スティール・ライフ2 -虹が落とす影は何色か-

久納 一湖

スタンバイ

 早朝の海が好きだ。

 

 沖に出たヨットの群れや波に乗るサーファーたちを眺めて、彼女は浜辺を歩いていた。朝日が昇り始めると、海面と砂浜がじわりと照らされて次第に色が浮かび上がってくる。そんな朝。


 粒子の細かい砂浜は生暖かく、でも少しだけヒンヤリしていて、わざと足の甲まで潜らせては誰もいない場所へ思い切り蹴り上げて砂を飛ばしてみたりする。聞こえるさざ波の音は未だ眠っている街を起こさないように、少し控えめに砂浜を打っているように聞こえ、彼女はそれを健気に思って少し微笑んだ。今朝の波は、気が利く波だ。


 朝日がもう数センチ昇るころになったら、街のみんなは目を覚ますだろう。それぞれが、それぞれの日常を変わりなく過ごして、変わりなく日が終わる。


 いつもと少しだけ違うのは、今はカーニバルの時期だということだ。観光客がひっきりなしに訪れて街は一段と活気づき、歓喜や興奮に満ちた時間で埋めつくされる。どこからともなく楽器の演奏が聞こえてきたと思えば、いくつも設置されたステージではライブやダンスなどのパフォーマンスが催される。それと並行するように、アルコールの熱が、夜ごとに人々の体温と快楽を増幅させ、時には波が引くように思考を停滞させたりもする。それが連日飽きることなく続く。


 マリンスポーツのアクティビティができる浜辺周辺には、彼女が早朝散歩からの帰路につく頃に人が集まり始める。準備にとりかかるスタッフ達は、水着にシャツと半ズボンを着用した若者が多く、誰もが日焼けをして健康的に見えた。  

 

 彼らとはもうすっかり顔なじみで、通るたびに簡単な挨拶を交わす。向かいからは、まだ眠たそうな瞼を擦りながら、恐らく観光客だろう。スポーツウェアと水着の中間のような恰好で、浜辺への道を下って行った。流行りの早朝アクティビティでもあるのだろう。振り返りつつ、彼女は街への道をゆっくり上った。戻る頃には妹も起きているだろう。

 今朝は何を食べようか。今日のサンドイッチの仕込みは何からやろうか、…などと考え、賑やかに装飾された街中を軽い足取りで進んでいった。

 

ここは海と火山に囲まれた観光都市テグストル・パールク、別名”虹色の街”。

彼女はこんな日常がずっと続くと思っていた。今日、彼らが訪れるまでは。


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