第4話 さあ。

 “粒子”とは、あらゆる万物を形成するもの。

 粒子属性を極めれば、自分そっくりの人間を作る事も可能だし、世界を象る事さえ出来てしまう。

 魔術すらも粒子による集合体であるために、魔術の原型は“粒子”属性の銀河魔術だったともいえる。

 命を知らぬ器でしかない為に、それだけでは人間も魔術も世界も完成しないのだけれど。

 

 しかしメルトは勿論、ツクシでも精々“光線による粒子の具現化”と“狭い範囲の粒子化”しか応用が利かない。

 “暗黒”と並んで正体が判明していない属性の一つである。

 だが粒子属性を基にした光線こそが、銀河魔術の中で最も破壊力に満ちた魔術の一つである事は間違いがない。

 


「……」


 辺りにいた侵略者達は断末魔さえ上げる事が出来ず、その場に崩れていた。

 光線による衝撃、熱はほんの刹那の間に、被箇所をこの世界から消滅させてしまった。

 穴だらけ、欠損だらけの肉塊を背景に、ついにメルトはツクシの残骸に辿り着いた。

 

「あ……ああ……」


 近づいてみて、頭が冷えてみてようやくわかる。

 もう、これは助からない。

 助かるには、あまりに傷つき過ぎているし、血を流し過ぎている。

 

 銀河魔術は、宇宙の真理を教えてくれるだけで、確定した死を覆す裏技ではない。

 宇宙が奇跡によって成り立っている事は教えてくれても、その奇跡を与えてくれる魔術ではない。

 

 迷子の様に、目を潤ませる少年。

 焔の熱も、焼ける人間の嫌な臭いも、黒煙による息苦しさも、何もかもが気にならなかった。

 

 だってメルトは世界を、ツクシを通してしか見てこなかったから。

 

「すごい……ね。メルト……」


 火の粉が破裂する音よりも、か細い声だった。

 でも、聞こえた。

 またツクシの声が聞こえた。


「先……生……」


「……みっともないとこ……見せちゃったね……」


「待ってくれ……今医者探してくるから……」


 どこから?

 こんな見渡す限り火と死しか見当たらない、地獄に都合よく医者が転がっているとでも?

 そんな自問自答に脳内をかき混ぜられる前に、血みどろの掌がメルトの腕を強く握った。


「いいか……短くしか言えないからよく聞くんだ……今からこの辺り一帯に“粒子”魔術による絨毯爆撃が開始される」


「授業はいいよ……今は先生の命の方が大――」


「メルト!」


 限界を超えた大声で吐かれた血痰が、メルトの頬に付着する。

 その生々しい感覚が、本当にメルトの脳内を急速に覚ました。

 ツクシのダメージを代弁しているような感触が、一切の希望的観測を遮断してしまう。

 一層厳しい眼が、もう既に覚悟が決まりきった口が、その覚悟をメルトへ伝染させていく。


「おそらくこの辺りは、元々“見せしめ”としての価値しか踏んでいなかったんだろう」


「……じゃあ、先生も逃げよう……明日も授業してくれるって、約束したよな……」


「うん……したな。先生も何とか生き残るから……落ち着いて聞くんだよ」


 それが、ツクシの最後の授業だと、メルトは分かっている。

 勿論、認めてはいないが。


 メルトの涙を拭って、肩を叩く掌。

 いつも、その掌を通して挫折だらけの宿命の中でも、頑張ろうと思えた。

 生き残るなんてあからさまな嘘でも、この先生なら叶えるだろうと錯覚できてしまう。


「まずは生き残る事を考えるんだ……。たとえ世界が滅びたって、君は生き残るんだ。そして……君が、守りたいと思ったものを守れ」


「世界が……滅びたって?」


「ああ」


「……先生、言ってることがおかしいじゃないか……俺は、この世界を救うために銀河魔術を教え込まれてきたんだろ!? 先生は、何だか結局わからなかったけれど!! それでも先生は世界を救ってほしくて俺に銀河魔術を練り込んでくれたんじゃないのか?」


「メルト……もう、そんな事はどうでもいい」


「え……?」


「やっぱり君の動機としては、きっと相応しくない」


 疑問符を示すように、メルトが目を細める。

 

「あいつらは僕の母星から来た、星の侵略者だ……ああやって、“属星”っていって、この星そのものを植民地にしようとしている」


「……植民地」


「一年前に歴史の授業で勉強したろう。植民地になった国民は、その後どうなった……?」


「資源は吸い取られ……、人は奴隷の様に扱われる」


「それよりもっと酷い……奴らは星は死の星になるまで搾取し続け、人は最早命としての尊厳を失う……」


「先生は、それを止めようと?」


 しかしツクシは自分のことは最早どうでもいいと、肩を掴んでいた掌の力を強めた。


「いいか、メルト。それはつまり、君が未来で救うはずの生徒達と、そして教師としての君自身の未来が消えるって事なんだ」


「俺と、生徒の未来……」


「メルト。世界なんて救わなくていい。でも未来は救え。それが君の夢である教師の、大事な役割だ」


「……先生、俺は」


 その先の言葉、掌が地に落ちる音で遮られた。

 まるで役割を終えたかのように、表情から命がどんどん消えていく。


「……僕は君の眼に、どんな星よりも強い未来を見た」


「待ってくれ先生」


「……メルト。いい先生になるんだよ」


 ふと、光が自分たちを照らした。

 天からの、粒子の光。

 ツクシの最期の笑顔が、自身の影によって色褪せる。


「大丈夫。君なら未来に行ける。だって君は僕の、自慢の生」



「――えっ」


 言葉が途切れたかと思えば、メルトは草原にいた。

 直後、背後の僅かな魔力反応から“空間”属性の銀河魔術によるトンネルに巻き込まれたのだと悟った。

 

 ツクシの最後の力だと悟る前に、けたたましい爆音に遮断されてしまった。

 背後の街。かろうじて残骸は残っていた街が、天からの流星の如き無数の光に包まれて霧消していったのだ。

 

「僕の……街が……」


 これが、侵略者達の粒子属性による絨毯爆撃。

 この星を属星にせんと、まずは恐怖で戦意を削ぐ作業。

 侵略者にとっては、これから奴隷以下の扱いしかしないであろう生命の事など、ましてや“成層圏からでは見えない人間の事など”取るに足らない事なのだ。

 

「先生……」


 呼んでも、ツクシは返事をしない。

 先程の魔術で、ツクシも一緒に跳んだはずだ。

 

「どこだよ先生……先生!」

 

 あの先生なら自分も跳ばないなんてヘマはしない。

 ああそうか、隠れて生徒であるメルトが何をするのか見てやろうという魂胆か。

 ツクシらしくない授業だ。

 いつも、自分の事を見ててくれたツクシらしくない。

 でも、今はそうと考える事しかできない。

 

 きっと、きっと。

 あの街の悲劇は、メルトが知らないツクシの銀河魔術で生み出した幻想なんだ。

 煮え切らない自分に世界を救う為の覚悟を決めさせるための、厳しい授業だ。

 もう授業の時間としては十分だ。こんな悪夢は、もうすぐ終わる。

 

 そうだと言ってほしかった。

 誰かに、頷いてほしかった。

 もうその誰かが、ツクシという教師しかいなかったわけだ。

 

 12歳の少年は、遂に限界を迎えた。

 一人でいる事が、こんなにも震える日が果たしてあっただろうか。

 

 顔が曇る。

 雨の様に、頬に涙の線を作る。

 孤独で冷たい宇宙に一人投げ出されたように、その心中は絶望に染まっていく。

 

 だって、眼下にはツクシが倒れていた街があった空間が広がっていたのだから。

 超濃度の粒子が銀河魔術となった結果、それこそ隕石が落ちたかのようなクレーターと化していた。

 

 がらんどう。

 あの場所には、もう何もない。

 だって、全ての消滅を知らせる光に焼かれて、何もかもが地面ごと消え失せたのだから。

 

「――――」

 

 ツクシもまた、あの光の中に消えたと悟った時。

 どこまでも遠く、宇宙の彼方まで届きそうな慟哭。


 叩きつけた両手、石がめり込んだ箇所に痛みは無かった。

 とっくに心に、これ以上無い痛みが刻まれたから。

 ツクシという教師が星になった。

 果たしてこの宇宙に、これ以上残酷な悲劇があるだろうか。

 

「こんなの嘘だ……こんな……こんな……」


 例えば家族を失ったとして、クラスメイトを失ったとして、メルトは一滴の涙も流さないだろう。

 現にその大半が、今の攻撃で死亡したことが確実だったにも関わらず、メルトは一瞬も彼らの事を思い出すことは無かった。

 しかしよりによって今日失ったのは、世界で唯一涙を流しても流し足りない存在。

 

 こんな思いをするなら、そんな存在を知らなきゃよかった。

 あの日隕石を追って、ツクシに出逢わなきゃよかった。

 何も知らず、あの粒子の光に焼かれて、虚無な世界ごと消えてしまえば良かった。

 

 うずくまり、後悔と悲嘆と絶望に暮れていると、後ろから近づく影があった。

 敵だ。メルトはそう思うと同時、上半身を起こす。

 

「生き残りか、運のよい奴め」


 足音から数人の存在。

 肌で感じる。躊躇なく粒子をため込む、銀河魔術の発動を。


「おかげで寿命が少しは伸びたな。安心しろ。痛みもなく殺してやる」


 膝をついていたメルトの後頭部に、光線。

 メルトの首から上は、跡形もなく消え失せる――筈だった。

 

「……!」


 消えたのは、粒子の銀河魔術を放った侵略者の頭だった。

 右手から放たれた光線ごと、超高濃度の粒子に消滅させられたのだ。

 今殺そうとした少年、メルトの力によって。

 

「……さっきこの付近に銀河魔術を扱う存在があると連絡があったが」


「こんなガキが……ここまでの出力を」


 静かに立ち上がったメルトの眼に、侵略者達は息をのむ。

 とても年相応の、12歳のそれとは思えない眼光。

 生命と呼ぶにはあまりに逸脱した、宇宙の様に真っ暗な瞳だった。

 

「先生ならこう言う。復讐をしたって、何も得られるものなんてない。失ってばかりの戦争はそこから始まるんだ、と」


 グチャァ!! と人体が炸裂した。

 “異常な斥力”が侵略者の中心で発生し、胴体から上が空の彼方へ消えていった。

 

「だからこれはあくまで、未来を守るための戦いだ」


 教育の成果を、試す時だ。


 さあ。

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