第19話 疑い

「・・・そう。私があの人を殺したの。私の弱さが。愚かさが」


赤木リンは悲しそうにそう言った。白河先輩の話をする時、彼女はいつも悲しく笑う。殺害をした罪悪感からなのか、それとも・・・。


「蒼井くん、早く離れましょう。彼女は危険すぎる」

「あ、あぁ」


俺は黒崎に手を引かれ、大学の外に出る。彼女に連れられるがままに俺は走った。気づけば、俺と黒崎は大学近くの橋の下にいた。


「はぁ、はぁ。ここまで来ればひとまずは大丈夫かな」

「リンは・・・追いかけて来ていないみたいだな」


お互いに息を切らし、その場に座り込む。息が整ったところで、の話を黒崎に聞く。


「あの時、白河先輩が殺された時にリンがその場にいたって話・・・。本当なのか?」

「うん。季節外れのワンピースだったし、特徴的なデザインだったから彼女で間違いないと思う」

「そうか・・・」


胸の奥がむず痒くなった。心の底から憎むべき相手の正体が、厄介なストーカーだったのだ。何も迷うことなく憎み、恨み、そして復讐を遂げれば良いはずなのに。何かが、引っかかる。何かが俺を悩ませる。


---私、アオイ先輩が好きです!

---私は赤木リン。アオイ先輩のことが好きな、ただの女の子です。


彼女の行動や、どこか達観したような悲しそうな笑顔。その一つ一つが引っかかる。本当に彼女が先輩を殺したのか?そんなことを考えているうちに、黒崎が身を寄せてくる。


「蒼井くん。もう彼女には関わらないで。私、あなたを失うのが怖い」

「え、ちょ、え?」


彼女が急に俺に抱きついてくる。彼女は怯えるように小刻みに震えていた。俺は困惑しながらも彼女の肩を支える。


「・・・私、蒼井くんが好きなの。だから、あなたに危険な目にあって欲しくないの」

「え?!」


俺は突然の告白にさらに困惑する。今までそんな素振りが無かっただけに、俺は呆気にとられてしまった。たしかに彼女とは高校からの仲で、同じ生徒会のメンバーとして青春を過ごしてきた。しかし黒崎は事あるごとに俺に突っかかってきていたので、俺のことはむしろ嫌いなのではと思っていた。


「そ、それは吊り橋効果的なものではなくて?」

「違うわよ! バカ。誰のために志望校を蹴ってまで、ランク下の大学に進学したと思ってるの?」

「・・・マジですか」

「何度も言わせないで」


我に帰った黒崎は、恥ずかしそうに肩をすくめ俺から離れる。そして何となく気まずくなり、沈黙が続く。


「・・・だから、あなたと赤木さんが一緒に水族館に居た時、悔しかったんだよ」

「あ、いや、あれは別に特別な意味はなくて・・・。ちょっと事情が複雑だったんだよ」

「へぇ。・・・きっと、赤木さんはあなたのことを殺そうとしてるんだと思う。あの時みたいに、包丁で突き刺して」


俺は黒崎の発言に違和感を感じた。それは過去に赤木リンが俺に耳打ちしたある言葉が原因だった。


---白河先輩は『刺殺』されたのではなく、『絞殺』されたんです。


「黒崎は、白河先輩が殺される瞬間を見たのか?」

「うん。私はあの時、赤木さんが白河先輩を包丁で刺していたのを見たわ。あの子はあなたのを殺したんだよ。」

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