第六話 雪、名もなき少女と、

今日の天気は雪。今年も冬となった。去年買った厚底を履く日々。厚着を着て手袋をし、今日も菜乃花病院へ家を出た。


今のところ雪は弱い。みぞれでは無く、しっかりと白く結晶となり、ひらひらと降ってきてはいるが、まだ歩道に雪は積もっていない。



病院前の長い交差点。信号機の下に雪だるまがあった。


「そういえば…。」


幼い時の体験がふと蘇った──



****


……


「あの、雪だるまつくるの手伝ってもいい…?」



小学六年の私は突然知らない女の子に声をかけられた。家の近くのこの公園でひたすら雪だるまをデカくしている最中だった。

この辺では見たことの無い顔。小学校でも見たことは無い。


でも一人ぼっちで楽しくなかったので知らない女の子と一緒に作ることにした。



私は既に雪だるまの下の玉は作ってあった。ただ、それがあまりに大きすぎたためにそれに合う上の玉を作っていた。



「ねぇ、これ、作ってて大きすぎるとは思わなかったの…?」



その女の子は笑いながら私にそう言い、



「気づいたらこうなってたの。」



と私も笑いながら彼女に言った。




「え、今までずっと一人だったの?」


私はこれに答えることが出来なかった。


…いじめられてるから、仲間はずれにされてるなんて言えるわけない。



その後少しの間、大きい雪玉を眺める二人は沈黙でいた。積もった雪の上に雲から降ってきた雪が乗っかる音が聞こえた。



「いじめられてるんでしょ。」



女の子にそう言われ、私の心臓が締め付けられた。意図しない熱と汗が出てきて、それはこの天候でもかき消されなかった。



「やっぱり…。」


私は直ぐに顔を彼女に向けた。


女の子は地面の雪を拳一個分くらい掴み取り、優しく丸めながら私に言った。



「私もね、友達がいないの。だからあなたの気持ちがわかる。誰とも仲良くできず、誰とも笑えず、誰とも話せず…」



言う通り。私が多少間抜けと言うだけでいじめられ、私は誰もかもから突き放された。女の子もどうやら状況を同じくしているようで、当時の私は彼女に少しばかり心を開いていたと思う。


すると女の子は私にこう言った。



「ね、お友達になろう」



──私は静かに頷いた。



ボフッ


痛いっ。



女の子が持ってる雪玉を当ててきた。走って逃げる女の子は


「雪合戦しよ!」


と持ちかけ、応じて私は雪だるまから雪玉をむしった。


「やったなぁ~。えいっ」


投げた雪玉は女の子に当たった。


「痛いっ、コロヤロ~」


女の子がまた投げ返してきた。投げて、投げ返して、投げて、投げ返して……


*****


……





あの知らない女の子との雪合戦が今までしてきた雪遊びの中で一番楽しかった記憶がある。あの女の子、今はどうしているだろうか。


実は投げ合うのに夢中で名前を聞くことが出来なかった。女の子との雪玉の投げ合いが次第に遠距離になっていった。それで、雪玉を作るために一瞬目を離したその後、その子の姿は既に消えていた。


名前を聞いておけば良かった。


また会いたいなぁ、私が初めて人に心を開いた、その女の子に。


信号が青に変わった。



───



今日もツバキの病室。


「来たよ。」


パイプ椅子に脱いだ厚着を掛け、全身に籠った湿気を逃がした。



「お疲れ。外、雪すっごいでしょ。ミズキ、もしかして歩きで来たの?」


「まぁね。」


窓が曇っている。そこには今までそこに書かれた指のなぞった跡が浮き出ていた。


「…明日の雪はもっと酷くなるらしいよ?『記録的な豪雪と吹雪が続きます』だってさ。」


「それな。だから明日来れないかも。」


「そんなに無理して来なくったっていいよ。」


ツバキは週六で来る私を前からずっとこのように心配していた。

ただ、私は苦ではなかった。


だって、私の青春はここにあるのだから。




「ねぇ、私外に出てみたい。」


ツバキがそう言ったので、私はナース伝いに担当医を呼び、外に出て良いのかを聞いた。

返答は「敷地内であれば良い」であった。




横開きの自動ドアから外へ出た。


私が持つ傘の中に二人、ゆっくりと足並みを揃えて駐車場に歩いて行った。

出入りする車の数の少ないことが、降雪の中でお見舞いに来る人は少ないということを表していた。おかげで雪が積もっている。

歩く度サクッ、ギギギ、サクッと音を立てて、積もった雪に二人平行な足跡が刻まれた。


駐車場の真ん中。ツバキが突然止まった。私も即して止まる。



「寒いね。」



「そうだね。」


確かに寒い。凍える。震える。私の厚着はツバキに着せたので、今私は薄着。



「…実はね…。」



「ん、何?」



ツバキは自分の過去を、息を整えながら語り始めた。



「実はね、私小学校から誰とも仲良くなったことがなかったの。小学校の時にガキ大将グループにいじめられてね、それからあまり人と友達になりたくないって思うようになってたんだ。」



…長い一言一旦終え、ツバキは息が落ち着ける。


ツバキのこの話は聞いたことがなかった。

聞いた私の凍える体は一瞬にして溶けた。このたった一瞬で溶けて、融けて、ツバキに打ち解けるような感覚。


その後ツバキは話を続けた。



「でもね、たった二人だけ仲良しになった人がいたんだ。」



「私と…あと一人は誰?」



「それがさ、名前が分からなくてさ。」



ツバキは三回ほど大きく深呼吸をした。



「その時、時計を見てなくて門限ギリギリになっちゃってたから急いで帰らなきゃ行けなくて。それで公園を出ようとした時にね、その子の名前は聞いておこうと思ったの。


(ツバキは呼吸を整える)


それで公園の出る所から、その子に大声で『あなた、名前は?』って聞いたんだけど、その子に聞こえてなかったらしくて、結局分からずじまい。」



言い終えたツバキは四回深呼吸した。



「へぇ、どんな子だった?」



「うーん、陰キャな感じしたし、なんかいじめられてたらしくて。ミズキの性格とはかけ離れてた。」



「そう。」



「その子、今何してるのかなぁ。私の初めて出来た友達、もう一度会えないかなぁ。」



「実はね、私にもそういう人いるの。私の初めての友達。」



「へぇ。お互い、その子に会えるといいね。」



「ね。」



雪がだんだん強くなってきた。それは来たる豪雪の予兆であった。



「…戻ろうか。」



「うん。」


私とツバキは病院入口へ歩き始めた。


ゆっくり歩いている途中、ツバキが下の雪を両手に取った。そしてその雪をじっと見つめた。



「これも、ミズキと見る最後の…」



「だめ、それは言わない約束。」



「……ごめん…。」



ツバキは手の雪を丸めた。丸めながら、その雪は固まらないうちに溶けてしまった。




───




病室に戻ってきた。



「ふぅ…。」



私はパイプ椅子に思い切り尻を打ち付けた。少々椅子の軋む音がした。



ツバキはのろのろと部屋に入り、ベッドに手をかけた



その時




ドサッ……




ツバキが倒れた。

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