銀河魔術の先生~天の光は全て教室~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

0時限目:少年が教師になるまでの17年間

第1話 やがて教師となる少年が、銀河魔術の先生と出会った日

 メルトは、10歳にして世界の全てを恨んでいた。

 

 とある侯爵の七男として生まれた彼は、明らかに魔術の才能が劣っていたからだ。

 家では兄や父に出来損ないとしての迫害を受け続け、魔術学院ではクラスメイト達に劣等生として虐められてきた。

 鬱憤は、メルトの心を日々蝕んでいた。

 

 心を鑢で削られる毎日に、痛いと思う事すら止め始めた頃だった。

 地獄の様な学校の帰り道、綺麗な満天の星空の下。

 一瞬、流星かと思ったそれが、人気のない森に落下する隕石だと分かったのは。

 

「今の……隕石……?」


 疑問符になってしまうのも仕方ない。

 メルトが知っている隕石ならば、着弾の瞬間に大爆発が発生し、この森も灰燼に帰している筈だ。

 しかしいつまで経っても爆炎は巻き上がらない。地も震えず、烏達も逃げていかない。

 その矛盾がメルトの好奇心を引き出し、隕石が落ちた場所に走らせた。

 

 

 その疾駆こそが、少年の人生を大きく変えてしまうとも知らずに。

 

 

「すいません。この辺に隕石堕ちてきた筈なんですけど、知りませんか?」


 せせらぎだけの静寂の森で、川で顔を洗っていた影に聞いた。

 しかし質問しておいて、メルトは事の異常さに気付いた。


 青年は全身傷塗れだったのが、川水に触れた箇所から次の瞬間には元に戻っていた。満月に照らされた髪と瞳は、初めて見る銀色。何よりこの星の重力とは無縁と言わんばかりに、草土から靴が浮いているではないか。

 そもそも、こんな時間に全く人気のない森の奥深くにいるという時点で、出来過ぎている。

 メルトは、観察するように眺めてくる青年に改めて聞いた。

 

「もしかして……あなたがさっきの隕石ですか……」


「幼いのに、大した洞察力だ」


 肯定と受け取れる言葉を発して、青年はメルトへ飛んできた。

 先程の隕石。それが意味する事は、10歳の少年でも導き出せてしまう。

 

「という事は……宇宙から来たって事……?」


「そうなるね。ああ、この星は宇宙とは関わりはないんだったな」


 青年の口ぶりに、メルトに忘れかけていた感動が蘇った。

 

「宇宙……人……」


「この星にも、言葉の通じない獣がいるらしい」


 青年が目を向けた先で、獣が明らかな敵意を持って唸っていた。

 狼の魔物、ウルフ。思わず隕石を追いかけている内に、ウルフの縄張りにまで来てしまった事に気付く。

 

「うわ……魔物だ……食べられる」

 

 思わず尻もちを着くメルト。

 同い年の秀才なら魔術で撃退できるだろうが、メルトは出来損ないの劣等生。

 

 図鑑から想像できる速度よりずっと速く、四本の脚で駆け抜ける魔物。

 三白眼で餌と見定めた自分自身へ飛び掛かる様を、喉元を食いちぎられる様を想像しながらも見上げている事しか出来なかった。

 

「ギャウ……!?」


 だが、いつまでも跳びはねたウルフは落ちてこない。

 突如重力の制約を失ったかのように、メルトの頭上でただ藻掻いているだけ。


「許せよ狼。生命はどうしても自分達と似た種族に肩入れしがちでね」


 明らかに青年の仕業だ。

 ウルフへ手を伸ばしていた青年の言葉を聞いて確信した。

 

「ギャッ……」

 

 直後握りつぶすような仕草をした後、ウルフが圧縮された。

 凝縮された肉塊、噴き出した血も浮かんだまま落ちてこない。

 青年が振り払う様な仕草を見せると、霧のようになって残骸が消えた。

 

「す、すごい……」


「すごい、か。本当にこの星では、宇宙物質を扱う魔術が広まっていないようだね」


「宇宙物質を扱う魔術……!? 今の魔術の正体!?」



「そうだよ。僕らはこれを、“銀河魔術”と呼んでいる」



 銀河魔術。

 言葉の響きだけでも心を射止めたのに、ウルフを仕留めた一連の現象が忘れられない。

 何より先程から重力から解放されたように浮かんでいる景色が、10歳の少年には憧れに映って仕方ない。

 

 しかし。

 同時に、自分にはこんなものは無理だと悟るのも、メルトならではだった。

 

「どうしたんだい? どこか体調でも悪いのかい」


 青年に尋ねられ、顔を伏せたままメルトは返す。

 

「でもきっと、“例外魔術”の一種だよね……基本魔術もまともに扱えない俺なんかには、土台無理な話だよね」


「基本魔術……。ああ、確かこの星の魔力は、地水火風の属性に準じているんだったね」


 何故宇宙から来たというこの青年が、この世界の魔力について知ってる風なのか?

 という疑問に行き着きもしたが、メルトにはどうでもよかった。


「人間や植物も含めた全ての有機物には、地水火風を基本属性とした魔力が流れている。特に人間は生まれながらにして魔力の素養は決まってる。一人で魔力を極めて、地水火風の理から外れた“例外魔術”を放てる奴もいれば、俺みたいに一つの基本属性すらまともに放てない落ちこぼれもいる」


「達観しているね。少年」


「魔力の素養は血によって決まるとされている。俺みたいな例外もいるけどね。この星じゃ才能のない人間は、どんなに努力をしたって報われないのさ」


 メルトは気づいていなかった。

 その努力を繰り返し、火傷やら切り傷だらけになった手足を青年が見ている事を。


「少年、それは違うよ」


「……宇宙人のお兄さんに、この星の宿命の何が分かるんだ」


「分かるさ。僕らは同じ宇宙に生きているんだから。そこに星という境界線なんてないもんだ。思考を凝らした努力は嘘をつかない。能力は努力と、環境に依存する。君の先生は、一辺倒に前倣えのやり方で君達に教えてないかい? 君のお父さんは、代々受け継がれた伝統とやらで君を縛り付けていないかい? みんなが教科書通りにやっているから、君も教科書通りにやらされているだけじゃないかい?」


 青年の熱に籠った言葉に、顔を上げそうになったメルト。

 だが暗雲が心を覆いつくし、否定の言葉だけが脳裏によぎる。


「そんな事を言えるのは、お兄さんが銀河魔術なんて使える才能の持ち主だからだよ!」


「銀河魔術に才能なんて関係ない! あれはちゃんと手解きを教えれば誰にでも出来るし、極められる! 勿論この星の人間にも!」


 メルトの両肩を掴んで、言い訳する方向に逃がさないと言わんばかりに青年が語り掛ける。

 

 

「よし、僕は決めたぞ! 僕は君にこの星を救ってもらう! その為に君に銀河魔術をたたき込む」



 星を、救う。

 スケールの大きな物語に、メルトは訝し気な表情を見せるしかなかった。


「えっ、どういう事……? 星を救ってもらうって……」


「簡単に言うと、遠くない未来、この星はあの宇宙からの侵略を受ける! 僕はそれに反対して、元居た星から追放された!」


「ほ、本当なの、それって」


「今は信じてくれとしか言いようがない」


 まだ会って数分しかしていない青年の言う事を完全に信じるのは無理があった。

 しかし両手を握る熱、言葉の重さ、真っ直ぐに見つめてくる眼。

 初めて、大人という物を感じた瞬間でもあった。

 

「だったら……お兄さんがやればいいじゃないか。それに、この星にも優秀な魔術師は沢山いる。その人にこの星を救って貰えばいい」


「勿論いざという時は僕も戦うつもりだ。だが下手に動き回ると宇宙の奴らにバレて、計画を前倒しして攻めてくるかもしれない。少なくともこの村の中でしか動けない……君みたいに、まだ幼い子の方が覚えるのも成長も早い」


「俺には……世界を救うなんて」

 

「……なら、君自身の為に、銀河魔術を手にしてみないか?」


「俺の……為に?」


「今は辛い事ばかりで、守りたいものは自分の命だけかもしれない。でもこの先、君はきっと色んな人と出会う事になる。守りたい、救いたい、助けたい。そう思える人に、きっと出会う」


 地面に降り立った青年は続ける。

 

「今は出来ない事ばかりで、やりたい事は見つからないかもしれない。でもこの先、君はきっと様々な夢を持つことになる。やりたい、叶えたい、成し遂げたい。そう願える夢に、きっと辿り着く」


 青年は、六等星まで星屑が煌めく夜空を指さす。

 

「その時、この宇宙が力を貸してくれる。銀河魔術とはそういうものだよ」


 青年が両手を広げると、周りの夜闇の森が、本当の夜へと変わっていく。

 銀河魔術によるプラネタリウム。漆黒のキャンバスに一番星が灯ったかと思えば、連鎖するように沢山の星座が顔を見せる。

 敷き詰められた宝石のような輝きに、うっとりと心を奪われかける。

 

「綺麗……」


「折角だから、騙されたと思って僕に教えられてみないかい?」


 消えそうなくらい輝く星々を作った青年の笑顔に、しかし敢えてメルトは尋ねる。

 

「お兄さんの狙いは何? どうして僕にそこまでしようとするんだ?」


「君は努力を嫌いながらも、実は努力している。その両手がいい証拠だ」


「これは……」


「この星の人間は、皆そんな風に手が魔力に焼かれているのかい?」


 青年は見抜いていた。

 少年が今の現実を見返すため、人一倍隠れて努力していることを。

 

「才能に胡坐をかく人間に銀河魔術は極められない。君の様な泥臭い人こそ、宇宙は味方する……君なら間違いなく、この星を救える」


 そして青年は、月明かりの中ようやくその正体を現す。

 

「僕はツクシ。元々銀河魔術の教師をやっていた」


「……ツクシ、さん」


「違う違う。僕のことは先生と呼びなさい。それが僕と君の最初の約束だ」


 こうして一つの教室が完成した。

 学校なんて存在しない青空教室だが、教師と生徒は間違いなくここにいる。

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