打ち上げ時刻

 会議室で今後の方針を話し合うことになった。ここはコースケたちが最初に案内された部屋で、壁やホワイトボードには宇宙開発の歴史的記録が貼り付けられている。大きなテーブル上にあった模型や紙の束は退けられ、今回の計画に関する資料が人数分配られた。島本とじっちゃんをはじめ、コースケたち3人、それにケイトがテーブルを囲む。


 会議室正面のスクリーンには、ビデオ通話のソフトがミラーリングされ、会議室全体を写した映像とニールの顔が投影されている。ニールは数時間前に日本に入国したばかりで、成田のホテルから会議に参加していた。彼の背後にはホテルのシングルルームが見える。

「データの保存には、開発中のファイル共有システムが使えると考えています。資料は後ほど」


「ありがとう」

 島本は言った。


「それで、そのためにはサーバーが必要です」

 付け加えるようにニールが話す。


「軌道上から送信したデータは、通信衛星であるTDRSを経由して筑波へ送られますが、保存のためにはファイル共有システムへとデータを渡さなければなりません」


「システムを動かすマシンを用意したいと」


「その通りです。筑波にサーバーは?」


「あるにはあるが、もう何年も稼働してない」


「不安要素が残りますね」


「秋葉原で調達するのはどうですか」

 コースケは提案した。信頼できる機材をまとまった数揃えるには、秋葉原の電気街が最適だ。


「輸送用のトラックが要る。目立つのは避けたい」

 島本が渋った様子で答える。


「どうせなら、いっそ秋葉原にサーバーを置けば?」

 そう呟いたのはエリだった。テーブルを囲む皆の視線が彼女に集まる。


「HALはシステムの構築に不可欠だ。秋葉原に持ち出すことになる」

 ニールは言った。


「危険なんじゃ……」

 レンが心配そうに言う。


「どのみち危険には晒される。秋葉原に拠点を設けるのはいいアイデアかもしれない。これなら街中にサーバーを隠せる」

 島本はエリの考えに賛同した。


「秋葉原なら知り合いも多い。追っ手が来てもすぐわかるだろう」

 じっちゃんも賛成だった。


「決まりだな。先にニールとエリは秋葉原で落ち合ってくれ。拠点の場所が決まり次第、コースケとレンはHALを連れてそこに合流、設営の手伝いを」


 わかりました、とコースケたちは頷く。そして、島本は話を移した。

「ケイト、シャトルの方はどうなってる? 打ち上げ時刻を決定したい」


「準備は順調です。燃料の調達も問題ありません」

 彼女の言葉に合わせて、じっちゃんは腕組みをしながら「うむ」と頷いた。


「打ち上げ日時ですが、これを見てください」

 ケイトがラップトップPCのキーボードを叩くと、正面のスクリーンには台風の進路予想図が表示された。太平洋上から本州へと接近する予報円は、関東地方を縦断するコースに伸びている。


「南西から台風13号が接近中です」


「関東直撃コースのため、11日から14日までの4日間は荒天が予想されます。そのため打ち上げ時刻は台風の通過を待って、15日の23時00分に設定します。予想される風速は2〜3メートルで打ち上げには全く問題ありません」


 コースケは手元の資料を確認した。風・雨・雲・雷・高層風など、気象条件ごとに打ち上げの制約条件が書かれている。資料によると、最大瞬間風速が20m/s以下であれば、シャトルの打ち上げに支障はないという。


「わかった。厳しいスケジュールになるが、できる限り余裕を持って進めてくれ」

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