第四話 脱出までの


              ☆☆☆その①☆☆☆


 ホームルームが終わって、始業のチャイムが鳴って、現代国語の男性教師が入ってきた。

「起立~つ! 礼!」

 立ち上がった生徒たちが、教師へと綺麗な礼。

「はい、おはよう」

 クラス委員長の号令で挨拶が終わると、先日の小テストが返されてくる。

「はい、それじゃあ テスト返すぞ~」

 順番に名前が呼ばれて、採点済みの答案用紙を受け取る生徒たち。

 頑張って良い点を取った者、怠けて赤点の者など、悲喜こもごもだ。

 弧燃流は、成績よりも名前を呼ばれる事に、極度の緊張を覚えていた。

(テストの返却……な、名前が呼ばれたら、前に出なきゃダメなのかなぁ…)

「霧ヶ野~、唯一の満点だな~。流石だ。工藤はもっと頑張れ~」

 段々と確実に、自分の番が近づいてくる。

(答案なんて、郵送してくれればいいのに……っていうか、テストも授業も、全部ネットでやってくれればっ、いいのにいぃぃぃぃぃっ!)

 引き籠りの少年が悶絶していると、遂に名前が呼ばれた。

「登和仁~……ホラ登和仁!」

 それだけなのに、心臓がドキっと跳ねる。

「はっ–はひいいいっ!」

 ノロノロと立ち上がり、小柄な身体を更に小さく屈めて、なるべく目立たないように、コソコソと教壇へ近づく。

 背中には、ハッキリと感じられるほど、女子たちの視線が突き刺さっていた。

「はぁ…はぁ…」

 わずか二十メートルもない距離なのに、多数の視線を意識してしまうと、息が乱れて目が白黒。

 カメの歩みの如くで教壇へと到着した眼鏡少年は、震える両手で、答案を受け取る。

 先生は、残念な視線で答案用紙を渡してくれた。

「登和仁…お前 もう少し頑張らんと、本当にマズいぞ」

「は…は…は……は…ぃ……」

 必死に声を絞り出して、焦りながらも足が動かずモタモタと、自分の席へと無事帰還。

 受け取った答案の点数は、十六点。

 目も当てられない惨状なのに、ホっとしながら着席をした弧燃流だった。

(こ…これでもぅ、今は 呼ばれる事はないんだ……)

 全ての答案返却が終了して、しかし先生が発表した内容に、弧燃流の心がまた、バットでホームランされたような衝撃を受ける。

「え~、平均点は八十七…。もう少し高いと良かったが、まあいいか。それと、六十五点以下は、週末 補習な」

「「「ぇえ~っ!」」」

 数人の赤点生徒たちが、不満を隠さない悲鳴を上げる。

(っぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?)

 弧燃流も、心の中で誰にも負けない程の悲鳴を上げていた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 隣の友達が、弧燃流の答案を覗いて嘆く。

「うわ弧燃流、相変わらず ひっでぇ点だな!」

 ビクっとなる眼鏡少年を特に気にせず、他の友達も、覗いて同調をしていた。

「あ~、俺でも コレはないわ~」

「お前ってマジで、嫉妬出来ないレベルの残念美少年だよな~」

「うぅ……」

 男子たちの会話を聞くまでもなく、朝の女子たちが、赤点の眼鏡男子へと、ワラワラ接近をしてきた。

「うわ~、登和仁くん また残念な点数~」

「ひぃっ–っ!」

 すぐ後ろから耳打ちをされて、心臓が飛び出そうなほど、ビクっとする。

 ワイワイと女子たちに寄られ、思わず窓際まで後退する弧燃流だ。

 真っ赤になった小柄な美少年が可愛いのか、女子たちは更にグイグイと、しかもやや肉感的な接近をしてくる。

「なんならさ~、アタシたちが勉強、見てあげよっか?」

 弧燃流のテスト用紙を白い指先に摘まんで、自らの唇に寄せてアピールする女子。

「いっいっいっいっいっいっ–」

 良い香りがするほどの接近に。拒絶しようにも、涙目で息も絶え絶えな眼鏡男子だ。

「あん、現国だったら~、私が得意よ?」

 制服を突き上げる程の大きな乳房に、自らの「九十二点」の解答用紙を乗せて、見せ付ける女子。

「ひぃっ–だっだっだっだっだっだっ–」

 大丈夫です。の言葉が、緊張で詰まって出ない。

 そんな弧燃流に、男子たちは微妙な表情しか出ないものだ。

「なんだろうなぁ…普通なら 羨ましい光景なんだがな~」

「弧燃流の成績を見るとなぁ…むしろ縋っとけ とか思っちまうゼ」

 女子たちでワイワイする教室に、慣れた男性教師が注意をする。

「ホラホラ、授業 始めるぞ~。席に着け~」

「「「は~い」」」

 女子たちが退散をして、脱力しながらホっとする弧燃流だった。


 放課後を迎えた学校は、部活の生徒たちや帰宅部の生徒たちで、ノンビリとしながらニギヤカな活気のある空気になる。

 一年C組の教室では、今朝の女子たちが、弧燃流を話題にしていた。

「登和仁く~ん! ってあれ、登和仁くんは?」

 就業のホームルームが終わった直後なのに、眼鏡少年の席は、既に空っぽ。

 キョロキョロしている女子たちに、男子たちが、笑って応える。

「弧燃流なら、とっくに逃げ帰ってるだろ」

「由美子先生が出て行ったら、一瞬でドロンだよな」

 いつも通りな状況に、女子たちは苦笑いである。

「あー残念~。結構 注意してたのにな~」

「アタシたち、また振られたね~」

「こういう時の登和仁くんって、まるで忍者みたいよね。あはは」

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