3:冒険者たち その2

「そういえば、なんでこっちの人は日本語話してるんだっけ?」

「そうじゃなくて、翻訳されてるみたい」

「翻訳? 誰が?」

「さあ? でも、魔術のせいでしょ。ニュアンスもある程度反映されるみたい。偉ぶったり、へりくだったり。外国語でも大丈夫」

「じゃあ、僕が英語で『I AM FROM TOKYO』って言ったら――」


 美姫がいきなりプッと吹き出した。


「な、なんですか?」

「だって、『ボクは東京から来たでちゅ』だって!」


 自分で言って、美姫はこらえきれずに笑い出した。


「マジか!? てか、なんでそうなるんだよ?」

「発音が下手だからじゃない?」

「う……。じゃあ、坂城さん言ってみてよ」

「『Yeah,I'm from Tokyo』どう?」


 真二郎の耳には『ええ、私は東京から来たの』といつもと変わらない美姫の声で聞こえたが、悔しいのでコメントしないことにした。


「英語でしゃべるわけじゃないし関係ないよな」

「そうね……くくく……」


 まだ笑いを噛み殺している美姫をひとにらみしたところで、真二郎は指定された馬車に着いた。

 と、そこで後方からやって来た男が通り過ぎながら真二郎をジロジロと見て、先頭のベルゼルにガラガラ声を張り上げた。


「ベルゼル! なんだ、こいつらは!?」

「街まで連れていく。依頼人にも了承してもらった。問題ないだろ。シャリーグ?」

「ふん、ジャチクが二人増えたって同じか……。依頼人がいいなら勝手にしろ」


 吐き捨てるように言うと、シャリーグは後方に戻っていった。

 なんかこう街ですれ違ったら3メートル以上離れていたい人種だ。

 真二郎は去っていく背中を見てそう思った。

 まあ、危ない人でも近づかなけりゃいいだけで、それよりも、僕と美姫ふたりを見てジャチクと言ったのが気になった。つまり、美姫だけじゃなくて、僕も魔術を使えると思っていないってことだ。なにか見分ける方法があるのか? それと、気になる言い回し。

 そんなことを考えていると、真二郎は荷馬車に到着した。


「お邪魔しまーす」


 真二郎は一声かけて荷台に乗り込んだ。荷台には、木箱が四段になって積まれていた。その隙間にふたりが座り込んでいた。高校生くらいの女の子と真二郎と同じくらいの男。ベルゼルのパーティだろう。

 真二郎が美姫と一緒に空いたところに座ると、すぐに馬車が動き出した。

 途端、ガタンガタンと衝撃がダイレクトに突き上げてきて、真二郎は驚いた。サスペンションの類が全くないらしい。


「あはは、ビックリしてるね」と、真二郎に声をかけてきたのは男の方。

「ええ、まあ……」

「マリクだ。こっちはミーナ」

「マオです。こっちは奴隷のミキ」


 美姫は真二郎の横に小さくなって座っていた。奴隷だから自由にしゃべるのもおかしいだろうし、いざとなったら小声で話せるように考えたのだ。


「残念だけど、乗り心地のいい馬車は壊れ物を囲んでる先頭の二台だけだからね」

「雇い主はともかく隊長も楽しちゃってさ」

「まあ、後3時間くらいの辛抱さ」


 マリクとミーナの愚痴から、この世界ではサスペンションが存在しないわけではなく、まだ高価だから普及していないとわかる。そして、次の町までは3時間かかる。

 このふたりなら色々話してくれそうだと、真二郎は今のうちに情報収集しておこうと考えた。


「ねえ、ふたりはどこから来たの?」


 真二郎が口を開くより先にミーナが興味津々という顔で身を乗り出してきた。予定が狂ったが、その方が怪しまれることもないかと、真二郎は話に乗ることにした。


「えっと、東の方からです」

「東ってゆーと、ヤグハンの方?」

「そうそう」

「あー、だから二人とも髪が真っ黒なんだ」

「わかる?」

「冒険者仲間にもいるからね。確かゲップーだかデップーだか」

「ああ、ベップウね。温泉の多い地域だね」

「言ってた! いいな、温泉……。仕事終わったらせめて水浴びくらいしたいわ」

「いやー、僕もしばらく入ってないなあ」


 身バレしないように慎重に話を続けると、真二郎にもなんとなく見えてきた。知る限りゲームのマップと同じだ。覚えた知識が無駄にならないのはありがたいと真二郎はホッとした。


「情報が正しくてよかったなぁ、ミキ」

「そうね」と美姫の返事は素っ気ない。

「どうしました?」

「若い子と楽しそうだなーって」

「ただの情報収集ですよ?」

「そうは見えなかったけど」


 美姫のジト目から視線をそらすと、今度はミーナが怪訝そうな顔をしていた。

 ミーナの位置からは美姫は見えないし、声を潜めているから馬車の音でかき消されて聞こえていない。


「どうしたんです?」

「いや、なんでもないよ。お尻が痛くて。あはは」


 真二郎は腰を浮かしてごまかし、会話を続ける。


「ところで、さっきのシャリーグって人は?」

「ああ、もう一組の護衛の隊長だ。後方を担当してる」とマリクが答える。

「護衛って、兵士? 冒険者?」

「シャリーグはA3ランクの冒険者だ。魔術のレベルはうちの隊長より上だな」


 冒険者という職業はゲーム中に出てきた。とすると、魔術協会と冒険者ギルドも実際にあるはずだ。A3というのはゲームでは、その協会とギルドから認定されたレベルだ。ゲームと同じだとすると、魔術レベルはSSからCまでの五段階、冒険者ランクは5から1まで五段階だ。シャリーグのA3は中間。魔術では負けているという口ぶりからすると、ベルゼルはB3というところか。

 真二郎が聞き出した話をまとめると、ベルゼルは5人パーティで、前方と真ん中を担当。シャリグは4人で後方を担当している。戦力としてはほぼ同じくらい。つまり、ベルゼルの方がレベルの低い戦力が多いということだ。恐らく、このふたり。

 が、真二郎が今一番気になっているのは別のことだった。

 ジャチクが二人増えたって同じ――シャリーグはそう言っていた。なにが同じだというのか。運ぶ手間? それだけならいいが、真二郎はイヤな予感がしていた。

 ブラック企業にいる間に、こういう言葉に過敏になってしまっただけならいいんだけど。それ以外で気になるのは美姫の態度くらいか。

 真二郎は次第に慣れてきた馬車の振動に身を任せながら、そんなことを考えていた。

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