EXTRA『TABOO』

 質問なら、許容範囲だろうか。

 広過ぎず狭過ぎず、行儀のよい行間をもって並んでいる、存外整った筆跡に目を滑らせながら──早川理杏はそんなことを考えている。

 奥平つむぎの小説を読みはじめて七日目、理杏はそれを「面白い」と評したことがある。

 ためしに。

 理杏のレスポンスは、原則選択肢が一択しかない。知識と経験から導き出される最適解のみ。迷うという工程はない。にもかかわらず、「可もなく不可もなく」と告げるべき場面で、彼女はそれを面白いと言った。


 ──うそつき。


 即答──まではいかなかったが。

 数瞬、目を剥いてからのいじけたようなそれ。エンジンの廻る音は──聞こえていなかったように思う。

 何が、起こったのだろう。従来通りでない選択肢の先──面白いと評した先に待つつむぎが見たかったのだろうか。彼女が喜ぶとでも思ったのだろうか。

 よろこぶ。

 誰かを楽しませたいだとか喜ばせたいだとか、理杏はそういう燃え種を裡に見つけたことがない。そんなものに依拠せずとも、目前にあるただ一つの解をノータイムで拾ってさえいれば。

 誰かしらは笑顔になってくれた。好意を示してくれた。だからこそ、つくりあげたこのパーソナリティに、早川理杏という役柄に、生涯演じる価値があると。信仰してきたのに、ここ数日は。


 自ら、配列を乱すことばかりしている。


 何より理解に苦しむのは、つむぎに嘘だと看破される可能性が高いと知りながら、その発言に至ったこと。とどのつまり、理杏は最適でない解を承知の上で選んだ。従来通りの舞台セルに廻りいざない、従来通りの台詞をかたることを拒んだ。


 舞台を降りて、語らいたいと思ったのだ。


 早川理杏が、他者に関心を持ちはじめている。もう休んだら。首から上を黒山羊のそれに挿げ替えた理杏が言う。設計と修正の日々にも飽いたでしょう。長らく舞台の上にいるのも疲れたでしょう。あとは、代わっておくから。黒山羊がきびすを返す。そうか。もう、模倣を洗練する必要はないのか。そうか。

 理杏は──スターターを引いた。

「ねぇ」

「なに?」

「質問があるのだけれど」

 うなじに、震えはない。

 これは、強いられている言葉では、ない。

 ノートに記されたある造語を指差す。


「この大陸名は、どうして英語とドイツ語が混在しているの?」


 つむぎが硬直した。

 三割にも満たない笑みをはり付けたまま、膝立ちになってベッドの方を向く。掛け布団をめくり、そうあれかしと隙間に頭を潜り込ませる。

「──なぜ?」

「察して」

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