2:早朝の拉致 その2

 止まっていた大きな黒のワゴン車にの後部座席に放り込まれると、車は走り出した。ウィンドウには黒いカーテンがかかっていて、前席との間も仕切られて外はまったく見えない。


「なんなんだっ、あんたらっ!?」

「時間がありません。まずこれに着替えてください」


 向かいに座った坂城美姫から深紅の服を渡され、真二郎は持ち上げてみた。


「なにこれ? バスローブ?」

「半分正解です。答えはタダのローブ」

「ローブなんか着て、コスプレでもするとか?」

「コスプレなら気が楽でいいですね」

「レイヤーだって遊びじゃなくて真剣なんだぞ」

「こちらも真剣です。日本人、いえ、人類に対する侮辱を取り消させなければいけないので」


 人類に対する侮辱だって? なんか大きく出たなぁ……。

 予想外な返答に大丈夫かと坂城の顔を見てしまう真二郎である。が、坂城美姫はさらに力強く拳を握る。


「あいつらは交渉相手として私たちを認めなかったんです! なんとしてでも……。あっ……失礼!」


 坂城美姫は真二郎の手を慌てて離すと、軽く咳払いして息を整えた。少し頬が紅潮しているのは興奮したせいだろうか。


「で、誰と交渉してるわけ?」

「とにかく、着替えてください。それからです」

「わかったよ」


 これ以上は無駄かと、真二郎はローブと言って渡されたものをスエットの上から着る。深紅の、かなり上質そうな仕立て。あちこちに刺繍が施されて、腰帯には飾り房まである。

 なんか見覚えがあるぞと、真二郎は考える。


「って、これ、SOLの魔術士の服だよな?」

「正解です。マオ……いえ、間生さんには魔術士として交渉の場に出ていただきます」

「どことの?」

「エルタリアのフォルターニア王国です」

「そんな国あったかな? って、SOLの舞台だろ、それ!」

「そのとおりです」

「今からエルタリアに行く?」

「そうです」

「……えっと、降りていい?」

「面倒だ。はしゃいでないで早く説明しろ、坂城一尉」


 向かい側の坂城美姫の隣に座った黒服がいらだった声を上げた。

 坂城美姫は慌てた様子で否定する。


「は、はしゃいでなんかいません! 妙なことを言わないでください、安藤さん」

「一尉? 自衛隊なんですか?」

「元です。この黒服ふたりも自衛隊出身です」

「自衛隊出身の外交官? スパイ?」

「違います。でも、今は特別な状況です。いいですか? 話を聞いたら戻れませんからね」

「さっきから降りたいって言ってるんだけど……」

「無理です。すでに高速に乗りました」

「じゃあ、次のサービスエリアで降りて日常に戻ります」

「止まる予定はありません」

「お腹がすいたんだけど……」

「おにぎりはあります。明太子とシャケとオカカ、どれがいいですか?」

「じゃあ、シャケで。じゃなくて!」


 坂城美姫がおにぎりを手にして真二郎をじーっと見ている。真二郎が視線の圧力に負けて手を出すと、よく出来ましたというようにポンとおにぎりを手のひらに置いた。


「もう勝手にして……」

「では、許可が得られたと言うことで、食べている間に説明させていただきます」

「はいはい、どうぞ~」


 投げやりに応じた真二郎はおにぎりを剥こうとして気がついた。ラップで包んである。

 コンビニおにぎりじゃないぞ。まさか、お手製?

 坂城さんが握ったのかもしれないと思うと、少しありがたい気がする真二郎であった。


「3年前、とある場所に異世界と繋がる特異点、我々は門と呼んでいますが、それが出現しました」

「銀座とか言わないよね?」

「場所は極秘です」

「まあ、都会じゃないよな~。そんなの話題になってるだろうし」

「ご想像にお任せします。その門にこちらの住人が数人迷い込んでしまい、戻ってこないという事案があり、警察の捜索の末、異世界の入り口であるということが判明しました。なんとか向こうの住民と接触し、地域の代表者と交渉をしようとしましたが、まったく取り合ってもらえない状況です」

「えーっと、なにが問題なわけ?」

「その地の住民は魔力によって階級制になっています。魔術を使えない我々は最下層であり、支配層とは話すら出来ないのです」

「魔術なんか使えるわけないだろ」

「もちろんです。そこで我々は考えました。その世界の住民にとって魔術としか思えないものを見せるしかないと」


 坂城美姫の説明で真二郎にもやっとのことでなんとなく話が見えてきた。


「ってことは、SLOってあんたたちが作ったのか?」

「破綻した会社を買い取って、私たちが作らせました」

「あ……なるほど……」


 無茶苦茶、腑に落ちた真二郎である。あちこちに役所かよってお堅い作りを感じたのはそのせいだったわけだ。例えばお色気イベント皆無とか、萌えキャラ不在とか。


「じゃあ、SLOに出てくる異世界の言葉とか小物の名前はそのまま?」

「いえ。向こうで行動出来る範囲が限られていたので、わからない部分は創作と混ざっています」

「いいかげんだなぁ」

「本当にあちらで生活するわけではありませんから」

「そりゃまあそうかもしれないけど、こだわって欲しかったな~、そこは」

「それはともかく――」

「ともかくじゃなくて、そこが重要なんだよ。こういうゲームってのは細部に精神が――」

「と・も・か・く! 計画はこうです」


 細かいことにはこだわりがないのか、坂城美姫は説明を続けた。

 真二郎が攻撃魔術を使うフリをする。姿を隠して待機している安藤がロケットランチャーを発射。標的を破壊。魔術のせいにする。


「それだったら、僕じゃなくてもいいよね?」

「ダメなんです。完璧に魔術を使ってるように見せないと。その点、あなたは完璧なんです」

「どうして?」

「いい加減なプレイではSLO最高得点は出せません。それに仕草の再現度や滑らかさも完璧です」

「僕のプレイデータを見てたわけ?」

「もちろんです。仕事ですから」


 そう言って、坂城美姫はメガネを人差し指でクッと押し上げた。


「ちょっと待って。まさか、僕が踊ったりヒトカラやってたりしたのも……」

「ああ、あの意味不明な動きはダンスだったのですね」

「プライバシー侵害で訴えてやる~!」

「無事戻ってからにしてください。もっとも、その頃には私は今回の成功で昇進して、異世界の担当は代わっているでしょうけれど」


 そう言って坂城美姫はレンズの奥でニコッと笑った。

 この人、結構くせ者かもしれないと、真二郎は思った。

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