第二話 病と、抱擁と、

二年次が始まった。

ツバキと同じクラス。よって学年が変わっても学校生活は大して変わらず、授業に寝て、部活で共に汗を流し、カラオケで発散する日々であった。


変わらない生活が待っていた。



…あの日さえ、来なければ…。



──


5月頃、体育の授業。バスケのゲームをやっている最中それは起きた。



ドサッ…



「ツバキ!」



いきなりツバキが倒れた。最初に気づいたのは私。

ただ、視界から得た情報によって頭が真っ白となってしまった。


私はミズキのもとに行った。


肩を叩いてみる。


応答はない。


「おーい、ツバキ」


声をかける。


応答はない。



私はこの瞬間、事態が深刻であることがわかった。


経験したことの無い事態。私のできたことは私は震え怯えることのみ。


どうしよう…


どうしたら……




そこに先生が駆け寄ってきた。


「先生は119をかけてきますので、みなさん教室でしばらく待機とします。」


私が錯乱から気を戻したきっかけは先生のこの言葉であった。

先生に、こっそりポケットにスマホを忍ばせていた事を白状し、臨時の許諾を得て人生初めて119番をかけた。


「火災ですか、救急ですか、事故ですか。」


「あの…つ、ツバキが……。」


その瞬間、先生に電話をぶんどられた。



「救急です。ただ今ハルジオン高校の体育の授業でバスケをやっていたところだったのですが──」





電話を手放されて、震える手を見た時、視界にツバキの倒れている姿が写った。


ツバキは未だ気息奄奄としており、119番を終えた先生が再度ツバキを呼びかけても反応しない。


突然の出来事に私は呆然とするしかなかった。



──


やがて救急車が来た。もちろん学校で救急車を見たのも初めて。

中から水色の服の人たちが降りてきて、ツバキを担架に乗せた。そして、救急車の中へと入っていった。

先生も一緒に乗るようだ。その時私は先生に


「私も救急車に乗ります。」


と頼んだ。


すると先生は口調強めに「くるな!」と私咆哮した。


ツバキと私を引き離すその言葉に背筋が震えた。

やがて救急車は悲劇を想像させる音を立てて去って行った。


その日、残りの授業はいつものようには寝られず、集中も出来なかった。


ツバキへの心配で息が苦しい。実際、人が倒れるなんて他人事だと思っていた。


いつの日かテレビで見たことが自分の身に、ましてツバキに起きるなんて。

 

私は阿呆の頭脳ながら、悲劇は突然起こるということを知った。



──


放課後の部活は無断で休み、急いでツバキが運ばれて行った病院へ行った。

というのも、ツバキは一命を取り留めたとの電話が入ってきたからだ。



受付で事情を話し、彼女の病室へ駆け込む。そこにはベッドに寝ているツバキとそれを囲む数人の白衣がいた。


息切れをしている私とは対照的な、落ち着いた雰囲気。いや、重い雰囲気であった。


「すみません、私この子の友達なんですけど。」


身分を説明して集まる白衣をかき分け、ベッドで仰向けになっているツバキを覗いた。


ツバキは寝ている、辛そうな表情何一つなく。



ツバキの容態が知りたい。医師に聞いた。


「あの、ツバキは…」

 


「いいですか、落ち着いて聞いてください。」



その言葉に、私の心拍はさらに鼓動を急いだ。


「河野椿 様は“不治の病”にかかってしまいました。



───終身呼吸不全



という病気です。」

 



死ぬまで呼吸が困難になる。しかも、手術で外からどうにかできるものでなく、細胞の異常が原因で、肺から発生して次第に体全体に異常が回る。


治療法は無い。


よく見ると、彼女の喉には細いチューブが刺さっていた。


自発呼吸はできているものの、少々肺の萎縮が見られ、酸素濃度の少し濃い空気を喉から吸わせているそう。


私は膝から崩れ落ちた。全く運命とは残酷だ。バカながら私はそう思った。

 


──


その後日通し私はパイプ椅子に座り、(頼む目を覚ましてくれ)と念じながら寝ているツバキとずっと一緒にいた。


いつの間にか夜が明けそうになっていて、日の出が窓から私を照りつけた。


私は今まで一睡もしていないため、未だ校則違反の短いスカートを履いたまま。パイプ椅子に項垂れていた。



***ーーー!!!!


突然の機械音。ツバキの寝ているベッド上のランプが赤く光り始めた。


その時だ。ツバキが目を覚ました。そのツバキの覚めを見たのは私だけ。



「ツバキ!」



「ん…ミズキ……」



私は彼女に抱きついた。そして、滝のように涙を流した。

するとツバキは私の背中に手を回し、私の背中を軽く三回ほど優しく叩いた。



「心配かけちゃったね…ごめん。」



宙には雲ひとつ無い晴れ模様が映っていた。

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