第3話 30歳まで貞操を守った証じゃなくて良かった

 家を出た奏は、真っ直ぐに進んだ。


 というのも、奏の家を収納した先は壁で行き止まりだったからだ。


 近所の家はどうなったのかと思うかもしれないが、奏の家の前方以外はぎっしり壁だったから、奏はその疑問を抱かずにとりあえず前進することにした。


『ケケケ、なんだかんだでやる気あるじゃねえか』


「寝放題のためなら、やる時はやるんだよ。ベストプレイスを見つけるまでの辛抱だ。会社のデスマーチと比べたら、我慢できるはずだ」


『享楽に溺れるために、あえて苦難に身を投じるなんて、ヒューマンって面白っ!』


 どこぞの死神のように笑うバアルに、奏はムスッとした表情になった。


「おら、笑ってねえで、ナビしてくれよ。バアルなら、モンスターがどこにいるかとかわかんだろ?」


『まあな。つっても、今んところはしばらく一本道だから、奏が見逃すこともねえはずだぜ』


 それから、慎重に進むこと10分、洞窟内に奏以外の足音が響き始めた。


「敵か?」


『おうともよ』


「キチキチ」


「武装してる蟻? でかくね?」


『ソルジャーアントだな。棍棒に気をつけろよ』


 奏の前に現れたのは、人間大の二足歩行の蟻だった。


 ソルジャーという割には、手には棍棒を握っているだけで、鎧も盾も持っていなかった。


「キチッ」


「危ねえな」


 キィン、ドン。


『へぇ、悪くねえな。俺様で棍棒を弾いて、ケンカキックか』


「バアルのおかげで、STRが2倍だからな。蹴りも効くと思ったんだが、思った通りだ」


 棍棒を弾かれ、バランスを崩したソルジャーアントは、無防備な状態で奏のケンカキックを受けてさらに後ろに傾いた。


 ゴン! ドサッ。パァァァッ。


 奏は両手でバアルを握り、体制を崩したソルジャーアントの脳天に振り下ろすと、ソルジャーアントが倒れて消えた。


 その代わりに、魔石だけがそこに残った。


 シュゥゥゥッ。


 バアルに魔石を吸収させると、奏は訊ねた。


「なあ、スプリガンの時はカードもドロップしたのに、なんで今回はドロップしなかったんだ?」


『そりゃ、どのモンスターも魔石は絶対にドロップするが、カードは数パーセントでしかドロップしねえからだ。奏がスプリガンのモンスターカードをドロップしたのは、かなり運が良いんだぜ?』


「そうだったのか。そりゃ、運が良かったわ。それと、カードのことをわざわざモンスターカードって呼ぶのは、他のカードもあるからか?」


『ほう、よくわかったな。その通りだ。カードにはな、2種類あるんだよ』


 バアルは奏に質問されたついでに、カードの説明を始めた。


「モンスターカードと何カード?」


『マテリアルカードだ』


「マテリアルカード? モンスターカードと何が違うんだ?」


『モンスターカードは、俺様が喰えばスキルを会得できるが、他の奴らじゃ条件を達成しないとただのガラクタだ』


「条件?」


『数あるスキルの中に、【鍛冶ブラックスミス】ってのがある。このスキルを発動すると、モンスターカードに内包されるスキルを物に付与できる』


「なるほど」


 誰でもモンスターカードの恩恵を得られないと知ると、奏は自分の優位性を理解した。


『マテリアルカードの方は、モンスターによって定められた素材の絵が描かれてて、使うと絵の素材を手に入れられるんだ。中には宝石を落とす奴もいるぜ』


「すげえな、ファンタジー」


『だろ?』


「まあ、その資源のせいで、マテリアルカードの奪い合いに発展するかもしれないけど」


『ほぼ確実になる。生物は太古より争いあうように遺伝子レベルで決まってるからな』


 バアルは断言した。


 実際、奏も断言しなかったけれど、心の中では間違いなく争いが起きると思っていた。


『そんなことより、さっきのソルジャーアントが仲間を呼び寄せたらしいぜ。前を見てみろ。団体さんのお出ましだ』


「げっ、多いな」


 奏の前方には、5体のソルジャーアントの姿があった。


「「「「「キチィ!」」」」」


「やってみるか。【サンダー】」


 バチィッ! ドサササササッ。パァァァッ。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めて魔法系スキルを使い、モンスターを倒しました。初回特典として、<雷の魔法使い>の称号を会得しました》


《奏はLv3になりました》


《奏はLv4になりました》


 突然、神の声が聞こえ、称号なんてニューワードが出たことで、奏は首を傾げた。


「バアル、称号って何?」


『説明すっから、まずは魔石を喰わせろ。それに、モンスターカードがドロップしたぜ。あれも喰わせろ』


「へいへい」


 シュゥゥゥッ。


 奏がバアルを魔石とカードに近づけ、バアルがそれらを吸収した。


《バアルがLv3になりました》


《バアルがLv4になりました》


《バアルが【打撃ブロー】を会得しました》


 再び、神の声が聞こえた。


「バアル、説明」


『わかってるって。称号ってのは、持ってるだけでずっと効力を発生するもんだ。<雷の魔法使い>なら、雷系のスキルの威力を1.5倍にするぜ』


「30歳まで貞操を守った証じゃなくて良かった」


『は?』


「なんでもねえよ。【自己鑑定ステータス】」


 バアルの説明を聞いた奏は、レベルが1上がるごとに、自分の数値がどれだけ伸びたか確認し始めた。


-----------------------------------------

名前:高城 奏  種族:ヒューマン

年齢:25 性別:男 Lv:4

-----------------------------------------

HP:20/20

MP:20(+20)/20(+20)

STR:20(+20)

VIT:30

DEX:20

AGI:30

INT:20

LUK:20

-----------------------------------------

称号:<雷の魔法使い>

スキル:【自己鑑定ステータス】【睡眠スリープ

-----------------------------------------

装備:バアル Lv:4

装備スキル:【サンダー】【道具箱アイテムボックス】【打撃ブロー

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 (なるほど。レベルアップすれば、MPは全快するのか。それなら、多分HPもだろうな)


 自分のデータを見ることで、奏はレベルアップの仕組みについて少し理解を深めた。


『良かったな、奏。魔法系スキルだけじゃなくて、物理攻撃系のスキルも手に入ったじゃねえか』


「まあな。でも、それよりも生産的なスキルがほしい。強くなるのは良いが、生活能力も上げたいところだ」


『贅沢な奴だな。俺様の主なら、もっと好戦的になろうぜ?』


「やなこった」


 戦うことよりも、寝ることの方が大事な奏にとって、好戦的になる理由はない。


 考えるまでもなく、即座にバアルの誘いを却下した。


 それから、再び前進し始めると、10体のソルジャーアントが待ち構えてた。


『ケケケ、天は奏に戦えってよ』


「はぁ、うっさい。【サンダー】」


 バチィッ! ドサササササッ。パァァァッ。


 9体のソルジャーアントに、雷が落ちた。


『おいおい、撃ち漏らしがいるぜ?』


「嬉しそうに言うんじゃねえ! わざとだ! 【打撃ブロー】」


 ドン! ドサッ。パァァァッ。


 残った1体に近寄り、奏は【打撃ブロー】で倒した。


 最初から、奏は1体だけ残して倒し、【打撃ブロー】を試すつもりだったのだ。


 戦闘好きではないにしろ、頭を使って戦う奏を見て、バアルはニヤニヤしていた。


 いや、正確にはバールに顔がないのだから、バアルが笑う表情は見せていないのだが、声が笑っていたのだ。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めて物理攻撃系スキルを使い、モンスターを倒しました。初回特典として、<撲殺戦士>の称号を会得しました》


《奏はLv5になりました》


《奏はLv6になりました》


《奏はLv7になりました》


《バアルはLv5になりました》


《バアルはLv6になりました》


《バアルはLv7になりました》

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