#8〔豚鬼〕

「行くぞ。」


小さくリュカに声をかけ、ダンジョンに足を踏み入れる。左右に等間隔に設置されたランプの灯りを頼りに先に進む。


「音がするな。」


何かの咀嚼音か、肉塊が千切れる音がする。俺は恐る恐るそちらを見ようと顔を出す。


豚鬼オークか。」


豚と人間を掛けて2で割ったようなルックス。浅黒い肌。湾曲した足。

かつては亜人として数えられていたが、これを森精人エルフや小妖精ドワーフたちと同列に扱うことは難しいように思える。手に持ったのはやはり何かの肉塊で、貪るようにそれを喰らっている。討伐難易度指数が20〜25であるオークはダンジョンにおける食物連鎖の底辺に位置する。そんなオークが様々なダンジョンで生きながらえている理由はその繁殖力と、後一つ。俺は側に転がった死体に目を向ける。——オークだ。オークの無惨な死体が、そこにはあった。同族喰いである。オークの主な食料はオークだ。森に生息するならば、ゴブリンがいるだろう。荒野に生息するならば、食物連鎖の上位に君臨できただろう。しかしここはダンジョン。この閉ざされた空間ではオークに居場所はない。


流石に何度も見てきた光景なので、胃液が逆流したり、すぐに逃げ出すこともないが、それでも慣れることは出来ない。


「リュカ、ちょっと待っててくれ。」


「クゥン」


わかったとばかりに鳴く。流石にリュカの綺麗な毛をオークの返り血で汚すわけにはいかない。

その声に気がついたのか、オークもこちらを見据えて嬉しそうに破顔させる。食料を見つけたとでも思っているのだろう。


〈豪腕〉〈アンティ・ブラッド・コーティング〉


豪腕はいつも通りなのだが、今回かけた魔法は武器或いは身体をコーティングする薄い膜を張って穢らわしいものや不浄なるものに触れられなくするものだ。ブラッド、とあるがこれはあまり関係ないと言って差し支えない。フランチャルド教に於いて最も不浄とかんがえられているのが血であるためにこういった名が付けられただけだ。これは本来神官が使う信仰系の魔法なのだが、両親に嘆願して教えてもらったのだ。その後魔力系でも使えるように試行錯誤したオリジナル魔法であるのだが、効果がほとんど同じであったため、特別違う名前をつけることはなかった。ただ、常に魔力を送り込まなければならないので、使い勝手がいいかと聞かれれば答えはNOだ。ゴブリン戦で使わなかった理由もそこにある。


オークは床に落ちた鉄の棍棒らしきものを拾い上げた。


「ニンゲン、ウマイ、オレ、クウ」


「喰えるもんならっ!」


一気に踏ん張りつつ駆け出し、正拳突きをくらわせる。オークは後方の壁にぶつかり、数秒後に琴切れた。流石にゴブリンのように即死とはいかなかったが、それでもかなり楽に倒せることがわかったのは収穫だろう。もちろんこの程度で探索は終わらないのだが。


ちなみにゴブリンであればこの血の匂いに集まってくるのだが、オークは違う。というのもオークはでかい鼻を付けている割に臭覚は非常に鈍感なのだ。先程、「ニンゲン、ウマイ」などとほざいていたが鼻がほとんど機能していないので味もほとんどわからないのだという。オークにとって鼻はその美醜を決定するためだけにあると、どこかの魔物学者が唱えていたのを小耳に挟んだことがある。


閑話休題。


俺は一般的に使われている魔物運搬用圧縮袋を取り出す。魔法によって極限まで圧縮することで運搬しやすくしてくれる品物だ。これも冒険者にとって必需品だろう。再び〈アンティ・ブラッド・コーティング〉を発動させ、オークを袋の中に詰める。すると一気に魔法が発動し、オークは10立方センチぐらいにまで小さくなった。そしてそれをもう一度ビニールに入れればOKだ。仮に圧縮袋が破れたとしても、その血や肉がカバンを蝕むことはない。オークを売れば夜の飯代ぐらいにはなる。オークもやはりと言うべきか、好んで食べる者はいないが、その地の風習や伝統によっては食されることがあるという。


とまぁ無駄な思案はこれくらいにして、もう少しオーク討伐と行くか!

俺が少し気合いの入った声を出せば、リュカも小さな遠吠えをダンジョンに響かせた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


聖都市アスタリスクには、多くの神殿が鎮座する。世界が創造されし場所であるとされ、あらゆる宗教の始祖或いは教祖が生まれ育った地であるとされるからだ。


最も多くの財を有するヴェラルジ教。

最も多くの聖騎士と神官を抱えるリザール教。

最も多くの信者を抱えるフランチャルド教。


この三大宗教を筆頭に、アスタリスクに存在する神殿の数は9つ。信仰する神はもちろん、生活様式などもまちまちであるが、異教徒をも認め、敬意を表する念を何よりも重んじる宗派は多い。また王国は『信仰の自由』を全面的に保証しているので、宗教間の争いなどという愚かな行為が行われることはない。


神殿における序列として下から教徒、神官、聖騎士、聖騎士団長、聖者及び聖女、神官長、神殿長、教皇となっているのはどの宗教も同じで、特に三大宗教の教皇ともなれば、その権力は大貴族をも凌ぐとされる。アスタリスクは王国で唯一、王族及び貴族が管理していない。基本的には王都の法律に則っているが、一部税金の免除など、地区毎に教皇が指定する場合も少なくない。




そんな聖都市に流れる不穏な空気の正体を知る者は、誰もいない。

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