第13話 お姫様の依頼に応えよう!

「よくまいった」


 ほえー。

 現代だとプリンセスっていうのはもはや偉そうにしていないが、さすが異世界だ。大河ドラマの姫様みたいな口調じゃないですか。


「私がプァンピー。こちらがカオスと申します」


 プァンピーが挨拶をした。

 俺はと言うと困惑していた。彼女が遠すぎるから。

 城は行政機関でもあるが、戦争のために作られたものなのだろう。会議室のような場所に案内されると思っていたら、まさか玉座の間とは。

 ここには兵士が何百人と入れるのだろう、広い。そして天井が高い。

 物々しい警備がいるわけではないが、数メートル離れた玉座に座った姫様は顔がよく見えない。俺はメガネが無くても生活はできるのだが、車を運転するときはメガネが必要な視力なんだ。しかも扇子のようなもので顔を隠している。よく見えない。

 とりあえず大きな椅子にちょこんと座っている姿は愛らしく、露出の多いドレスも大変可愛らしいことはわかる。

 ただ、どうやらまだ子供っぽいんだよね!?

 どう見てもプァンピーより若いだろう。下手したら小学生かもしれない。

 いくらお姫様と言われましても……ちょっとこう身分の違いのない世界の出身者的にはあまり嬉しくなかった。

 日本のビジネスマンなんで握手をするような文化じゃないが、呼び出しをしておいておこちゃまに遠くから挨拶されるのは無いだろう。

 いや、正直なところキレイなお姫様の顔を見られると思っていた期待が裏切られてがっかりしているだけかもしれない。

 ほら、もうこの世界が理想と違うことはもう諦めてきているんだけど、勇者と姫ってカップリングになるパターン多いじゃん? 俺、勇者じゃないけど! ちょっと期待するじゃん!

 くそ、もうさっさと帰りたい。


「カオスです。ご用件はなんでしょうか」

「ちょ、ちょっと、ボス。もっと腰を低く」


 お姫様こそ腰を低くしたらどうだと思ってしまいますね。俺はちゃんと敬語使ってるじゃん。


「よい。田舎者には慣れている」


 はー?

 こちとら東京二十三区の出身なんですけどー!? 電話番号が03だったんですけどー? 車は品川ナンバーだったんですけどー?

 寛容と思わせておいてマウントを取りに来るとか。この世界に来て初めてイラッとする人ですね。


「お主はなにやら知恵が回るとの評判を聞いた。であれば、今この領地における問題も解決できるのではないかと期待している」

「わー。すごいすごい、ボス、これは名誉ですよ!」


 なーにが名誉だ。なんか頭がいいらしいから呼んだって、一休さんとか吉四六さんみたいなもんじゃねーか。セールスプロモーションはとんちじゃないんだよ。冗談じゃねえよ。

 まぁ、屏風からトラを出せとは言われないだろう。一応話は聞いてやるか。


「どんな問題でしょう。俺にできることは限られていますけど」

「うむ。我が王国は戦争が終わって、経済的な成長を必要としている。そのために必要なのはなんといっても教育」


 ふーむ。俺が先生になるとか? 学園モノの教師として無双して生徒たちからモテモテになるのか……しょうがない、そのルートに進もう……。勇者よりそっちの方がいいかもしれない。


「そこで教師を募集しているのだが、まったく集まらない」

「そこで俺が教師になるということですね?」

「ちょっとちょっと、文字も読めないのに何言ってるんですか」

「お主は文字も読めんのか? お主のようなもののためにも早く教師を集めなければ」


 ……俺YOEEEEEE! なんだよ、完全にアホ扱いじゃん。チキショウ! もうやだ日本帰る!


「お主に頼みたいのは、教師ではなく教師集めだ」


 なるほどね! それなら納得だね! でもね、それは販促じゃ解決できないんだよなあ……。とはいえ、俺に出来ないかどうかはわからない。


「今はどういったことをしてるんですか?」

「城の前の掲示板に告知している」


 なるほど。城の前ね。

 それなりに人は見ているからなおさらそれでいいと思ってしまっているのだろう。

 しかもおそらくだが、単に条件だけを書いてるんだろうな。これは広報ではあるが宣伝ではない。

 広告と販促と広報は親戚のようなものではあるが、まったく違うものでもある。このへんは普通の生活者にはわかりずらい点だと思うし、この姫様もわからないのだろう。


「領主の出した告知なのだから、みな閲覧はしているのと思うのだが」


 んなわけないのよね。それで済むなら誰も苦労しない。


「なるほど、うまくいかない理由はわかりました」

「余のやり方が間違っていると?」

「間違ってますね」

「ボス! 失礼ですよ~! 相手は領主様、お姫様なんですよ?」

「俺は相手の身分に興味なんてないね。ましてや名前も顔も知らない相手だぞ」


 名刺持ってないならせめて名乗れっつーの。


「なっ、姫様の名前も知らないんですか?」

「文字が読めないのはまだわかるが余の名を知らない者がいるのは想定外だな」


 バラエティ番組で日本の総理大臣が誰か知っていますかと聞かれて答えられない人みたいな扱いをされてしまった。また俺なんかやっちゃいました?


「だって誰も名前言わないし……」

「姫様のお名前を言うなんて失礼だからですよ!」


 まあそれはわからんでもないな……社長のことは社長って呼ぶもんな。鈴木さんとか言わない。でも社長の名前くらいは面接前に調べておくのが常識。どうやらやっちゃったらしいですね?


「しょうがない、ちこうよれ」


 おっ、今更ながらに名刺交換ですかね。いや、名刺を配る文化ないけど。法人っていう概念すらないけど。

 カツカツと石らしき床を歩き、2段階段を上がると玉座の前まで来た。というのに姫様は座ったままです。普通立つよね。


「余の名前はリンセス・キンダ……」「うわっ、可愛い!!」


 彼女が自分の名前を言い終える前に、俺は驚きのあまり叫んでいた。扇子を外して近くで見た少女は、1万年に一人の美少女だった。

 さらさらの長い金髪に、大きな目の中の瞳は青く、白磁の頬に赤みがさしている。この町で見た女性は東南アジア系の女性が多い印象だったが、ロシア系の顔立ちだった。まだ幼さを残しているが、これほどのルックスは見たことがない。歴代最強のCM女王になれるぞこれは。


「なっ……」


 びっくりというか、あっけに取られたような表情を見せる。なぜだ。これだけ可愛ければ可愛いと良い慣れているだろうに。


「バカ! カオス! バカちん! 姫様に失礼だって言ってるでしょ!」


 首根っこを捕まれ、プァンピーに強制的に元の位置まで戻される。なるほど、確かに。名前も言っちゃいけない相手だった。


「すみません、本当にうちのボスがバカで」

「う、うん。ちょっと驚いてしまった」

「俺はちょっとどころじゃない驚きでしたけど。いくらなんでも可愛すぎて」


 げしっ!

 ものすごい勢いで足を踏まれた。痛い。しかし、テンションが上りすぎてよくわからない。


「ん。ごほん。それでだな」


 こうなってくるとわざとらしく咳払いをして話題を元に戻そうとしている態度も可愛らしく思えてくるから不思議だ。やはり可愛いは正義だったんだ。


「何が間違いだったというのか」

「あ、ああ。えっとですね。俺たちもあそこでタバコを配ったんですけども」


 プァンピーの射抜くような目線が痛い。俺の口調が一変したからだろう。お姫様に失礼のないようにしゃべってるんだから、褒められこそすれなんでそんな目をされねばならぬのだ。お姫様を敬うのは当然ですよ。


「それはあの場所が経営者の方が多いからです」


 城の前の掲示板に張り出される内容は、政府からのお達しや為替の情報、貿易や他の町の情報が主だった。それを見に来るのは自然と商売をしている人、店舗を運営する人、法律とか会計の事務所をしている人などになる。つまり日本で言えば中小企業の社長や個人事業主、士業の人たち。小さな広告代理店や印刷会社にとってはメインのクライアントだ。


「なので俺たちの商売の相手となりそうな人がいっぱいいたわけですが、教師の募集となると逆効果ですね。そういう人は転職する可能性が低いからです」

「ふむ、なるほど」

「ですから、こういうときは広告を打つことになります」


 広告と販促の違いを正確に説明すると多少めんどくさいことになるので、ここでは簡単に広告媒体を使うものを広告とする。

 販促とは店頭か店内、もしくは自社のWebサイトやメールなどによって販売を促進するものだ。

 対して広告とはテレビやラジオ、新聞や雑誌の4つのマスメディアを中心としてブランドや商品のことを知ってもらうことを目的としている。

 今回のような人材募集となると販促ではどうにもならない。転職してくれたら景品プレゼントというわけにもいかない。そんな動機で志願してくる人は雇いたくないからだ。


「広告?」

「ええ。新聞とか」

「新聞?」


 姫様は小首をかしげた。可愛い。可愛いけど、新聞をご存じないのは困ります。


「プァンピー、新聞ってないの?」

「なんですかそれは?」

「テレビは? ラジオは? 雑誌は?」

「聞いたことないですねえ」


 ガク―――ッ。

 膝から崩れ落ちた。

 いや、確かに異世界にテレビがあるとは俺も思ってなかったけど。魔法で動くバスとか印刷とかあったからね? 識字率だって高いし、新聞くらいあるかと思ったよね?

 なんてこった、大衆マス向けの媒体メディアが1つもない世界とは。

 もちろんインターネット広告も不可能だ。媒体が無ければ広告はやりようがないぞ。


「なんだ、どうにもならないのか」


 うう……がっかりされるのが一番つらい……。この仕事はクライアントのために提案をする仕事なので、そのクライアントに提案すら出来ないというのは堪える。

 あと単純に美少女にいいところを見せたいので悔しい。


「ボス、よくわかりませんが、ポスターを貼る場所の問題なんですよね?」


 優しい声をかけてくれるプァンピー。そうだね、まさにそうだよ。


「経営者じゃなくて、教師に転職してくれそうな人に見せるっていうことですよね?」


 そうなんだよ。それがターゲティングなんだよ。広告を見せたい相手が見そうな媒体に掲載するのが一番大事なんだよ。相手は街で働いている人だよ~。でも媒体が無いんだよ~。テレビもねえ、ラジオもねえ、車もそれほど……。


「あっ」


 そうか、そうだ。

 その媒体ならあるじゃないか……!


「わかった、わかりましたよ。ちょっと費用はわからないから後で見積り送ります!」

「あっ、待ってくださいよ、ボス―」


 はやる気持ちを抑えつつ、城から出る。

 よっしゃ、これできっと解決できる。

 そして、お姫様を喜ばせてあげられる!

 さぁ、向かう先は……


「プァンピー、バスの運営って誰がやってんの?」

「え? そりゃあもちろん行政ですけど」

「行政って……」

「お城ですね」

「それって……」

「姫様ですね」


 俺たちは、すごすごと戻った。


「なんだ。もう見積りが出来たのか」

「いや、あのー、そのう」


 顔から火が出そうとはこのことだった。プァンピーも非常に恥ずかしそうにしており、非常に申し訳ない気持ちでいっぱい。ほんとごめんね。

 姫様に改めて説明をする。


「なるほど。通勤バスの車内にポスターを貼るのか。凄いことを考えるな」


 姫様は……いや、リンセスちゃんは顎に人差し指をぴこぴこ当てながら感心していた。こんな可愛い顔を扇子で隠すとか人類の損失だ。

 しかしこれは凄いことでも何でも無い。ごく普通の交通広告だ。電車やバス、駅などの交通機関を媒体として扱う広告の種類。極めてありふれたものです。

 当然だが、通勤に利用されるわけなので会社員向けの広告が多い。


「それが広告です」

「広告……」

「広告ですか……」


 姫様とプァンピーは深く頷いている。この世界に広告が生まれたぞ。やっぱり俺TUEEEE!

 さって、広告を出す場所は決まったけど、募集要項だけ載せても駄目です。


「後はクリエイティブですけど」

「なんだそれは」

「ポスターも見栄えするものにしないと見てもらえないので」

「それは任せる。内容は既存のものと同じにしてくれればよい」

「わかりました!」


 任せてくれるのは助かる。こういったすり合わせは時間がかかるので。


「それで、費用は? さっき見積りを持ってくると言っていたが」

「あ、今回の教師の募集が終わった後、他の仕事でも俺たちにポスターを貼らせてもらえるなら無料でいいです」

「なるほど。バスにポスターを貼る権利で十分ということか。確かに今となってみれば価値の高いものだとわかるが、今まで誰もやらなかったことだし、いいだろう」


 よっしゃ!

 広告媒体を無料で使い放題だ! これはとんでもないことですよ!

 通常、広告代理店が仕事を受注したら8割くらいが媒体費になる。そう、利益は2、3割がいいところで、ほとんどは媒体が利益を得るのだ。それが! 無料! 利益率100%! やばい!


「三年間は、お主が自由にしてよい」


 期間限定! 賢い! さすがリンセスちゃん。三年でも十二分だ。そもそも今回は相手が媒体を持っているという異常事態なので、請求しにくい。コンサルタント費とか企画費だけもらうってあんまりしないのよね。


「ありがとうございます、十分です」

「では、教師の募集についてはよろしく」


 よろしくと言われたので、張り切ってやるしか無い。

 俺はこれしか無いというポスターをプァンピーと一緒に、マホッチに依頼した。


 数日後。

 俺たちはまたお姫様に呼び出された。


「もう募集が来すぎちゃいましたか? いやー、お礼なんて別にいいですよ?」

「違う……」

「え?」

「違うわ! な、なんというポスターを作ってるんだお主は!?」


 俺たちが作ったポスターは、にこにこ笑顔のリンセスちゃんの写真に吹き出しで「先生を募集中だよ! この街の未来のために、みんな応募してね♡」と言わせるものだった。何か問題でも?


「は、恥ずかしいではないか!」

「いや、ものすごく可愛いですけど」

「正直、いいものを作ったと思います」

「お、お主まで……」


 リンセスちゃんはドヤ顔のプァンピーに泣きそうな顔を向ける。プァンピーはこういう印刷物なんかのクリエイティブに関してはこだわりがあるので、お姫様相手でも一歩も引かない。


「そもそも、なんでこんなことをする必要があったのか」

「そりゃ、広告ですから。文字だけのポスターがバスに貼ってあるだけじゃ誰も目に入らないですよ」


 広告主は自分が普段広告なんて見向きもしない割に、自分たちの作った広告は見てくれると思いがち。もちろん基本的に見てもらえないものだ。

 だから、高い金額を使って人気のある芸能人とかを起用するのであって、遊びじゃないのよ。自分に興味のある要素がなければ目にも映らない。

 そして今回は10万年に一度の美少女がいたのだから使わない手がない。


「そうです。興味のあるものしか見ないんですよ、デザインとか大事です」

「いや、それにしても」

「可愛い女の子が見えれば、それは見るでしょう」

「ぐむ」

「そうです。女性でも注目するほど可愛いポスターにしましたからね」

「しかし」

「クリエイティブは任せるって言ったじゃないですか」

「うむむ」

「そうですよ。出来上がりに不満ならともかく」

「……」

「結果に不満ならともかく」

「わかった、わかった」

「わかってくれましたか、リンセスちゃん」

「わか……リンセスちゃん!?」


 うっかり姫様をリンセスちゃんと呼んでしまったことによって、それについては叱られた。プァンピーにも叱られた。むしろプァンピーにはこってり叱られた。

 しかしとりあえずポスターは許可され、その後募集数は増加して、教師は増えた。

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