」なのか。

 女神のやつ、俺を「ヒト」ではなく、「ヒモ」に転生させたのか。

 確かに「ヒモ」にしてくれと頼んだが、こんな間違い普通しないだろう。いや、これは絶対にわざとだ。女神のやつ、最後に笑ってやがった。あん畜生。

 俺のこれからは一体どうなるんだ。


「どう。似合う」

「ああ、可愛いよ」

 俺を髪に結んだギャルは、ヤンキーにいちゃんとイチャイチャし始めた。


(勝手にやってろ!)

 俺は叫んだが、その声が二人に聞こえることはなかった。


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