第12話 アイカ

 空を見るナッピ。

「もう時間か」

「楽しんだかしら」

 パヌラプが飛んでやってきて、ナッピの手をつかんだ。ともに去っていく。

「だれ?」

「パヌラプ=オニスタよ。よろしくね」

 アイカの問いに、律義に答えた青髪の女性。ナッピは何も言わず、大人びた表情で見下ろしていた。スーツがはためく。

 飛びつづける一人とつかまる一人。上空でお喋りをつづける。

「失敗したみたいね」

「そうでもないさ」

「へぇえ」

「目的は果たした、ってこと」

 追いかけず、ソレ=ガシはただ空を見上げていた。雨が降ってきたわけでも、虹が出たわけでもないのに。だが、表情はわずかに緩んでいた。それを見ていたのはミナだけだ。

「助かった」

「命の恩人だ」

「ぜひ、元帥に会っていってくれ」

 魔族まぞくを撃退したことで、エイレンの元帥ハルコとの面会を許される。普通の旅人は会うことができない人物だ。

「元帥から、なんらかの情報が入手できそうですね」

 ミナが素朴な疑問を口にする。答えが返ってくると知ってか知らずか。

「ソレは、情報以外に好きな物ないの?」

「特にありません」

「へんなの」

 アイカが屈託のない笑顔を見せた。

 和風の城に案内されたソレ=ガシたち。ミナとケルオは、建物に入るときに靴を脱ぐ習慣を知った。アイカは自国なのでもちろん知っている。

 曲がりくねった道の果てで、戸が開いた。元帥は立っている。

「あたしは、ハルコ。あんたは?」

それがしのことより、情報をください」

「忘れられた島」

「それは、いったい?」

 情報を求めるソレ=ガシに、ハルコは忘れられた島の存在を明かした。

「なんでも、世界の情報が詰まってるって話だよ。ソレ。生きてたどり着ければ、の話だけどね」

「ほう」

「とんでもない化け物、ガーディアンってのがいるのさ」

 まるで駆け引きがない。元帥は、ソレ=ガシに情報をすべて教えているように見える。

「ガーディアン、ですか」

 いつになくかがやいた表情を見せるソレ=ガシ。

「興味深い、でしょ?」

「ですね」

 嬉しそうなミナに、ソレ=ガシはほんの少しだけ表情をゆるめた。

「あの!」

「なんだい?」

 小さな手が上がって、ハルコが優しくたずねた。

「ボク、外の世界を見てみたいんだ。一緒に行ってもいいでしょ?」

 にっこりとした笑みが返される。

「好きにしな」

 アイカは同行を認められ、ソレ=ガシたちの仲間になった。


 地図はここエイレンにはない。

 忘れられた島が載る地図は、アジャテラに保管されているという。

「なんで、そんな面倒な」

「私、知らなかった」

 姫であるミナにすら秘密にされている地図。相当に重要なものだと推測できる。

「興味深いですね」

 ソレ=ガシはブレない。

「これでいい。こいつをクニンガスに見せな」

 元帥から書簡をもらう。

「もひとつおまけだ」

 ついでに扇子せんすももらう。

 ソレ=ガシは使わないので、ケルオが持った。

「私は、別に暑くないし」

「そういやそうだったな。便利でいいぜ、まったく」

「おもしろいね」

 黙っていたアイカが喋った。心底嬉しそうにしている。

 アジャテラまで、忘れられた島が載る地図をもらいに行くことになった。


 魔物が出ることもなく、順調な航海。

 アイカが暑がる。

「とけそう」

「仕方ねぇな」

 暑さのため帽子もマントも外しているケルオが、扇子せんすであおいだ。

「ぬるいね」

「うるさいな。やらなくてもいいんだぜ」

「うそうそ。涼しい。ありがとう」

 赤毛の男は、気まずそうにしていた。


 アジャテラに直接船では行けない。

「セルックに行くよ」

「了解」

 ネリア船長の一声で、アジャテラの同盟国、すこし北にあるセルックに行くことになった。

 北半球は夏。

 その北へ向かうということで、暑さはすこし和らいだ。

 何度かの夜を迎えたあと。

「それじゃ、気をつけて」

「いってらっしゃい」

 船員たちに見送られ、四人が船を降りる。

「それじゃ、走るよ」

「えっ」

それがしは、ケルオをかかえます」

「おう」

 アイカは慌てている。

「ちょっと待ってよ。走るって、じょうだんでしょ?」

「冗談じゃないよ」

 にっこりと笑うミナに、アイカが引きつった笑顔を返した。

「たすけてー」

「じっとしててね」

 あばれるアイカは、抵抗むなしくミナに横抱よこだきにされてしまった。ちなみに、ケルオは自分からソレ=ガシに向かっていった。

 いつものように走って、アジャテラへ向かうソレ=ガシたち。

「は、はやい」

「そうかな?」

 アイカは怖がっている。しかし、止まらない。いまは立ち止まっている場合ではない。

 山を越え谷も越え、森さえ抜けてひた走る。相変わらず自然豊かな大陸だ。

「あと何ポマセ?」

「1よ」

 ミナに抱えられている少女が聞いた。ぐったりしている。

「もうすぐですね。といっても7キロメートル以上ありますが」

「キロ……なんだって?」

 ケルオは抱えられることに慣れてきたようだ。雑談をする余裕が出てきていた。

 いつものように、街の手前で歩きに切り替える。衝撃波で被害を出すわけにはいかない。道が石造りのタイルになった。

「ただいま」

「おかえりー」

 アジャテラの姫は、国民たちから出迎えられた。

「おかえりなさいませ」

 いつかの老人も、その中にいた。

「では、城に行きましょう」

 石造りのタイルの道を歩き、街をまっすぐ抜けていくソレ=ガシたち。

 高い塀を抜けた。城の前で、大きな門が開く。

 今回は、謁見の間へと皆が通された。

 アジャテラの王に書簡を見せるソレ=ガシ。

「なんと。もうそこまで辿り着いたのか」

 王は、驚きながらも、ふふふと笑った。

「最初にくれてもよかったのに」

 ミナがアジャテラの出身だと知り、アイカが頬を膨らませる。

「そうはいかん。決まりを破ることはできんのだ」

「もういいだろう。王さんよ」

「ああ。地図の写しを与えよう」

 アジャテラの王クニンガスから、忘れられた島が載る地図をもらったソレ=ガシ。その目じりが下がることはなかった。

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