#19〔激突と混乱と〕
1時間。
そう、戦闘開始から凡そ1時間だ。通常の決闘では有り得ない時間。有り得ない理由はもちろん疲労の存在だ。しかしこの2人はそれをやってのけている。
ダイブが有利に見えた戦闘の〝裏〟。
『戦は高度な心理戦を孕む。』
✳︎ ✳︎ ✳︎
拳を受け止める。1発1発が規格外の重さ。確かに目の前の男は、道中に遭遇した小劣鬼王ゴブリンロードよりも小さい。しかし叩き付けてくるオーラが段違い。ゴブリンロードが〝壁〟であるならばこの男は〝絶壁〟というところだろうか。まるで全身に〈豪腕〉を発動させたかのようだ。
拳闘士単品ならば、俺は圧倒的にこの男に劣るだろう。
援護師も合わせて、ようやく互角だろう。
それでも、勝算はある。否、勝利への強い確信が、俺にはある。
俺は拳を受け止める。一切の隙を見せず。逆に相手に隙があったとしても、攻撃することはなく。
来る時を、待つ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
わからない。目の前の男が、わからない。最初は自分が有利だとタカを括っていた。
何分撃とうが、相手が隙を見せることがない。そろそろ体力の限界なのではないかと、何度も思った。しかし、隙がない。受け止めるだけの徹底した戦いぶり。そして俺がわざと隙をつくり、カウンターに繋げようとしても、攻撃してこない。こいつは何を考えているんだ?
拳が痺れる。硬い氷を殴り続けたようなものだ。純粋に硬いだけのものならば問題はない。しかし俺とて冷気に対する耐性は有していない。
戦いを長期化させて何がしたい?
わからない。目の前の男が、わからない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
拳が徐々に軽くなってきているのを感じる。冷気によるダメージと疲労だろう。
その表情からも疲労感が伺い知れる。
時は、来た。
相手の拳を大きく弾くと、隙だらけの顔面へ拳を喰らわせる。
「グブッ!」
無様な声でそのダメージの大きさを教えてくれる。
そして俺が持つ唯一の拳闘士職業スキルを発動させる。
〈連撃〉
1発、2発、3発。
右手だけでその顔を殴り続ける。顔ですらかなりの硬さがあるが、それならばまだ俺の右手の方が硬い。
数歩後退して倒れ込む。
これで——終わりだ!
地面に横たわる男に勝負を決する追撃は——
——空を切った。
男が浮かび上がった為に。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ダイブが保有する、アラベルが嵌った首輪の名称は、かの有名な〈飛行の首輪〉ではない。
狂戦士ベルセルクは職業の性質上戦闘を途中で離脱することはできない。それはどれだけ熟練の狂戦士であったとしても、どれほど冷静であったとしてもだ。
しかし、本人の意思以外の何かの要因があったとすれば、その限りではない。
——例えば、第三者によって強制的に引きずり出された場合。
——例えば、一定の条件で強制離脱させる魔道具を装備していた場合。
ダイブの首につけられた魔道具の名称は——〈飛行離脱の首輪〉。
生命の危機が迫ったときと任意場合に〈
つまりこの〈飛行〉の発動は、ダイブが生命の危機に至ったことを意味する。
これはフィルルの勝ちなのか。それとも——
✳︎ ✳︎ ✳︎
男が闇にかき消された。恐らくなんらかの魔道具で〈飛行〉を発動させたのだろう。
「ふぅ。」
この戦いに於ける最大の功労者を見る。いや、功労物と言ったほうがいいかもしれない。
〈癒しの首輪・改〉
疲れを無効化するアイテム。技量が互角であるならば、装備で差をつければ良い。そもそも〈暗黒水晶の指輪〉がなければ受け止めることも出来なかったかもしれない。
それにしても……
「疲れたぁー」
そう、疲れた。この首輪、身体的な疲労は無効化してくれるが、精神的な疲労は無効化していない。ずっと気を張り詰めていたのだ。その疲労は自分でも測れない。
スッと気が抜けるように、満身創痍のまま、俺は意識を手放した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「フィ、ルル……」
壮絶な戦いだった。1時間以上にも及ぶ激闘は大男の離脱で幕を閉じた。いや、離脱と言うよりはフィルルによる撃退というほうが正しいかもしれない。
——しかし。
なんなんだ?あの拳は。あの持久力は。
本当に俺たちはただの足枷だったのだと今一度実感する。
これでよかったのかもしれない。どれだけフィルルから非難され、糾弾されたとしても。フィルルは何も知らない。故に糾弾するのは正しい。フィルルによる俺たちへの復讐は、正しい。
フィルルは一切間違っていない。
〝正解〟を積み重ねたフィルルと、
〝不正解〟を繰り返した俺たち。
ならば正義はフィルルで、悪は俺たちだ。
俺がすべきことは、なるべくその対象を俺が集めることだ。ルリナやローラがなるべく苦労しないように。
フィルルが英雄まで昇り詰めて、
ルリナとローラが幸せに生きること。
それが俺にとって、最も幸せなことなのかもしれない。
その為ならば喜んで、俺は殉教者になろう。
友の幸せだけを願う、殉教者に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます