第8話 ミニデート ~一日目の締め~

 日が落ち、辺りが街灯の光に包まれた城下町を二人の男女がゆっくり歩みを続ける。

 それはまさしくデートと呼ぶにふさわしかった。

 だが、この男女にはある問題が存在していた。

 まずは年齢差。

 剣二は二十歳で、ヒトリアはどう見ても十一歳児にしか見えなかった。

 次に服装。

 剣二は戦闘服、ヒトリアは服の真ん中にキュートなくまさんが印字された服。

 最後に呼び方。

 ヒトリアは終始、剣二のことを「剣二様」と呼んでいる。

 これを踏まえた上で本当にこれはデートと呼べるのだろうか?

 あの店主は全く何を言っているのやら。


 「ヒトリア。ここに入るぞ」

 「はい、剣二様」


 そこは居酒屋とかそういうところではなくファミレスのような場所だった。

 和気藹々としている中、剣二達が入店すると何やら嫌な目つき。

 どうやら歓迎されていないらしい。

 だが、そんなことは今さらどうでもいい。

 剣二とヒトリアは空いている席に揃って座り、注文をする。


 「おい、いいか?」

 「はい、何でしょう?」

 「この安い定食をくれ」


 注文と同時にヒトリアの視線はある家族の一つの食べ物に向いていた。


 「この子にはあの子が食べている同じものを」

 「え・・・?」

 「嫌だったか?」

 「いや・・・・」

 「じゃあそれで頼む」

 「銀貨二枚です」

 「ああ」


 店員が調理場に戻るとヒトリアは剣二に尋ねた。


 「どうして・・・?」

 「あれが食べたかったんじゃないのか?」

 「でも・・・わがまま言っちゃ・・・」

 「俺といる時は我慢しなくていい」

 「剣二様・・・」


 その後は静かに料理が来るのを待ち続けた。


 「お待たせしました」


 料理がテーブルの上に置かれ、ヒトリアの目はキラキラ光っていた。

 だが、一向に食べ始めようとしない。


 「食べないのか?」

 「いいの!」

 「それはヒトリアのだからな」

 「わーい!」


 嬉しそうに食べるヒトリア。

 あの貴族は本当にヒトリアを奴隷としか扱ってこなかったんだな。

 この笑顔を見ているだけで、あの貴族を粛正してやりたい。


 「まあ、今更会うこともないか・・・」

 「ん?」

 「いや、何でもない。それよりこのハンバーグもいるか?」

 「くれるの!」

 「ああ、いいぞ」

 「わーい!」


 よほどおいしかったのか、ヒトリアは綺麗に間食した。

 宿探しに時間がかかると思い、早めに店を出たが、泊まる宿は簡単に手に入った。


 「銀貨十枚か・・・明日も素材集めだな・・・」

 「剣二様!剣二様!外見て!」

 「どうした?」


 窓の外に広がっていたのは街灯が灯る綺麗な街並み。


 「おお、綺麗なもんだな・・・」

 「ずっと見てたい!」

 「部屋に風呂があるらしいから早く入って寝ろ」  

 「はーい」


 出会った時のヒトリアはどこへやら。

 緊張感が解けて何よりだが。


 「今日はいろんなことあったな・・・」


 突然召喚されたと思いきや、いきなり戦力外通告。

 その後はチンピラに絡まれ、店主と会って、モンスターを倒した。

 それでヒトリアを助けた。

 こんなに濃い日常が続くのだろうか。

 それはそれで剣二には悪いことではなかった。


 「まあ、これはこれで楽しいんだけどな・・・」


 刺激のなかった元の世界に比べれば、イベントが沢山あった方が充実した毎日を送れる。

 改めて異世界の素晴らしさに気が付けた気がする。

 そんな剣二に後ろから声がかけらる。


 「あの、剣二様・・・」

 「なんだ?ヒトリ・・・」


 自分の目を今まで一度も疑ったことがなかったが、この時だけは疑った。

 そして自分の目に狂いがないと分かった時には、自分らしくない大きな声で、


 「ヒトリア、バスタオル一枚で何してるんだ!」

 「剣二様と一緒に入りたくて・・・」

 「入りません。風邪引くから早く入ってこい」

 「はーい」


びっくりした・・・


 ヒトリアは風呂の途中で出てきたのか、長い髪は濡れていた。


 「そういえば、あまり気にならなかったが、金髪の子なんだな・・・」


 会った時から今に至るまで全く気が付かなかった。

 自分に余裕がなかったせいだろうか。


 「ちゃんと向き合わないとな・・・」

 「剣二様、お風呂先に頂きました」

 「早かったな、もう少しゆっくり入っててよかったんだぞ?」

 「いえ、奴隷である私に長風呂は許されません」

 「おまえな・・・」


 寝巻に着替えたヒトリアに近づき、髪をゆっくり触る。


 「剣二様!?」

 「ヒトリア・・・」


 剣二は怒ったような顔で言った。


 「髪の毛ちゃんと洗えてません。もう一度洗ってきなさい」

 「えーーーーー」

 「洗ってきなさい」

 「はーーーい」


 そしてヒトリアはもう一度、風呂場へと戻っていった。


 「ちゃんと洗ってきました」

 「どれどれ・・・・・よし合格」

 「やっと終わった!!!」

 「女の子なんだから髪の手入れぐらいしっかりしろよ?」

 「はーい」


 分かっているのか、分かっていないのか曖昧な返事をするヒトリア。


 「あの、剣二様」

 「なんだ?」

 「これしてください!」

 「ドライヤーか?」

 「はい!」

 「髪を乾かせってことか?」

 「はい!」

 「ったく、しょうがないな」


 ドライヤーを左手にヒトリアの髪を乾かしていく。


 「どうだ?痛くないか?」

 「大丈夫です!」

 「こんなに髪綺麗なんだから、手入れは怠るなよ?」

 「はーーーーい」


 ドライヤーをすること十分。

 ようやく髪が乾いた頃、ヒトリアがゆっくりとその口を開いた。


 「あの、剣二様・・・?」

 「ん?どうした?」

 「今日は助けてくれてありがとうございました」

 「そんな礼を言うことじゃないよ」

 「いえ、しっかりとお礼を言うことです・・・本当に・・・本当に・・・ありがとうございます・・・」


 ヒトリアの髪を乾かしていたせいで、ヒトリアが今一体どんな顔をしているのか想像もつかない。

 だが、一つだけはっきりしているのは、肩をプルプルとさせていたことだ。

 そして、剣二は何も言わずにその頭を撫で続けた。

 ようやく落ち着きを取り戻したヒトリアは、


 「すみません。ありがとうございます」

 「気にするな。そんなことより疲れただろう?早く寝ろ」

 「はい・・・」


 ベッドに入り込むヒトリア。

 そして振り返って告げた。


 「あ、あの・・・」

 「なんだ?」

 「寝るまで手を握ってもらえますか?」

 「いつからそんな甘えん坊になったんだ?」

 「ごめんなさい・・・」


 そんな顔するなよ・・・

 そんな顔されたら罪悪感が生まれるだろう。


 「しょうがないな。ほら、手を出しな」


 剣二がそう言うと、ヒトリアの顔から光が戻っていくのが分かった。


 「ありがとうございます!おやすみなさい・・・」


 疲れが溜まっていたのか、ヒトリアは五分も経たずに眠りについた。


 「さて、俺も風呂入ってくるか・・・」


 こうして、異世界生活の一日目が終了した。

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