再感染者が出た!

 話を戻します。

 再感染なのか再発なのかという膠着状態が続いていました。


 そして事態が動いたのは二〇二〇年八月二十五日。

 一つの研究論文が発表されました[21]。


 世界で初めて、新型コロナウィルスの再感染が確認されたのです。


 場所は香港。

 三十三歳の若い男性です。


 彼は二〇二〇年三月二十六日に新型コロナウィルスに一度感染し、およそ四ヵ月半後の八月十四日、再感染が確認されました[21]。


 決定打となったのは何と言っても新型コロナウィルスの遺伝子解析の結果でした。その手法によって二度の感染が別系統のものだと判明したのです。

 再発ではありえないことでした。


 新型コロナウィルスの遺伝子データベースと照会したところ[22]、一度目のウィルスは九十九パーセントの確率で三月四月にアメリカやイギリスで流行したもの判定され、二度目のウィルスは七十パーセントの確率で七月八月にスイスやイギリスで流行していたものとされました[21]。

 やや低い二度目の照会確率も、男性がイギリス経由でスペインから帰国した時の香港空港の検疫で見つかったことと、解析の時点(二〇二〇年八月二十日)でデータベースの0.009パーセントのゲノムにしか見つかっていない、七月八月にスイスやイギリスで流行していた系統にしかない特徴があり、再発ではなく再感染だという強い根拠となりました[21]。


 話は横道にそれますが、この男性の血圧は133/94と若干下の数値が高いように感じます。心拍数も平時で毎分八十六回と高めです。三十三歳とまだお若いようですので、運動不足ではないかと、思わず邪推してしまいました。

 本人もまさか自分の体調についてそんな突拍子もない憶測が飛び交っているなど、夢にも思わなかったことでしょう。


 症状としては一度目は三日間ほど咳、喉の痛み、熱、頭痛に痰が絡むといった、風邪に似た症状が出たそうです[21]。しかし二度目は全くの無症状[21]。再感染はしたものの、獲得免疫が機能して症状が軽く済んだのではないかと推測されていました[21]。

 しかし肝心の獲得免疫を血中の新型コロナウィルスに対する抗体で測ったところ、当初の推測とは異なる結果が出ました。


 抗体検査の為の採血は、一度目の感染の際は症状が初めて見られてから十日後の一回のみ行われ、二度目の感染の時は入院してから数度にわたって行われました[21]。記録されている血液検査の最終日は入院五日目、つまり論文が学術雑誌に送られる直前までのものまで分かっていました[21]。

 その結果によると一度目の感染の唯一のサンプルからは抗体が見つからず、そして二度目の感染の時の入院初日から三日目までもまた抗体は確認されなかったそうです[21]。新型コロナウィルスに対する抗体が血液から検出されたのは二度目の感染の入院五日目でした[21]。


 これらが何を意味しているのか。


 血中の抗体の解析から研究者達が推察しようとしているのが、再感染の際の獲得免疫の有効性、ひいては将来的に開発されるワクチンへの期待です。


 一度目の感染の際抗体は見つからず、二度目の感染の初めに抗体もないとすれば、この患者は新型コロナウィルスに対する免疫を所持していないことが示唆されます。

 勿論検査の精度や、一度目の感染の採血が一度しか行われていなかったなど、突けば突くほどぼろがでるのですが、検査に引っかからないほど低い濃度の抗体でも再感染の際、症状が軽くなるのではないかと推測もされています[21]。


 実際患者は再感染の際、終始無症状だったことですし。


 しかし先行研究にあった、獲得免疫による抗体が早々に減少すると報告していたものが[19], [20]、脳裏をちらつきます。


 獲得免疫が再感染の際うまく働いていなかったとしたら。


 再感染したとしても、本当に症状は常に軽く済むものなのか。


 後者の問いの答えは数日後に出ました。

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