第27話 色々あったその「色々」

 14歳になるまで、色々あった。

 今年15歳になるまでの短い期間にも、色々あるのだろう。

 でもこの一年間程、その色々の一つ一つが彩り豊かだった事は無い。

 フクリは、少なくともそう思う。

 

『みずぼらしい格好だねぇ。難民かい? そんな奴に売るもんはないよ』


『でも……お金あるのに……』


『うちの店の気品が疑われるんだよ』


 アルファに流れ着いた時、そんな風に店であしらわれたことがある。

 どうやら買い物をするには、お金だけでは足りないらしい。それが難民と位置付けられた人間の最初に学ぶ事だった。

 しかし新しい服を買う前に、食糧が欲しかった。飢えも限界だった。

 だがスラム街の闇市は足元を見て、値段を競り上げてくる。普通の店でなければなけなしの金が尽きる。

 

 さりとて働き先も回れど回れどすぐ見つかるものでもなく、一日だけでもと飛び込んでもつまみ出されるのがオチになっていた。

 このままでは生きる為、犯罪に手を染めなければいけなくなる。

 万引き、強盗、殺人――そんな風に黒く染まっていく同胞(インベーダ)も見てきた。

 

 一つ前の街で、同じ女性の難民は男に体を売る事で金を設けていた。

 一度、そうやって金を稼ごうと思ったこともあった。

 そして直前で、実際に営んでいる女性を見た。

 

 狭く、薄暗い室内。

 寝床としては固すぎる台。

 馬乗りになる男は、我慢していた放尿を出している顔になっていた。

 だから、その下で毒でも飲んでいるかのように苦しい顔をする女性が分からなくなっていた。

 

 裸同士。

 もう解けないくらいに絡まって。

 行き場を失った汚れを押し付け合っていた。

 

 フクリにも、その振動が意味する事だけは分かっていた。

 だとしたら本来、その行為は世界で一番愛おしい命を産む行為の筈なのに。

 なんで、金を交換するために、引き裂かれるような思いをして見せつけ合って、触れ合わなければならないのか。

 

 だから、自分の番の直前で。

 その店から逃げ出した。

 結局食べたものを戻しながら、その場から逃げる事しか出来なかった。

 そんな辻褄合わせみたいな生き方をしていたら、一体何のため生きているのか分からなくなる。

 

 しかし残念なことに、世界は綺麗毎ばかりで回っていられない。この星は、夜空に瞬く宝石の様に綺麗じゃない。

 何かしら捨てなければ、フクリは物を買う事さえもできない。

 切りたくなかったカードが脳裏に浮かんできた、その時だった。

 

『じゃあ私も、同じ理由でここの商品、買えないね。残念だなぁ、物はしっかりしてたのに』


 と、隣で威風堂々と腕組をしてみせた少女がいた。

 

『だって私、一応一ヶ月前にここに流れ着いたし。難民みたいなもんでしょ』

 

『いや、お客様はいいんですよ? うちのもの大分御贔屓にしてくださってますし』


『えぇ、だって人を見かけで判断するような所じゃ、正直気分悪くなるよ』


 確かにその少女は自分と比べ、しっかりとした服装をしていた。

 だがこの街でよく見かける難民を見下した眼をしていない。

 寧ろそんな眼をする仲間を軽蔑するような、気高くも太陽のような表情をしていた。

 

『えーと、名前なんて言うの?』


『ふえっ……? ふ、フクリ……です』


『私、ミモザ! おいで、もっといい店教えてあげる!』


 それがフクリとミモザが初めて出会った瞬間だった。

 ここから二人が親友になったなんて、どうしてそんな事になったんだかフクリにも分からない。

 

 それでもミモザは、生き別れた筈の人生への希望を教えてくれた。

 そんなミモザが待望していた学校生活を送れなくなるかもしれない。

 

 嫌だ。

 ミモザには、幸せになってほしい。

 

 自分が生きる為なんて理由で切れなかったカードを、友達の為に切ったとしても――。



         ■           ■


「だから何度も言っているだろう! 西に媚びを売る女など、我が校には相応しくない」


「ミモザちゃんはそんな人じゃありません! お願いします、考え直してください!!」


 廊下に二つの叫びが木霊していた。

 全く生徒のいう事に耳を傾けず、完全に一人の女子生徒を排除しようとするグローリーという教師。

 その一人の女子を助けたく、無下にされても同じ速度で歩いて説得し続けるフクリという生徒。


「今日ミモザちゃんの入学取り消しが可決されてしまうんですよね!? だったらそれを取り下げてもらえるまで私、こうやってしつこく付きまとい続けます! 私、何でもします!」


 徹底抗戦の宣戦布告。

 それを聞いたグローリーはぴた、と立ち止まる。

 視線が、あの時の男のものと似ていた。

 前の街で、情事に勤しみながら女性の裸を見下げるあの目に。

 視線が、膨らんでいる胸やら、素肌を見せたくないとタイツで覆った脚やら、小さいながらに育ったフクリの体を射止めていた。

 

「……なんでも、と言ったな?」


 グローリーはそういうと、周りを一瞥だけして――誰もいない事を確認してから一番近くの教室にフクリを押し込んだ。

 

「……っ!」


 フクリが振り返った時には、鍵の閉まる音は完了していた。

 まだ午前。カーテンがあるとはいえ、灯りは無くとも教室は一望できる。

 壇上に登ったグローリーは、声も出ないフクリに畳みかける。

 

「君の主張内容は兎も角として、やり遂げようとする意志は認めよう。ならそんな君に、担任となる私から直々の授業だ」


「授業……?」


「なんでもやると言ったな……ならその何でものやり方を教えよう」


「……」


 勿論、そのやり方については言われなくても、フクリには何となく感づいていた。

 スラム街で、その解決方法をとってきた女を見てきたのだから。


「脱いでみろ。そして俺に傅け」


「……」


 ……どうやら解決方法はスラム街だろうと、貴族街だろうと変わらないらしい。

 しかし直球で向けられた欲に、流石に顔が引きつる。

 よりにもよって教師が、そんな事を言うのか。

 生徒に、性奴隷になれなどと。

 

「それくらいの器量はある……例えば大物の愛人になる事で取り入れば、ゴミの掃きだめみたいな今の生活から抜け出せるぞ? そう、例えば俺とかな」


 近づいてくる。

 性欲の塊が迫ってくる。

 だが、後ずさってはいけない。

 フクリはじっと、こらえた。

 教師となんて一切みなす事の無くなった大人が、逃げ場のない室内で迫ってくる。

 

「そうだ、俺の父なんだが……近々この帝国の教育大臣になるんだ。同時に、爵位も侯爵から公爵に引き上げられる。継承権が一番高いのはこの俺……。こんな男に教えられるなんて、お前の人生にしてみれば随分と躍進した方じゃないか?」


 流石に後ずさってしまった。

 自分の胸に触感があった瞬間、嫌悪感が暴れだして体が勝手に動いてしまった。

 

「あ、あの……」


「ほう……君の覚悟はその程度か」


 ミモザが入学できない。

 その現実が、フクリの後ずさる脚を前に押し出す。

 

「待ってください! 分かりました、分かりました……」


「なら、君の手でそのシャツのボタンを外して見せろ……」


 最早、生殺与奪はこの男の手にあった。

 それでも、この行為の先に希望があるのなら。

 親友の明日があるなら。

 

「……っ」


 首周りのリボンに手をかけ、するりと外す。

 剥き出しになった一番上のボタン。ぽつ、と簡単に外れた。

 二個目。ここでようやく双乳の片鱗が見え始める事に、ここで初めて気づいた。

 シャツの中で胸を覆う、白い簡素な下着。次のボタンを外せば、これが露になる。

 

 舐めまわすように見てくるグローリー。

 それを知っているからだろうか。この掌が震えているのは。

 あの時馬乗りになっていた女性の気持ちが分かるような気がしたからだろうか。唇から血が出る程噛み締めているのは。

 

(ミモザちゃん……)


 それでも少女は、親友の未来を守る為、三つ目のボタンを――



「――お前は踏み越えてはならない一線を越えた」



 グローリーの顔がが突如現れたメルトに鷲掴みにされていた。

 微かに見えた瞳は、一切の色香が通じない様な絶対零度の色をしていた。

 

「フクリちゃん、駄目だよ……!」


 その手を止めたのは、その親友の掌だった。

 ミモザが、泣きそうな面持ちで胸を隠すようにシャツを閉めてくれていた。


「こんな事をされてまで、私学校にいたくないよ!」


 どうして。

 どうしてそんな顔をして、そんな事を言うのか。

 ミモザが学校に行けるようにするために――。


「私……」


 その場で力が抜け、座り込んでしまったフクリ。

 確認すると、狼狽えるグローリーにメルトの般若の様な表情がゼロ距離まで近づいていた。


「何が聖職者だ糞野郎。お前がやってんのはただの性職者であり、ただの生殖者だ!!」

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