現場検証

 黒いセダンの覆面パトカーは、常磐道を北東へと走っていた。バックミラーにぶら下がるピーポくんのラバーキーホルダーが小刻みに揺れている。


 森田はハンドルを握りながら、疑問を口にした。

「うちハイテク犯罪課ですよね、ロケットの爆発事件になぜ」


「報道によればAI搭載ミサイルって話だ。それに筑波はハイテクと共通点がありそうじゃないか。まあ、勘だよ。勘」




 昼過ぎになって、2人の刑事は大学に到着した。気温が高くなったことで、午前に比べて野次馬の数は減っていたが、それでも大騒ぎが続いていることに変わりはなかった。車は人混みをかき分けるようにして格納庫前まで進み、規制線の内側に停車した。警備をしていた警察官がお疲れ様です、と車内に向かって敬礼し、2人はそれに対して会釈で返す。


 2人の刑事は、ドアを開けて車から降りた。強い日差しがジリジリと照りつける。


「こりゃひどいな」

 格納庫の惨状を見て南原が言った。外から格納庫の内部が見渡せるほどの大穴が、爆発の凄まじさを物語っている。


「これのどこがハイテクなんですか」

 森田は拍子抜けしていた。オンボロな見た目の格納庫は、ハイテクという言葉のイメージとはかけ離れていた。


「ほら、行くぞ」

 南原は格納庫の見た目には無関心だった。勢いよくドアを閉めると、そのまま格納庫を目指す。森田は少し遅れて、南原の背中を追いかける。


 シャッターの前で、2人は県警の若い捜査員からヘルメットを渡された。崩落の危険があるので念のためとの話だった。


 南原はヘルメットを頭に被ると、その捜査員に言った。

「科警研が来てんだろ。ちょっと捕まえてきてもらえるか?」


「お待ちください」

 そう言って捜査員は格納庫の中に消え、代わりに青のジャケットを着た女性の研究員が現れた。


「久々だな」

 南原が声をかける。


「ご無沙汰ですね」

 研究員は会釈をする。


「ミサイルじゃないのか?」

 南原は、瓦礫とトタンに埋もれたロケットの破片を見ながら言った。

 

「警察内では一応呼称をロケットと統一させてますが、ロケットもミサイルも原理は同じです。人工衛星や観測機器を積めばロケット、爆弾を積めばミサイルになります。えっと、固体燃料と液体燃料の違いはご存知ですか?」


「車内で資料は読んだ。書いてないとこを話してくれ」


 研究員は、片手に持っていたバインダーを見ながら説明を始めた。

「爆発したのは固体燃料ロケットで間違いないでしょう。推定スペックは高さが5〜7m、直径が55〜70cm、総重量は1〜1.5トンで、ペイロードは最大で25kg。真上に飛ばせば高度100kmに到達する能力があります」


「横に飛ばすと?」


「誘導能力があればですが、都内を狙うには十分過ぎるくらいです」


 研究員は続けた。

「燃料に使われたのはアンモニウムジニトラミド、ADNと呼ばれる近年主流の酸化剤です。これは、旧来の酸化剤である過塩素酸アンモニウムに比べて、毒性が低く扱いやすくなっています」


「ロケット燃料を学生が簡単にいじれる時代になったってわけか」

 南原の言葉に対して、研究員はコクリと頷く。


「爆発の原因は何なんですか?」

 森田が質問した。


「詳しいことは不明ですが、事故という見方が濃厚ですね。外部の人間が侵入した形跡は見つかっていません」

 研究員は答えた。


「そうですか……」

 森田が言った。


「人工知能を搭載したミサイルの可能性は?」

 続けざまに南原が質問した。


「これもまだ未確認です。奥のプレハブにPCが残っていたので、それを今解析に回してるところです」


「安藤さん!ちょっと!」

 格納庫の中から研究員を呼ぶ声が聞こえた。


「だいたい分かった、ありがとう。ロケットのソフトウェアがもし確認できたら、こっちにも情報を」

 南原は言った。


「分かりました」

 研究員は一礼すると、格納庫内へと足早に向かっていった。


「ロケットかミサイルか。逃げるってことは何かやましいことがあるんだろう」

 南原は格納庫を背にしてポケットに手を突っ込んだ。

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