⑥アチの世界で魔女が電子機器を操作する

「なぜか、体の節々が痛む?」

 自分の老いた手を見たメッキが驚いた声を発する。

「なんじゃこりゃ? このジジイの姿はいったいなんだ!?」

 老人になったメッキは、シワだらけの両手で自分の顔を撫で回した。

「どういうコトだ? さっきまで若かったのに……おい、桜菓。説明を……」

 振り向いた勇者は、そこに太ったおばさん魔女の姿を見た。

「誰だおまえ!?」

「ふーっ、ふーっ、桜菓だよ……そういうジジイのあんたは、メッキか? そうか『後ろ時間の対価』とは、老人の姿になるコトか」

 苦しそうな息づかいをする豊満な体格の魔女。

 腰を擦りながら、メッキが桜菓に質問する。

「この、ジジイなった悪魔の呪いは解けるのか」

「それは呪いじゃない……対価だ、願いを叶えたあの悪魔が言っていただろう……『悪心を対価の証拠にする』って、メッキの心に良心が増えれば若い姿にもどる」

「桜菓の、その姿も対価か?」

「ふーっ、ふーっ、この姿は対価じゃない……対価の、とばっちりを避けるために自分で自分に呪いをかけた……インフルエンザのワクチン接種みたいなもんだな。自分にかけた呪いは強力過ぎて完全に解くには、時間を必要とするが」

「インフルエンザ? ワクチン接種?」


 桜菓は、アチの世界からコチの世界に来ていたパーティー仲間から、コチの世界の情報を頻繁に仕入れていたので、メッキには理解できない単語をたまに使う。

 太ったおばさん桜菓がメッキに訊ねる。

「これから、どうするつもり」

「決まっているだろう、魔王を見つけ出して一太刀浴びせる……この勇者の剣で」

 顔にパンダの目の黒模様と、ネコのヒゲが落書きされた老勇者は鞘から引き抜いた、木の棒を剣のように掲げる。


 数分の沈黙後……メッキが桜菓に訊ねる。

「オレの剣はどこへいった?」

「骨董商の鑑定士に預けた……今ごろ気づいたのか」

「なにぃぃ!?」

 桜菓はメッキが何かを言おうとしているのを無視して、開いた魔導書の魔法円ページから、光沢がある黒い金属版のようなモノを取り出した。

 薄い石板のような感じの初めて見る、不思議なモノを桜菓に訊ねる。

「それなんだ?」

「インターネット端末のタブレット……コッチの世界の万能魔具。これで魔王を探す」

「はぁ??? おまえ、なに言っているんだ?」

 桜菓はメッキの問いを無視して、タブレットで魔王を検索する。

「ヒットした……ほうっ、アチの世界では魔王が悪の組織を……ふむっ、ふむっ、えっ!? あの赤ん坊だった魔王の息子が!? そういうコトか」

 桜菓はある方向を指差す。

「こっちの方角に魔王城がある」

 桜菓は空中に指先で描いた魔法円の中から、魔法のホウキを取り出すと。

 太ったおばさん姿でホウキの柄に股がる──魔法のホウキの柄が重さで曲がり。ホウキが空中に数センチだけ魔女を乗せて浮かぶ。

 現在位置からタブレットで検索した、魔王城への最短ルートを進む桜菓の後から、棒を杖代わりにしてついていくメッキがポツリと。

「桜菓……おまえ、魔女だよな」

 そう呟く声が聞こえた。


 ホウキで浮かんだ桜菓の後ろから、腰を屈めてヨタヨタと牛歩してくるメッキに向かって桜菓が言った。

「もう少し早く歩けないのか、そんな速度で歩いていたら日が暮れる」

「しかたがないだろう、ジジイなんだから……おまえみたいにホウキで、浮かんでいるんじゃないんだから」

「しょうがないなぁ」

 桜菓は歩道に設置されている自動販売機の周辺に放置されている、空き缶を指差して言った。

「あの外に放置されている缶を、ゴミ箱に入れろ」

「なんでオレが、そんなコトを」

「いいから、言われた通りにやれ」

 ブツブツ文句を言いながら、空き缶を片付ける老人メッキ。

 散らかっていた缶をゴミ箱に入れて、痛む腰を伸ばしたメッキに桜菓が言った。

「どうだ、少しはスッキリした気分だろう」

「まぁな」

 ボンッという白煙と共に、メッキの姿が若者にもどる。

「若者にもどった!?」

「悪心と良心の比率関係で若返ったり、老いたりする……若いままでいたかったら悪心を抱かないコトだ。さてと、こっちも痩せるか」

 そう言うと桜菓は、腰のベルトに付いている薬草ケースの中から、薄く切った青い渦巻き模様のナルトを一枚取り出して口に入れる。

 白い煙と共に、痩せた娘姿の桜菓が現れた。

 メッキが言った。

「なんだ、おまえも簡単に元の姿にもどれるじゃないか」

「言っただろう、呪いは完全には解けないって……油断してリバウンドすれば太る。まぁ、メタボ体型も便利な時があるから利用させてもらう」

「どんな風に?」

「デブは電車で二人分の席を確保できる」

「…………??」


 数分後──メッキと桜菓は、高い城壁に囲まれた魔王城前に到着した。

 壁の向こう側に火山の噴煙が見える、魔王城を見上げてメッキが言った。

「土地ごと引っ越してきやがった……城壁も高くなっている、見張り場には誰もいないな……これなら簡単に攻略を」

「見張りはいないけれど、電子の目が外部からの侵入者を見張っている……防犯カメラが設置されている、城壁の上にある尖ったアンテナみたいなのはシールド発生装置……前より城塞化している」

「おまえ、いったい何言っているんだ? 防犯カメラ? シールド? そんな得体の知れねぇモノ関係ねぇ、扉をぶち壊せばいいんだろ……なんだ? この鉄の扉は? こんな扉じゃなかったぞ?」

 メッキと桜菓が門の前でウロウロしていると、門横にある勝手口が内側から開き。

 メイド姿の瑠璃子が出てきた、瑠璃子が言った。

「何かご用ですか?」

 桜菓が穏便な会話をする前にメッキが、瑠璃子に向かって怒鳴る。

「魔王のところに案内しろ! オレは魔王と魔物を皆殺しにするために来た! 魔王を倒す!」

 額を押さえて首を横に振る桜菓。

「このバカ……最悪のファーストコンタクトを」


 訝しそうな目でメッキを見る瑠璃子。

「魔王さまを倒す? 皆殺し? あなた敵ですね」

 瑠璃子はメッキの方にヒップを向けて、放庇攻撃の体勢に入る。

 笑うメッキ。

「なんのつもりだ小娘、人に尻を向けて……あっははは」

 まさに一発即発の状況。その時、瑠璃子は桜菓の手首にぶら下がっている『魔王城到着記念』のアクセサリーに気づいて放庇発射を中止した。


「そのアクセサリーは、荒船さんが話していた……もしかしてお二人はコチの世界で、真緒さまの名づけ親になった勇者一行さまですか?」

「おう、魔王の赤ん坊に名づけをしたのはオレだ。後世にまで笑い者になるように適当に名づけてやった……わははは」

 怒り顔で再び、放庇発射体制に入った瑠璃子をなだめるように桜菓が、二人の会話に割って入る。

「魔物の執事は今も城にいるのか? ダンディーな老執事が、まだ城に残っていたら会って話しがしたい、クモのバッチを襟につけている上品な執事だ」

 出かかっていた放庇を体内に留める瑠璃子。

「荒船さんのお客さまなら、案内します敷地内へどうぞ」

 瑠璃子に案内され乗った、魔王城の敷地内で門から城まで繋がっている。

 快速電車で桜菓とメッキは珍しそうに天井モニターの映像画面に魅入っていた。

 最初、メッキはモニターに映るCMのアイドル戦士に。

「そこから出てこい、エロいビキニ鎧の姉ちゃん、オレのパーティーに加えてやる」

 と、言って、桜菓から。

「あれは虚像で、ココには実際にはいないから」

 と、説明された。

 線路から離れた場所には、架橋のリニア鉄道や高速道路や水路が魔王城と門を繋いでいた。

 敷地の草原や森林には、放し飼いにされている陸上恐竜や水棲恐竜や翼竜……和洋のドラゴンやワイバーン類や怪獣らしき巨大生物が、恐竜と共生しているのがシュールだった。


 瑠璃子が言った。

「ここには、各種組織に所属していた怪人や魔物、未確認生物や妖怪もいます……城壁の『青龍門』は恐竜やドラゴンや龍が守っていますから。間違っても門を破壊して侵入しないように……身の安全は保障はできませんから」

 瑠璃子たちは、吹き抜けの中庭駅に到着した。

 中庭では元は食堂のテーブルの上に飾っていた観葉植物で、今は見上げるほどの大木にまで成長した、菜食主義の初代肉食植物にジョウロで水を与えて世話をしている。

 荒船・ガーネットの姿があった。

 荒船はメッキを一目見るなり言った。

「おや、勇者さまですか? 十数年ぶりで、ございますかな」

「ナニ言っているんだ? 昨日、会ったばかりじゃないか?」

 メッキが混乱していると、なぜか魔王城に帰ってきた。マオマオが元気良く中庭に現れた。

「アレ、お客さんなの?」

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