第六話 宿命が彼の名を呼んだなら-6
その帽子がハサミの下に届いたのは
幼いハサミは仕事で家を留守にしがちな姉と離れて、スカルプリズンの一角にあるマンションに一人で暮らしていたが、自分の誕生日に合わせて姉が日本から帰ってくると聞き、彼は誕生日を待ち遠しく思っていた。
だが、彼が十二歳になる日、姉ではなく、当時彼女のボディーガードを務めていたフモウがハサミの家を訪れた。
「貴様の姉は死んだ」
今と変わらない仏頂面でそう言い渡して、フモウはハサミに小包を差し出す。
「これは私が貴様の姉から預かっていた品だ」
ハサミがフモウの手から小包を奪い取り、その場でラッピングを破く。
ハサミはフモウが冗談を言っているのだと思っていた。
小包から出て来たのは何の変哲もない野球帽だったので、それが誕生日プレゼントだとは思わず、まだ何かサプライズがあるのではないかと期待した。
『オマエガ、ツムジノオトウトカ。イイカヨクキケ、アノオトコノコトバハホントウダ』
だが、頭の中に響いた声を聞いて、現実を理解してしまう。
ハサミは帽子を抱きしめて嗚咽を漏らした。
『……ナクナ。オトコハナミダヲミラレテハイケナイトオマエノアネハイッテイタゾ』
ハサミは声が腕の中の野球帽から聞こえてくることに気づいた。
『オレサマガ、キョウカラオマエノ『アニキ』ダ』
× × ×
『――おい、おい……おい! ハサミ! 聞こえてるのか!』
ハサミは傾狼に呼ばれて瞼を開く。
ショッピングモール襲撃予告の日、ハサミと傾狼はフードコートの椅子で休憩していた。
ハサミは人々に紛れ込むため、スカジャンとジーンズのラフな格好をしており、頭には学生帽ではなくニット帽を被っていた。
「聞こえてるよアニキ、少し昔のことを思い出してぼーっとしてただけだ」
『しゃんとしろ! COMBはいつ現れるかわからねえだろ!』
「もちろん、不審な輩は一人たりとも見逃さないつもりだよ。それよりもアニキはちょっと黙っていた方が良い。喋る帽子なんてほとんどの人は気づかないだろうが、アニキの存在はあまり大勢に知られるとまずい」
『あァン? メンドクセーな……』
ハサミはスマホで現在の時刻を確認する。
ロック画面のデジタル時計は丁度正午を差していた。
「そろそろ怪しげな行動をする奴が見つかりそうなものだが――」
ハサミがそう言いかけた瞬間、遠くから爆発音が鳴った。
「ぐはあああっ!」
警備員たちが悲鳴を上げて倒されていく。
「オラオラァ! テメエらパンチが足りねえんだよォ!」
「ヒャッハァ! 予告しておいた割には警備ぬるすぎじゃねー?」
ショッピングモールを襲撃してきたのは三人組の男たちだった。
一人は栗色髪のリーゼント、その隣にいるのは亜麻色髪のモヒカン。
そして、二人の背後には赤髪アフロヘアの男がいた。
三人はお揃いの黒い革ジャンを羽織っており、アフロヘアの男だけはサングラスを掛けていた。
「よォし! リーゼ、モッヒー、その調子でやっちゃいNA! 俺はここで待ってるZE!」
アフロヘアの男は広場のステージに上がると、肩に背負っていたラジカセを壇上に置き、ラジカセから陽気な音楽を流し始める。
「ジャッ、ジャッ、ジャァーン! ジャッ、ジャッ、ジャァーン! 見せてやろうZE! 俺らのパワァ! スリートゥーワン! アーユーレディ?」
「「YEAH!」」
二人の男が暴れ出す。
一人はリーゼントをパンチのように撃ち出して壁やガラスを破壊していき、もう一人はモヒカンを丸ノコのように駆動させてあらゆるものを切り刻んでいく。
ショッピングモールにいた買い物客たちは慌てて逃げ出していくが、二人の男は破壊を続けながら逃げ遅れた客を追い詰めていく。
「逃がしはしないZE、ギャラリーたちYO! 俺らのライブを見ていけ、聞いてけ、楽しんでけYA!」
警備員では歯が立たず、断髪式の到着まで三人は誰にも止められないと思われていた。
だが、どこからか投げられた一本のすきバサミによってラジカセが貫かれ、唐突に音楽が止まる。
「これでようやく静かになった」
『耳障りなライブは中断させてもらうぜ!』
吹き抜けになった広場の二階の手すりの上にハサミは立っていた。
「なんだテメエは!」
リーゼントの男はハサミに向かって叫ぶ。
「俺は右左原ハサミ。断髪式副隊長だ」
『俺様は傾狼! 二人合わせて傾奇者ブラザーズの参上だ!』
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