第3話 夜も食堂に客を呼ぼう!

 

 いつもの食堂で俺は遠慮がちに手を挙げた。

 正当な対価であるとはいえ、タダ飯を要求するのはなんとなく気が引ける。

 すぐに反応して近づいてくるエプロンドレスに身を包んだ彼女は、


「ご注文はプロポーズですか?」


 と、とびっきりの笑顔で言った。

 ウィットに飛んだ冗談のつもりならいいのだが、もう三回目なのでくすりとも来ない。


「いや、日替わりで」


 淡々と注文を告げると、トレスはにこやかな表情を保ったまま会話を続ける。


「ご一緒にデートのお誘いはいかがですか?」

「あいにく追加注文できるほど、財布に余裕がない」

「現在、初回に限って無料となるお得なキャンペーンを開催中でーす」


 思わず、少し吹き出した。

 美少女とのデートの初回無料キャンペーンとはね。なんて魅力的な販促なんだ。


「トレスもすっかりプロモーションがわかってきたみたいだね」


 笑いながらそう言うと、彼女は眉根を寄せながら少し体を縮こまらせた。


「プ、プロポーションは、そんなに自信ないけど」


 ――ッ!


 駄目だ、もう笑いが抑えきれない。


 プロモーションとプロポーションか。

 くく、くだらないが、これはホントに間違えてるんだな、可愛い。

 ダジャレでこれほど笑うことになるとは。


「くっくっく……」

「そんなに笑わなくても」

「ち、違う、トレスはスタイル良いよ、それは間違いない」

「う~ん、もう。じゃあもっと興味持ってくれてもいいじゃない。ほんと、褒めるだけ褒めちゃってさ」


 トレスはわざとらしくため息をついて、厨房に日替わりの注文を連絡した。

 普段から彼女を見ていると食堂内を動く度に、数多くの男性の視線が注がれているのがわかる。

 いわゆる看板娘ってやつだ。俺には高嶺の花に過ぎるね。


 しかし、初回無料キャンペーンを提案してくるとはやられた。


 この食堂は、クーポン配布によってランチの集客に成功したのだが、その後で夜の売上が芳しくないことを相談されたのである。そのときに提案したのが、最初のドリンク無料キャンペーンだ。

 要するに昼飯を食いに来た客に、今日の夜来店すると一杯無料で飲めますと言うわけだね。

 思ったとおり、酒が一杯無料と聞いては来ないわけにいかないという客は多かったと聞く。

 勿論条件は付ける。三皿以上料理を注文する、とか。利益が十分に確保できるのであれば売上は確実に増える。あくまでも一杯をプレゼントするだけで割引じゃないからだ。

 この店はスパークリングワインを親戚から買っているから原価が安い。親戚もいっぱい売れるなら更に値引きしてくれるっていう条件をのんでくれた。結果、夜の売上は一気に増えた。スパークリングワインには食欲を向上させる役割もあるし、本当に一杯だけ飲んで終わりにする客も少ない。ちょいと一杯のつもりで……という昭和歌謡もあるが、やはり乾杯だけ、なんて言っておきながらベロベロに酔っ払った男を何人も知っている。

 結果、売上はかなり増加した。


「はい、日替わりね」


 トレスがランチタイムには早めのランチセットを運んできてくれた。混雑時にお邪魔するのは心苦しいので、空いてくる時間帯に来ることにしている。しかし金が無いから朝食なんて食べる事はできないので、腹はペッコペコである。だからブランチと呼んでもいいが、なんせ食欲旺盛な頃の体で転生しているので、本当は3食きっちり食べたいところだ。とはいえ、食事の量は一般的な日本の食事よりはボリュームがあるので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。


「いただきます」


 俺が食事を始めようというのに、なぜかトレスは向かい側の椅子に座った。この店にはカウンターというものはなく、ぜんぶ木でできた長テーブルと長椅子だ。

 いくらまだ他に客が来ていないにしても、食事をするところを眺めてもらうのは不自然だ。

 音を立てないように気をつけながらスープを啜りつつ、どういうつもりなのか表情を伺っていると彼女は少し真面目な顔をした。


「カオスはさ、レストラン以外の売上も回復させられるのかな?」

「というと?」


 先程までのからかうような表情はすっかりなくなり、真剣な瞳が俺をじっと見ていた。正直、その方が照れてしまうのだが、雰囲気を壊さないよう脳みそを商談モードに切り替えた。おそらくこれは、次の仕事につながる話だ。


「友達の両親が宿屋をやってるんだけど、やっぱり冒険者が居なくなってからずっと閑古鳥が鳴いてるらしいの」

「宿屋ね」


 ホテルとか旅館とかましてやB&Bなんて言い方じゃなくて宿屋っていうのがイイ。俺はそういうファンタジーっぽいワードに惹かれるね。


「今はどうしてるの?」

「どうしてるっていうのは? オープンしてるよ、毎日」

「いや、そうじゃなくて、宣伝とか」

「あー、そういうのはわかんないな。冒険者って宿屋を探しに来るからわざわざ宣伝なんかしたことないんじゃないかな」


 ああ、まあ理解はできるな。昔のロールプレイングゲームだったら、街についたらそこらへんの人に片っ端から話しかけつつ、宿屋の場所を探すものだ。

 しかしホテルなんて、今どきだったら宿泊施設のサイトに登録するとかリスティング広告を打つとか、デジタル施策がほとんどだけどこの世界じゃそういうのが出来ないからな。

 ちなみにリスティング広告とはWEBで検索したときに出てくる広告だ。東京のホテルなら「東京、ホテル」で検索したり「近くのホテル」とかで探している人に表示させるのが効果的だ。

 この世界で俺になにかできることはあるのだろうか。

 鶏ではなさそうだが味は似たような感じの半熟卵を咀嚼しつつ、


「とりあえず、現場を見てみるよ」


 と、言うと彼女は軽くお礼を言いながら地図を描き始めた。

 なんにせよ、トレスがこんなに真剣に相談してきたことを無下にするわけにはいかないし、どうせ暇だ。なんとか仕事に発展させるよう頑張るしか無い。

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