第10話 急襲

 久頭達はずっと王女達の方を向いて話を聞いていた。つまり、誰かが近づい来ていれば必ず視界に入ったはずだ。なのに、王女を捕らえた男の存在に気付く者はいなかった。

 まるで、一瞬で王女の背後に湧いてきたかのようだ。


(……いや、『まるで』ではないな。あいつは実際にあの瞬間、この部屋に出現したんだ)


 《分析》で男を見た久頭は、そう結論していた。


『NAME:メラク

 AGE:18

 権能:《転位》』


(字面から想像するに、《転位》はテレポーテーションに類する能力だ。そう考えれば、今の現象にも説明がつく)


 権能を使った突然の襲撃。

 衝撃に一同が言葉を失っている事も気にせず、青年は言葉を続ける。


「ああ、急な訪問で驚かせちゃったかな? 悪いねえ」


 全く悪びれた様子もなく、クツクツと笑う。

 その動作に合わせて動く角が怪しく光を反射する。

 禍々しい角を除けば、ごく普通の青年に見える男だ。ラフなシャツと緩めのズボンという格好も相まって、一見部屋でくつろいでいるようにすら見える。


「ど、どこから来たんだ……城の警備は万全だ、余所者が入れるはずが……!」


「おいおい、今気にすることかよ。お前達の大事な大事な姫様がピンチなんだぜ? 人間どもの危機感の無さってのはホント笑えるな。笑いすぎて、うっかり手元が滑りそうだ」


「ひっ……!」


 ドゥーべの疑問を一笑に付し、男がおどける。ナイフをユリアな王女の薄皮に食い込ませてみせると、一筋の血が流れる。声にならない声を短く上げる王女の顔色は、もはや蒼を通り越して真っ白になっていた。

 ハイメは押し殺した声で問う。


「……何をしに来た」

「お? さっきよりはマシな質問だな。俺はあれだよ。越境者ジャンパーに会いに来たのさ」


 そう言ってニッコリと微笑む。誠実さのカケラも感じさせない胡散臭い微笑みだ。


「森に『光の柱』が出たんだろ? 俺も越境者ジャンパーが出現したんじゃないかと踏んだわけだ。なんせ前の越境者ジャンパーには酷い目に遭わされてるからな、俺達。お陰で睡眠過多だぜ」


 口調こそ軽薄そのものだが、その目はギラギラと妙な熱気を感じさせる。その妙な熱気の正体は何なのか――考えるまでもない、それは殺意だった。


「殺しに来たんだよ……越境者ジャンパーをな。越境者ジャンパーだけじゃねえよ。この可愛い王女様だって、王様だって、庶民だって、みんなみんなみんな殺してやるよ」


 徐々に熱を帯びていった男の口調は、もはや完全に狂気に包まれていた。

 男の妙な熱気に当てられ、場は静寂に包まれる。

 

 しかし、ハイメは静かに告げる。


「お前に姫様の首が切れるか? お前が首を切る一瞬で、俺はお前を八つ裂きにするぞ」


 それは、脅しでも何でもなくただ事実を告げているだけ。そんな口調だ。

 真顔になった男と、ハイメが視線を交わす。


 先に目を離したのは男の方だった。


「……な〜んてね。怖い怖い、本気にするなよ。ちびるかと思ったぜ」


 男は先程までの軽薄そのものな口調に戻っていた。


「今日は挨拶だけさ。言ったろ、会いに来たって。君達が越境者ジャンパーだな。今回は複数なんだな」


 そう言って久頭達を一人一人見渡す。

 咄嗟に一杉が否定する。


「違います! 僕達はただの子供で……!」

「クックック、そのうえ頭も回るようだな。こりゃあれだ、やっぱダメだな」


 楽しそうに笑う男。しかしその目は一切笑っていない。


「きっちり殺さなきゃな。今は『魔人殺し』殿がいるからやめとくけどよ。なに、チャンスはいくらでもある。俺が突然現れたの見ただろ? どこに逃げたって無駄だぜ。俺はどこにでも一瞬で行けるし、お前達の顔は今、きっちり覚えた」


 ハイメが低く唸る。


「さっさと失せろ。俺が我慢できなくなる前にな」

「ヘイヘイ、全く気が短いな。王女様を捕まえといてよかったぜ。じゃなきゃ、何回切られたかわからねえ」

 男は再びニヤリと笑うと、


「んじゃ、またねえ」


 ――忽然と姿を消した。




 首を掴んでいた腕が消えた事で、王女がその場に崩れ落ちる。


「けほっ、けほっ」

「大丈夫ですか!? みーちゃん、権能を!」

「うん、わかった。《回復》!」


 すぐに宝木と元世が駆け寄り、介抱する。咽せてはいるが、肉体的には大したダメージは無い。ただ、恐怖は精神に確実に刻み込まれていた。


 そんな光景を尻目に久頭達は言葉を交わしていた。


「まずい展開になったね、瑠牙」


「そうだな、テレポートは来るとわかっていても対処が難しい」


「いや、そうじゃなくて。僕達がターゲットになってしまったって事だよ。選択の余地なく魔人と戦うしかない……」


「……それは考えても仕方がない。起きたことはさておき、次にどう対処するかを考える時だ。こうしている間にも、あいつが奇襲をかけてくる可能性すらあるんだから」


「……君は、こんな時でも冷静だね」


 らしくない態度だ、と久頭は内心眉を潜める。一杉とはこの世界に来て初めてまともに会話をしたくらいの仲だ。それでも彼は頭が周り、常に次の手を打つタイプであると確信している。既にそう判断できるだけの行動をしてきているからだ。今の態度はそんな彼らしくない。無意識に恐怖で萎縮しているのだろうか。


「優人、こんな時だからこそ、だ。顔が強張っているぞ? 確かにクラスメイトの中で戦闘向きの権能を持っているのは優人だけだ。だからって、肩に力が入りすぎなんじゃないか? 今は一人でも多くの、冷静に動ける戦力が必要な時だ」


 久頭はそう言って真剣な顔で一杉を見つめる。

 しばし見つめ合った後、一杉は息を吐いて口の端をつり上げた。


「……全くその通りだね。ありがとう、少し冷静になったよ。じゃあ、まず何からする?」


「武器がいるな。自衛のための武器が」


 久頭は迷わずにそう言った。

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