第2話 ゲスモブ、引きこもったまま移動する

 クラスの誰がどんな魔法を手に入れたのか、今後の対策を立てる上で把握しておきたいが、聞き取りと魔力測定が行われる場所まで少し距離がある。

 話を盗み聞きするには少し遠い。目立たないように、後ろの方で身を隠したのが裏目に出たようだ。


 一旦アイテムボックスから外に出れば簡単に移動できるが、それでは俺の存在に気付かれてしまう。

 現状クラスの連中は、いい感じに俺がいなくなっているのに気付いていない。


 元々、教室では目立たないように振る舞っていたから、気付かれなくても悲しくもない……悲しくなんかないやい。

 せっかく、せっかく気付かれていないのだから、アイテムボックスに入ったまま移動したい。


 容量的にかなり狭いアイテムボックスだが、更に左右の幅を狭め、前後の幅を広げてみる。

 これで、なんとか一歩踏み出すスペースが確保出来た。


 前の壁ギリギリまで移動して、後ろのスペースを減らし、また前方にスペースを作り一歩踏み出す。

 これを繰り返して、魔力の測定場所まで近付いた。


 ちなみに、アイテムボックスに入ったままだと、障害物もすり抜けられる。

 人間にぶつかると、中身が透けて見えてグロいのだが、避けて歩く余裕が無かったので突き抜けて来た。


「2300メーテだと……化け物か」


 メーテというのが魔力を示す単位のようで、こちらの世界の成人男性の平均値が150メーテ程度、200メーテだと高い部類に認定されるようだ。

 それと比較すると、サイゾーの魔力値は10倍以上、化け物視されるのも無理はない。


 その他のクラスメイトも、軒並み1000メーテ以上の数値を叩き出し、測定を担当した兵士は計測器が壊れたかと疑ったほどだ。

 俺も測ってみたかったが、数字云々よりも実際に使えるか否かの方が重要だろう。


 クラスメイト達が手にした魔法は様々で、火、風、水、土などのポピュラーなものから、清掃とか調理といった生活関連の魔法を得た者もいた。

 そして、全員の測定が終わったところで、また騒動が発生した。


「それでは、これより魔法の暴走を防ぐ首輪を配る。魔法の扱いに慣れるまでは、事故を防ぐためにこの首輪を付けて……」

「ちょっと待った! それは本当に魔法の暴走を防ぐ首輪なんですか?」


 赤い石が嵌った銀色の首輪を掲げた隊長に、サイゾーが待ったを掛けた。


「ど、どういう意味だ? 我々が騙しているとでも言うつもりか?」

「魔法の暴走を防ぐということは、その首輪を嵌めていると自由に魔法が使えなくなる……そうですね?」

「その通りだ。でなければ、魔法の暴走を防げないだろう」

「その首輪、どうやって外すんですか?」

「そ、それは……」

「ちょっと女王様に嵌めてみせて下さいよ」

「なんだと貴様! 無礼な事をぬかすな!」

「なんで、魔法の暴走を防ぐ首輪を着けるのが無礼にあたるんです?」

「そ、そんなもの……」

「それ、奴隷が嵌める魔道具なんでしょ?」

「ぐぅ……」


 言葉に詰まった隊長の態度が、サイゾーの推理の正しさを証明していた。

 まぁ、オタクにとってはお約束の展開だから、分かって当然だけどね。


「勝手に呼び出した挙句、奴隷扱いして扱き使おうって魂胆ですか? 随分な扱いをしてくれますねぇ」

「ふざけんな! なにが異界の勇者だ、くそババア!」

「邪竜の討伐とかも嘘じゃねぇのか!」

「さっさと元の世界に帰しなさいよ!」


 騙されて奴隷にされそうになったと知って、クラスメイト達が一斉に騒ぎ始めた。

 常人の5倍、10倍の魔力を持っている者達だと分かったので、兵士達も槍を構えて本気モードだ。


 一触即発の状況は、突然頭上で弾けた巨大な火球によって打ち消された。

 火球を打ち上げたのは、勿論サイゾーだ。


「はいはい、みんな落ち着いて。まだ奴隷にされた訳でもないし、帰れると決まった訳でもないから冷静にいきましょう」


 確かにサイゾーの主張は正しいのだが、芝居がかったオタデブはイラっとする。

 てか、イケメンとかヤンキーは奴隷にされちまえば良かったのに、割って入るの早過ぎじゃねぇの?


「まずは、我々を騙そうとした事に対して、女王様より謝罪をしていただきたい」

「なんだと、貴様!」

「貴方が僕の息の根を完全に止めるのと、僕が女王様に全力の魔法を撃ち込むのと、どちらが速いと思います?」

「貴様……」

「良い。下がれゴルディ……」


 奥歯がぶっ壊れるんじゃないかと思うほど歯を食いしばっていたゴルディと呼ばれた兵士は、女王の命令に従って後ろへ下がった。


「そなた達をたばかるような真似をして申し訳なかった。ただ、あまりの魔力の高さを恐れてのことゆえ許されよ」


 女王は腰を折って深々と頭を下げ、兵士達は悔しさを噛みしめながら俯いた。


「なるほど、いつ暴発するか分からない魔力の塊を恐れるのは理解出来ます。ですが、このような扱いは到底許容できません。今後は、嘘偽りの無い情報と客人として相応の待遇を提供すると約束して下さいますか?」

「約束しよう」


 サイゾーの要求を女王は迷う素振りも見せずに承諾した。

 良いタイミングとみたのだろう、サイゾーは質問を重ねた。


「では、改めて伺います。我々が元の世界に戻る方法はあるのですか?」

「先程も申した通り、勇者としての役割を果たせば、送還のゲートが開かれる」

「では、邪竜を討伐すれば全員が元の世界に戻れるのですね?」

「その通りだ」

「元の世界に戻った後も、この魔法は使えるのですか?」

「それは分からない。帰ってしまった勇者とは連絡を取り合う術が無い」

「もし、もし邪竜を倒す前に命を落としてしまった場合はどうなります?」

「志半ばにして命を落とした勇者の遺体は、元の世界へと送還される」

「邪竜を討伐して元の世界に戻る時、報酬は持ち帰れますか?」

「勇者としての使命を果たした後、帰還までは10日ほどの猶予がある。その間に報酬を用意して、共にゲートを潜れば持ち帰れるはずだ」


 淡々と答える女王の言葉に嘘は無さそうにも見えるが、厚化粧の裏の顔までは分からない……と言うよりも疑っておいた方が良いだろう。

 サイゾーは腕組みをして暫く考えた後で、キッパリと宣言した。


「いいでしょう。僕は貴方達に協力して邪竜を討伐します」


 異世界を満喫する気満々のサイゾーとすれば当然の決断なのだろうが、勇者気取りのオタデブのドヤ顔には、やっぱりイラっとさせられた。

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