第5話 君、あいつの妹か

 魔石の吸収が終わると、奏は道を進み始めた。


 結局、奏はT字路の左の道を進むことにした。


 その理由は2つある。


 1つ目は、右の道を進めば、バアルが真面目にナビしなくなる可能性があることだ。


 2つ目は、ワイルドドッグの群れと戦ったことで、レベルアップしたことだ。


 1つ目の理由から、左の道を進んでおけば、とりあえずバアルの希望を叶えることになり、自分が怒って名前を呼ばなくなったことでバアルも少しはおとなしくするだろう。


 2つ目の理由により、ワイルドドッグの群れが同じ数現れても、今度は余裕をもって倒せると判断した。


 それはさておき、10分ぐらい歩くと、ソフトクリームが有名なフランチャイズチェーンのコンビニを発見した。


 ガラスは全部割れており、電気も全て消えている。


 (運が良い。ここで、物資の調達ができるじゃんか)


 奏は思わぬ拾い物の予感に、自然と表情を崩した。


 それに、ダンジョンの中に飛ばされたのが自分の家だけじゃなくて、少しだけホッとしたのだ。


 だが、警戒することを忘れてはいなかった。


「バアル、店内にモンスターはいるか?」


『俺様の出番だな。ふむ、いねえな。だが、ヒューマンの女が1人いる。動いてねえから、寝てるんじゃねえの?』


「羨ましい、じゃなくて、それは気絶してるだけだろ。安全なら、中に入るか」


 一瞬、寝ているということに誘惑されたが、首を横にブルブルと振るい、奏は気を引き締めてコンビニの中に入った。


 電気はついていないが、商品棚が倒れた様子はない。


 蛍光灯が点灯してないせいで暗いため、奏はリュックから懐中電灯を取り出して点けた。


 スマホのライトに頼らなかったのは、電波が通じなくてもスマホには多様な機能があるからだ。


 バッテリーの節約のため、懐中電灯を使ったのだ。


「おい、誰かいるのか?」


『俺様がいるぜ』


「知ってる。真面目にやってるんだから、邪魔すんじゃねえよ」


 バアルに静かにするように注意し、奏は店内を回った。


 しかし、店内の品物が陳列しているエリアには誰の姿もなかった。


 (バックヤードか、もしくはレジ裏か?)


 奏は目星を付けると、自分の今いる位置に近いレジの裏を確認した。


 懐中電灯で照らすと、そこには俯せで倒れている少女の姿があった。


 背の高さから、高校生と呼ぶにはかなり低いが、制服を着ているのだから高校生以上なのは間違いない。


 奏はレジを飛び越え、俯せで倒れている少女を軽く叩いた。


「おい、大丈夫か? しっかりしろ」


「うにゅっ・・・」


「うにゅっってなんだよ。うにゅって」


 力の抜けるような声を聞かされ、奏は苦笑いだった。


 それでも、深刻な状況じゃないとわかったので、奏は少女の体を壁にもたせ掛けてから、先にコンビニの中身を片っ端からかき集めて回収し始めた。


 30分後、店の中を売り場のスペースを空にするまで回収して、奏はレジに戻った。


「おーい、起きられるか?」


「うっ、眩しい」


 目を開けた途端、懐中電灯の光に照らされていたため、少女は呻いた。


 少しだけ待つと、少女は目が慣れたらしく、ゆっくりと奏を見上げた。


「ここはどこですか?」


「コンビニだよ。いや、ダンジョンの中とも言えるけど」


「ダンジョン? あぁ、紅葉もみじお姉ちゃんのラノベで、読んだことがあります」


 (紅葉お姉ちゃん? よく見たら、この子、あいつに似てるな)


 奏が似ていると思った相手は、奏にラノベを親切心から薦めてくれた同僚である。


「あのさ、君の名前は?」


「秋山楓です」


「君、あいつの妹か」


「ふぇ? 紅葉お姉ちゃんの知り合いなんですか? えーっと」


「あぁ、悪い。俺は高城奏。君の姉の同僚だ」


「えっ、高城さんって男性だったんですか!? 女性だと思ってました!」


 (まさか、秋山は俺のことを妹に話してたのか?)


 どうにも自分の話を聞いていたらしいと判断し、奏はこの場にいない同僚がその妹に何を話していたのかが気になった。


「俺が話題にされてたの?」


「ええ、そうなんです。紅葉お姉ちゃん、会社はブラックだけど、趣味をわかってくれそうな同僚がいたって喜んでましたから。まさか、男性だとは思ってませんでしたけど」


 (そういえば、薦められたラノベの感想を言ったら、秋山のテンション上がってたなぁ)


 思い当たる節があり、奏は楓の言い分に納得した。


「そっか。まあ、それは良いとして、高校生が土曜日の早朝バイトだなんて、大したもんだな。学生なら、もっと寝てて良いんじゃないか?」


「・・・高城さん、私、大学2年生です。成人済みです」


「なん・・・、だと・・・」


 楓が成人だったことに、奏は驚きを隠せなかった。


 だが、すぐにその考えを改めた。


 何故なら、楓の胸が並の女性よりも大きかったからである。


「高城さん、どこ見てるんですか?」


「あっ、ごめん」


「別に良いんです。私、慣れてますから。身長で中学生扱いされてから、胸を見られて納得することなんて、日常茶飯事ですもん」


「申し訳ない」


 奏は悪いと思い、直角に頭を下げた。


 その様子がおかしかったのか、楓は静かに笑いだした。


「フフフッ、高城さんは誠実な方なんですね」


「初対面の女性の嫌がることをしちゃったんだし、それにその相手が世話になってる同僚の妹となれば、謝らないはずがないだろ?」


「そうですね。でも、残念なことに、高城さんみたいな人はほとんどいないんですよ」


『奏、仲良く喋ってるところ悪いが、モンスターがこの店に近づいてきてるぜ』


「えっ、誰ですか!?」


 突然、この場にいない第三者の声が聞こえたせいで、楓は驚いた。


「えっと、秋山さん? で良いか? 悪いけど、説明は後だ。先にモンスターを倒す」


「楓と呼んで下さい。紅葉お姉ちゃんと被りますから、名前呼びで構いません」


「わかった。とりあえず、楓さんはレジの裏に隠れててくれ」


「わかりました」


 奏は楓がうなずくのを確認してから、店の外に出た。


 店の外に出ると、そこには蝙蝠の群れが押し寄せていた。


『ケイヴバットだな』


「蝙蝠だな。【サンダー】」


 バチィッ! ドサササササッ。パァァァッ。


 戦闘は、奏の攻撃から始まった。


 数を減らすつもりで放った【サンダー】は、奏の狙い通りに戦況を動かした。


「「「・・・「「キキィィィッ!」」・・・」」」


 スススススッ!


「うわっ、ヤバい!」


 身の危険を感じ、奏は後ろに大きく跳躍した。


 そうしていなければ、奏の体は飛ばされた風の斬撃で、なます切りにされていただろう。


「そらよ!」


 ドサッ。パァァァッ。


 空を飛ぶケイヴバットに対し、奏はバアルを思いっきり投げた。


 それがケイブバットの1体に命中し、魔石をドロップして消えた。


「よし、あと5体」


「「「「「キキィィィッ!」」」」」


 スススススッ!


 奏は今回、後ろに跳躍せずに、前に走って生き残ったケイヴバット達と距離を詰めた。


「【サンダー】」


 バチィッ! ドサササササッ。パァァァッ。


 近づかれるはずがないと油断していたケイヴバット達は、【サンダー】の射程圏内に入ってしまい、あっけなく倒されてしまった。


《奏はLv10になりました》


 戦闘の終わりを告げる神の声が、奏の耳に届いた。


 それから、周囲に散らばった魔石とカードの回収に移った。


「おっと、今回はモンスターカードか」


『遠距離攻撃ができるようになるぜ。早く喰わせてくれ』


「わかった」


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv10になりました》


《バアルの【サンダー】が、【雷撃ライトニング】に上書きされました》


《バアルは【空斬エアスラッシュ】を会得しました》


「バアル、スキルが上書きされたぞ?」


『奏、それで良いんだ。ぶっちゃけ、【サンダー】なんて、俺様にとっちゃ初歩中の初歩のスキルだ。【雷撃ライトニング】だって、まだ全然足りねえよ』


「攻撃するスキルが増えたり、強化されるのは良いんだが、マジで生産系のスキルが手に入らねえな」


『奏が強くなりゃ、いずれお前か俺が会得するさ』


「だと良いんだが」


「高城さん、大丈夫ですか~!?」


 戦闘と魔石等の吸収が終わったものの、奏が店内に戻ってこないので、楓が周囲の安全を確認してから外に出て来た。


 楓を放置していたことを思い出し、奏は楓の方に歩き出した。

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