第20話

 むわっとした暑さは移動してきた公園でも発揮されていて、それだけで気分は滅入る。しかしピエロのメンバーと葵、凜は夏の暑さに負けないと言わんばかりに元気そうだった。

 芝生のエリアと遊具が設置されている砂利のエリアで別れているこの公園で、ボクたちが撮影場所として選んだのは芝生のエリアだった。

 所々に木が植えられていて、こんな真夏だというのに弁当箱を広げている家族やカップルがちらほらと見受けられた。


 さっそく近場の木陰に撮影本部という名の荷物置き場を作った友紀は、リュックから変なキャスケットとメガホンを取り出した。頭にはキャスケット、手には黄色のメガホンを構える友紀に、葵は携帯を構えて数枚写真に収め、そのデータを見ながらツボに入ったのかゲラゲラと笑っていた。

 そんなわけで撮影する雰囲気というよりは、その辺でピクニックに勤しむ人らとなんら変わりないように思えた。


 しかしカメラ担当の陽太はかなりやる気なようで、二人がどうくっつくとか、どんなシーンを撮るかを描いた紙(これは絵コンテと呼ばれるらしい)を見ながら、ピエロのメンバーや葵たちに逐一指示を出していた。

 彼は映像編集なども得意らしく、根っからのクリエイター素質らしい。作曲も陽太がほとんど担っているらしい。

 一度撮影が始まれば、カメラを構える陽太も他のメンバーも真剣な様子で、モデルである二人を見つめていた。


 ボクもそれに倣って、木陰でノートを広げてみたりするけど、やっぱりまだピンとこないフレーズを書きなぐりながら、二人の撮影をちらちらと見守っていた。

 カメラが回っていることでぎこちなくなる二人の表情を和らげるための雑談とか、小道具として赤い風船を膨らませたりだとかを、涼以外のメンバーが必死に世話を焼いていた。その涼はというと、何をするでもなくじっと撮影を見守っていた。

 PVのストーリーは作詞をした友紀が考えたものらしい。最初は仲がとてもいい女友達だが、葵がだんだん新庄を好きになっていく。新庄にその気がないとわかりながらも、二人は友達としての交流を深めていくというストーリー。


「休憩すっか~。葵チャン、凛チャン、なんか飲む?」


「あ、じゃああたしコーラ!」


「私は、水筒持って来てますので……」


 緊張しっぱなしの凛は葵の陰に隠れるように、カバンの中から水筒を取り出してぎこちなく友紀に向かってはにかんでいた。

 ボクは皆の荷物がまとめて置かれている木陰に留まり続け、熱風のような風を感じていた。


 木陰から数メートル離れた場所で、少し離れた場所で向日葵の造花を弄ぶ葵は、顔の横に並べて「似合う?」なんて大声ではしゃいでいる。

 そんな様を見守っていると、いつの間にかボクの右隣で腰を下ろしてペットボトルの水を飲み下している涼が、ボクに冷ややかに視線を送って見せた。

 こないだまとめていた髪は下ろされているものの、刈りあげられた右側から覗く耳には、五つのシルバーのピアスが夏の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「作詞、どう」


「え、えと……なんか、もうちょっとかなって感じ、です」


「いーよ、敬語なんて。前にも言ったでしょ」


 この間は見ることのできなかった涼の表情に微笑みが咲いた。それはこの夏の暑さがそうさせたのか、それとももう二度目の邂逅で陽太の言う人見知りが和らいでいるのかはわからなかった。


「ずっと気になってたんだけど、小泉ってなんで目隠してんの?」


「あ、えと」


「だってその眼鏡、伊達でしょ」


 バレていた。だけど今どき伊達眼鏡をかけている男もそう珍しくない。ごまかしようはいくらでも、


「ウチはその瞳、綺麗だと思うけどな、グレー」


「え、バレ……⁉」


 ひゅっと喉が鳴る。ずっと隠せていたと思っていたのに。どうして、なんで……!

 だらだらと汗が噴き出る。夏の暑さが原因ではない。目の前の人間が怪物へ変貌していく。俯くボクに、涼は何も言わない。そしてふぅ、とため息を吐いた。それにボクは思わずびくりと肩を震わせてしまった。我ながら情けない。


「天気がよけりゃ前髪があろうがなかろうが、眼鏡かけてようがかけてなかろうがわかるよ。でも別に、ウチはいいと思うよ」


「……え?」


 涼はその名の通り涼やかに、新品のサイダーのペットボトルに口を付けた。今まで言われたことのない言葉に、ボクはあまりにも間抜けな声が出た。


「え、聞こえなかった? いいと思うって。ウチも憧れてグレー入れてんだ」


「でも、ひ、人と違うのは、それだけ人から好奇の目で見られる、だろ。ボクはそれが、耐えがたい」


 何を言っているんだろう、ボクは。怪物がだんだんと涼へ戻っていき、そしてきょとんとした顔の涼はくしゃりとその顔を綻ばせた。


「人と違って何が悪いの? いいって言ってる人間がいるんだから、それはもう“いい”んだよ」


 んーっと伸びをして襟元をぱたぱたと仰ぐ涼は、もうすっかり人間としての涼だった。あれだけの恐怖心が拭い去られ、どこまでも青い空に溶けていく。

またサイダーを口にした涼をまじまじと見ていると、そこでボクはとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。

 細く、そして長い指。飲み物を飲むことによって喉があらわになり、本来ならば出るはずの喉ぼとけはない。そして薄い生地のシャツが少しばかり体のシルエットを映し出し、象徴たる胸のシルエットが現れる。


「え、」


「やっぱり、男だと思ってたでしょ。ウチはピエロの紅一点だよ」


 悪戯っぽく笑った涼は、本名を涼華ということを教えてくれた。こないだの紹介の時はそんなこと一言も言われなかったし、彼女の声はかなりハスキーで、それがどうにも勘違いを引き起こさせた原因だった。


「なんか、すいません」


「いーよ。本当に失礼だって思ってんなら、今度ジュースでも奢って」


 人とは、見た目で判断するには少々難しすぎる。それはきっと、ボクが受けてきた今までの仕打ちも含まれているのだろう。

 自分がされて嫌だったことを、ボクは無自覚に他人にもしてしまっていたのだ。人と関わることは、思ったよりもきちんと人間と向き合わなければならない。

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