第2話 骨なしチキン野郎って

「草食系なんだな……」


 オレは、ある自己分析をしていた。そして、決意する。


「ん…もっとグイグイっとさ。肉食系男子にならねば。ねばねば…… 」


 このまま、ちゃんとした彼女も出来ずに中学生活を終えてしまうことだけは、絶対に避けたい。

 それならば、肉。そう肉、肉だ。肉を食わねば…… 


 近所のコンビニの、レジ横に置かれているチキンの塊肉。それを原始人のようにカブりつく。その姿が、オレの頭の中には浮かんでいた。

 そんな発想しか出て来ない。学校でも授業中に眠くなると、コーヒー牛乳を飲むだけで目がシャキッとする、そんなタイプの人間だった。

 オレは今、マジで恋をしている。



 彼女に気付いてほしい……

 でも「好き」って言った途端、関係が壊れちゃうんじゃないか。同じクラスだし、やべぇょ。

 でも、なんでこんなに、好きになっちゃったんだろう。恋に落ちるって、こういうことなんだな。

 ハァ──  深い溜め息が、思わず漏れた。




 先日の部活帰りのことだった。

 新緑の並木道。

 別れ際、彼女が見せた満面の笑み…… 


「ぅ、奈緒なおちゃん……かわいい」


 いま、こうして彼女を思い出しているだけでも、胸が苦しい。

 ドキュン……

 ハートが射抜かれた。

 その瞬間から、オレの中で流れていた時間が変わる。

 恋の始まり。そう、予感した。


「こんな気持ち、初めてだ。身体が熱い。微熱もあるし、きっとこれは恋の病……だったら、寝とけってんだ」


 オレは、かたわらに置かれたベッドに転がる。掛布団を掻き寄せ、ギュッと抱きしめた。

 布団の端に顔を埋め、唇を押し付けてみる。


「奈緒ちゃん……好きだー」


 そう、叫んでいた。

 彼女に見立てた布団。それに抱きつき、下半身を押し付けているオレ……

 ちょっと、むなしくなった。


「なんかコイノボリみたいな格好だな」


 オレは、理性を取り戻していた。


「つまりは『まな板の鯉』だ、煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」


 鯉、こい、恋……

 だが、この恋。どうサバいたらいいものか。

 何かが吹っ切れたような気がした。

 それは、ちょっとした気付きだったのかも知れない。

 つい、先程まで考えていたことに繋がった。


 悶々と臆病になっていても、しょうがない。「うまくいくかな?」なんて探っているうちに、タイミングを逸してしまう。肉食になるための行動に移そう。

 さっそく、オレはコンビニに出掛けた。



「いらっしゃいませ〜 ただ今、チキン全商品が30円引きになっております」


 おっ、今日はツイているぞ。よし、2個 買っちゃおぅ。

 あれっ…… チキン無いじゃん。


「すぐに調理しますので5分ほどお時間頂けますでしょうか」


 オレは、隅のイートイン・コーナーで出来上がるのを待つことにした。

 それにしても、この先どうしたらよいものか。

 親しいクラスメイトから、恋人に昇格するための見えない壁。


 オレにとって、最も苦手とする障壁だった。意識すればするほど、頭の中がパニくる……

 しかし、この壁を越えなければ、先には絶対に進めない。

 考えれば考えるほど、厚く高くなって行く、壁がそこ立ちはだかっている……



「いらっしゃいませ〜」


 客が一人入ってきたらしい。

 店員の声に促されるように、オレは出入口のほうへ顔を向けた。


 ん? 気のせいか…… 


 もう一度、いま入ってきた客を見た。雑誌コーナーの方へ曲がって行ったその後ろ姿…… 


 まさしく、リアル彼女だった。

 確かにそこに居るのは、いまオレの頭の中を駆け巡っていた奈緒ちゃんだ。


 どっ、どうしよう …… 

 以前なら「ようっ」と普通に声掛け出来たのに。

 一体、オレは何してる。こんなラッキーな偶然、そう無いぞ。


 この根性無し! 臆病者!

 本当、骨なしのチキン野郎だぜ。


 地蔵みたいに固まり、動けなくなっているオレ。

 オレは、オレ自身を責め続けていた。


 その時だった。

 コンビニ店員の明瞭な大声で、オレは我に帰る。

 雑誌コーナーに居た彼女も、顔を振り返らせているのが、視界の隅で見えた。


「骨無しチキンのお客さま〜 大変お待たせしました〜」


 骨無しチキン……

 それオレです……


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