第12話 「何がありましたか?」「トンネルの向こう側は真っ逆さまの地面でした」

 甲高い連続音が、建設途中のあちこちから不規則に響き渡る。

 一年前までは更地だった事から考えたら、まだ構えた店すらまともに開けないような中心街の様子も良くもまあ、ここまで回復したものだと思える。

 しかしきっと戦争前までは密集していた中心地も、殆ど人は疎ら。

 まだ復興も進んでいない事もあって、どうしても人が集まらないのだろう。ベータ魔術学院の開校が早すぎたくらいだ。

 

 そう思いつつ冷静を取り持ちながら、メルトは一つ気づいたことがあった。

 隣を歩くフクリが、光の定まらない眼を下に移している、と。

 

「少し休むかい」


「いえ、やらせて下さい……!」


 心配の声が上がると、途端になけなしの力を振り絞って目力を強めて前を向いた。

 あまり無理はさせられない。かといって、フクリの協力なしではプロキオンがどこにミモザを拉致したのかが分からない。

 はっきり言って、今やっている事はフクリを囮にしているのだ。

 教師としての道に、いきなり反する行動をせざるを得なかった。

 

 だがプロキオンが過激派も過激派なのはメルトも理解している所。

 だからこそ、フクリを餌にしてメンバーを釣る事が出来る。その可能性にメルトは賭けていた。

 

 しかし、あくまでそれはたとえ話であり、担任じゃないとはいえフクリも生徒の一人。

 こんな健気に友達を思った結果が、暴走した大人達からの報復ではあまりにも無残過ぎる。

 

「フクリは、空を見上げるのが怖い?」


 唐突な質問に、フクリがきょとんとした顔でメルトを見た。

 暫く会頭に迷うような素振りを見せて、

 

「私……空を怖いとは思ったことは無いんです。他の人は、怖いと思うみたいですけど……」


「……じゃあ、今何を怖がっているのかな。囮だなんて、怖いに決まってるよ」


 くす、と力なく笑うフクリ。

 

「傷つく事には、こう見ても慣れてるんです……私はミモザちゃんが傷つく方が、私が傷つくよりずっと怖い」


 メルトも、大まかながら相手が本当のことを言っているのか、嘘を作っているのかくらいは分かる。

 フクリが不世出の劇団女優でもない限りは、ミモザの事を自分よりも大事に考えている。

 よくある上下の冷えたヒエラルキーではなく、左右の暖かい絆という神経で繋がっているようだ。

 

「ミモザが言っていたよ。僕に最高の親友を紹介したいって」


「最高の……親友」


 メルトの言葉に、フクリの頬が真っ赤に染まった。

 同時に、嬉し泣きか目が潤み始める。

 涙腺が緩いなぁ、と笑いながらもメルトは確信した。


「君の事だったんだね」



 ただでさえ人通りの少ない街。

 二人が歩いていた所は、迂闊に人が通らないようなスラム街への道をたどっていた。

 だが急に人間の気配で溢れていたかと思うと、既に進路も退路も塞がれていた。

 十人単位で数えた方が適切な、大所帯の武装した人間達に。

 

「これじゃあ鼠一匹通れない。道を開けてくれないか」


 メルトが口にした途端、先頭にいた男が剣を地面に叩きつけた。

 

「当然だ。蟻一匹逃がさねえ布陣だからな」


「何故僕達を囲む。生憎この人数が腹一杯になるような金なら――」


 バァン! とけたたましい火薬の音が鳴った。

 直後、メルトの頬を真空波が襲う。

 

「物騒だね。そんなものまで持ち出すんだ」


 煙を吹く拳銃を持っていた男が、へっ、と鼻で笑う。

 一昔前ならば螺旋状の物理的な弾丸が飛んできただろうが、魔力の研究が進んだ今では魔力を込められる拳銃も存在する。

 よって魔力そのものが塊になった弾丸が、メルトの頬を切ったのだ。

 勿論頭蓋骨に直撃すれば、中の脳髄を魔力が破壊しただろう。

 

「先生あの人です! ミモザちゃんを連れ去ったプロキオンの人!」


 死を連想しても責められない銃口を目にしても、まるで自分が戦うと言わんばかりにフクリが前に出た。

 一方でその拳銃を手にしていた男は、後ろに陣取ったまま大きく吠える。

 

「俺も見覚えがあるぜぇ……フクリとやら。お前も我らプロキオンの粛清対象だ……勿論すぐに殺しやしねえよ。お前の周りで西に協力するような分子を探し出してから、“楽しんで”殺してや――」


「おい」


 低い声が響いた。


「あぁ? そういえば誰だ? お前」


 誰か判断せず、ただフクリの隣にいただけで殺しに来たらしい。

 まあ、そんなことはもうどうでもいい。


「僕はこの子の……まあ担任じゃないけど、これから通う魔術学院の教師だ」


「教師。教師。教師、おい聞いたかみんな、教師だってよ!」


 拳銃の男が煽ると、周りの数十人が嘲笑を始めた。

 ノイズの合唱だった。

 

「ま、教師は最高の魔術師さんの集合体だからなぁ? しかも立場の違いを利用して生徒とイチャコラ出来るいい身分だからな? ここならどこか野外プレイでも出来るかと思ったか? なははは!」


 そういう前例も昔からあるが故の偏見を浴びながらも、メルトは淡々と質問するだけだった。


「お前らの狙いはフクリ一人だろう。おたくらの所は一人女の子を相手にするのに随分と大所帯じゃないか?」


「おぉ! 説教か? そりゃ俺達はお前さんと違って、魔術の才能にも秀でてないし、ただ暴力と殺し方しか知らないもんでな。後は、そう、あれよ! 誰よりも強い、愛、国、心」


 リズムよく、小気味よく拳銃の男は口ずさんだ。

 

「俺達は国の為に動いている! 故に正義! 相手は反逆者! 故に悪! それは女子供だろうが揺らぐことは無い!何故なら――」


 という向上には興味はなかった。

 もう男への言語処理機能をきっぱりと切り、メルトはフクリに再度確認を取った。


「フクリ。あの拳銃の奴が、ミモザを連れて行ったんだね」


「はい。間違いありません」


「じゃ他の奴らに用はないね」


 そしてメルトは、体内の宇宙を躍動させた。

 淡々と、作業の様に、魔力とは別回路の力が脈打って空間全体を包む。

 正確には、拳銃の男以外の足元に。

 

 

「“猫の解ボックスオープン”」



 高笑いをしていた拳銃の男は、突如静寂に塗れた周りを改めてみる。

 いない。

 誰もいない。

 

 唖然とするフクリと、まるでゴミでも見るような力ない視線を送るメルトしかいない。

 先程まで一緒だったプロキオンのメンバーは?

 一秒前まで隣にいたプロキオンの仲間達は?

 一緒にフクリを攫う筈だった、プロキオンの精鋭達は?

 

「……は?」


 さっきまでいたはずの数十人が、一斉に消えた。

 神隠しにあった。無に食われた。

 そして誰もいなくなった。

 拳銃の男は、突如起きた摩訶不思議にして不条理な現象に、体が震え始めた。

 

「……今、何が」

 

「吐け」


 短く呟きながら、歩くメルト。

 恐怖に駆られながら、反射的に男が銃を向ける。

 

重縛サイコキネシス


 全方向からかかった重力の暴力が、あっという間に拳銃を捻じ曲げる。

 あっ、と武器を失ったと気づいた時にはもう既に遅い。

 

 最初から壊れていたかのような、メルトの眼がゼロ距離で見下ろしていた。

 

「フクリ、ここから先は目に毒だ。1分待ってろ」


 えっ、という声も聞こえないままに、“トンネル”を出現させるとフクリがそこに吸い込まれる。

 直後、男を路地の隙間に押しやると、そのまま壁に押し付ける。

 

「て、てめぇ、俺に手を出したら国に逆らう事と同義だぞ……! プロキオンが総力を挙げて――」


 激痛。

 あまりに痛すぎて、一瞬だけ痛くなかった。


「あ」


 だから、“左手の指が全部反対方向に折れていると知った時”。

 見ず知らずの超重力によって、根元から五本ともへし折れていると悟った時。

 それを知って、ようやくこの世のものとは思えない超級の痛みが脳髄を揺らした。

 

「あぎゃああああああ!! ああああああああああああああ!! あああああああああああああああ!!」


 悲鳴は、崩れた男の髪の毛を掴んだメルトに阻まれた。

 勿論そのままでも叫ぶ事は可能だったろうが、それすらさせない恐怖が目の前にあった。


「さっさとミモザの場所を吐け」

 

 暗闇と星光を縫い合わせた様な二つの瞳が、作業対象として自分を見ている。

 ボロボロになった男を見て、本当になんとも思っていない。

 人間の悲鳴を聞くのさえも作業だと思っている顔だ。


 逸脱している。

 狂気している。

 それでいて、正常でいる。

 

 こんなものが。

 こんなモノが、本当に教師なのか。

 本当に、生命なのか。

 

 一体どれだけ、人殺しの質と量を極めればこんなことになるのか。

 

「あ、あ……」

 

 そう感じた時、拳銃とプロキオンの大義名分で作られた虚栄心が砂の様に散っていくのを感じた。

 自然と、言葉が零れる。

 

「許して……許して……」


 そんな謝罪の言葉すら、メルトにはノイズだった。

 だってこの男は。

 “未来を奪おうとしたんだから”。


「別にお前が謝ろうがどうでもいい。ってか正直この国が滅んだって別に知ったこっちゃない。お前に許された行動はただ一つ」


 メルトはもう一度言った。

 ツクシ先生ならこうするだろうと、ぼんやりと情景を浮かべながら。


「吐け」


 別に自分がいくら笑われようが、罵倒されようがそんなものはどうでもいい。

 だけど夢にあふれた未来を奪うなら、例え世界が滅びようともメルトはその生徒を救う。

 白日夢オーロラスマイルと呼ばれた、笑顔も罪悪感も奪われた殺戮兵器になってでも。

 

 あの学校に行きたいと笑顔を漏らした、少女の為ならば。

 きっとツクシなら、こうしていた筈だから。


「次、歯な。ごー、よん、さん、にー、いち」


        ■        ■


 同時刻、突如空から数十人の武装した兵士が落ちてきたという。

 誰もいない荒野に向かって、何もない空から落下した彼らは、折れた骨の痛みに呻きながら口々に言う。

 

「トンネルに吸い込まれた」

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