k01-22 歴史的ある大樹

 ゲートから20分程は進んだだろうか。


 前を行くジンは、藪を掻き分けながら進み時折背中の鞄から杭のような物を取り出し地面に打ち付つけながら進む。


「マスター、さっきから気になってたんですけど、この杭何なんですか?」


 しゃがみ込み地面に刺さった杭を不思議そうに観察するアイネ。


 杭の頭頂には直径1cm程の無色透明な宝石のような物が埋め込まれている。


「杭じゃなくて鋲だな。目印だよ。帰りはこれを頼って帰るんだ。次来るときにも目印になるしな。蹴っ飛ばしてコケないように気をつけろよ」


「はぁ、なるほど」


 ーーーーー


 それからさらに30分程森の中を進む。


 途中、虫に驚いたジンが輝石魔法で森ごと焼き払おうとしたり、転んだ拍子にアイネがぶっ放したライフルの弾があわや演習中の生徒達に命中しそうになり慌てて逃げだしたりなど、いくつかのトラブルはあったものの順調に歩を進める2人。


「よーしがんばれ! もう少しだ。この藪を抜ければ指定エリアだぞー!」


「はい! よかったですね、マモノにも出逢わなくて済みそうです」


 ーー藪を抜けると急に視界が開ける。



 前を歩いていたジンが立ち止まる。


「わっと」


 続いて藪を抜け出したアイネが、ぶつかりそうになり慌てて止まる。


「びっくりした。急に止まらないでくださ……ーーわぁ! 凄い!!」


 ジンの背中越しに、目の前の風景を見て思わず感嘆の声を上げるアイネ。



 そこにはーー澄み切った水を豊潤に湛える大きな湖が広がっていた。


 木々の間から太陽の光が差し込み水面が神秘的に輝く。


 湧き水が沸いているのだろうか、水面はゆらゆらと揺れている。

 近づいて手を漬けてみるとひんやりと冷たく気持ちいい。


 水は抜群の透明度で底まで綺麗に見渡せる。魚も泳いでいるようだ。


 どれ程の大きさなのか、見渡してみたが途中で湾曲しており全体像は分からない。

 そこそこの大きさはありそうだ


「凄い……! 演習エリアの中にこんな所があったなんて……」


「確かにな。ここは林道にも繋がってないし、どのゲートからもそれなりに距離がある。

 藪の中を無理やり進みでもしなきゃ辿り着かんから、知られてないのも無理ないだろう。

 俺は少し周りを見てくるから、荷物番がてらお前はその辺で休んでろ」


「あ、はい!」


 ジンは湾曲した湖の畔に沿って奥の方へと進んでいく。


 荷物を下ろしその辺にあった岩に腰掛けるアイネ。



 時折聞こえる鳥の声、風に揺れる木々の音。綺麗な蝶々も舞っている。


 目を閉じて風に身を委ねる。


 こうやってゆっくり考えてみると、新学期が始まったばかりなのにすでに今迄経験した事のない出来事のオンパレードだ。


 高等グレードに進学したからというのも勿論あるかもしれない。


 でも、マスターと出会ったのがやっぱり1番のきっかけだと思う。


 なるべく人と関わらないよう静かに過ごしてきたこれまでとは真逆の毎日……。



 そんな事を考えしみじみしていると、急にジンの声が聞こえてきた。


「おーーい! 来てみろ! 凄いぞ!」


「え、何ですか!? 今行きます!」


 慌てて立ち上がると、念のためライフルを持ち声のした方へ駆け出す。


 湖の淵に沿って進み、湾曲した曲がり角を曲がった所でジンの後ろ姿を確認する。


 指さすその先を確認し、また驚きの声を上げてしまうーー


「え……凄い……」


「お前のリアクション、ワンパターンだな」


 そんなジンのからかう声すら耳に入らず、目の前に広がる景色の迫力にアイネはただただ立ち尽くす。



 信じられない程巨大な樹がそびえ立っていた。



 かなりの老木のようで、その幹の中には大きなうろが出来ている。

 洞は大きめの教室が1つ入りそうな程のサイズなのだから、幹全周は計り知れない大きさだ。


 これ程の洞を抱えながら、しかし、それでも枯れる事はなく樹上に青々とした葉を称え、風が通る度優雅に靡かせている。


 その様から驚異的な生命力を称えている樹だと一目で分かる。



 近づいてそっと幹に触れてみる。


「凄い……こんな立派な樹が今まで誰にも知られてなかったなんて……」


「演習エリアは木が生い茂った森だからな。

 遠くからじゃ見えねぇし、道からも外れたこんな場所だ。長い事忘れ去られてたんだろうよ」


「何か歴史的な謂れのある樹ですかね? とても普通の樹には見えませんが」


「ん~~、どうかな。でもお前が知らないだけで世界にはもっと凄いもんがごまんとあるぜ」


「そうなんですか……いつか行ってみたいな。色んな所、それで凄い物をたくさん見てみたい」


「……いいんじゃないか。若いんだ、これから何でもできる」


「マスター、おじさんみたいですね」


「はは、それまぁさておき、ここに決めたぞ!」


「え? 何をです?」


「この樹を俺たちの新しいホームにさせて貰おう!」


「え!? ここですか?」


「おう! でけぇ洞があるだろ? 少し手を加えさえて貰えば雨風も凌げるだろ。

 誰も来ないし、のんびりやるには最適だ」


「ツリーハウスみたいな感じですか!? 素敵ですね! でも、結構大がかりな工事になりませんかね……予算とか……。それにこんな所までどうやって木材とか運べば……」


「まぁ、その辺りは俺に考えがある。任せとけ。

 さて、今日は良いもんも見つかったし一旦帰るぞ」


「え? 来たばっかりなのにもう帰るんですか」


「探索はまた今度ゆっくりすればいいさ。今日の目的は達成したからな。さぁ、さっきの鋲の所に戻るぞ」


「あ、あの目印の鋲ですね」


「そう。あ、言ってなかったが、あれにはモンスター除けの方陣が施してある。あれを辿ってこれば次からはお前一人でも安全に行き来出来るからな。残念ながら虫までは避けてくれないが」


「そうなんですか!? マモノ除けの効果まであったなんて……」


「あぁ。設置しないと作動しないから行きは危なかったけどな。

 今はちゃんと作動してるはずだ。目には見えないが、鋲と鋲の間には2m程の幅で安全地帯が連続してる。まぁ、2m幅の道があるみたいに思えばOKだ

 鋲の間は細いロープで繋いであるからそこから外れないように歩けよ、って事だ」


「分かりました! マスター準備良いですね!」


「当たり前だ! あとちなみに、ここの事は誰にも言うなよ!

 せっかく良い物件見つけたのにまた変な妨害受けたくないしな」


「……マスター、もしかして他の人達が見つけられないようわざと道からはずれた森の中にルートを作ったんですか」


「おぉ、お前にしちゃ鋭いな。そういう事だ。

 さて、そろそろ行くぞ。来る時に途中の藪はなぎ倒しといたから、帰りは早いだろう」


「あ、はい!」


 荷物を持ち、ジンの後を追うアイネ。


(そう言えばマスター……下見と言いつつ最初からこれだけの準備。

 まさか最初からあの樹があるのを知ってたとか……考え過ぎかな)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る