第10話 魔族について

 海に面した国、ナハダ。

 赤道に近いため、気候は温暖。というよりは熱波。何度かの昼と夜を経験して、雪の降る地方からやってきた面々は、気温差であまり元気がない。ソレ=ガシをのぞいて。

「接岸するぞ」

いかりを下ろせ」

 船の左側を港につけ、いままさに下船が始まろうとしていたそのとき。

 とつぜん、空からパヌラプが襲ってきた。

「きゃーっ」

「こいつを取り戻したければ、指定された座標に来ることね」

「こいつじゃなくて、私はミナ」

 魔族まぞくのパヌラプは、空を飛ぶ魔法が使えるようだ。ふわふわと浮かんでいる。

 いくらミナが魔法で肉体を強化できるといっても、上空から落ちれば怪我をしてしまう。連れ去られてしまった。

「大変ですね」

 のんびりと言ったソレ=ガシは何もしない。くつろいでいた。

「おい。どうする?」

 ケルオの問いに、答えが返ることはなかった。静寂があたりを支配する。

 いっぽうそのころ。

 指定の座標。

「えいっ」

 高度が下がったのを見計らって、ミナは自力で脱出した。

「こいつ」

「だから、ミナだってば」

 建物の屋上で、二人の女性が火花を散らす。

 パヌラプと戦うミナ。攻撃の前に、わざわざ宣言をする。

「いきます」

「トゥーリ・プースカ」

 呪文を詠唱するパヌラプ。人同士では魔法で攻撃できないものの、やはり魔族相手まぞくあいてでは違うようだ。攻撃が届いている。

「このくらいの風」

 パンチをするも、魔法の風によって威力がずいぶん落ちていた。パヌラプが次の詠唱をしている。

「ジャー・ジャーパラ」

 氷のかたまりが飛んでいく。ふたつよけて、ミナはみっつめをこぶしで打ち砕いた。

「危ないでしょ」

「これもダメみたいね」

「もう、聞いてよ」

「ピメウス・トゥンマ」

「どこ?」

 闇があたりを支配した。そのどさくさにまぎれて、パヌラプが飛び立つ。

「なによ。頭脳労働担当なのに」

 魔法で肉体強化しているミナの攻撃は重い。まともにやり合うと分が悪いと判断したのか、パヌラプが引いていく。

 それは、捨て台詞だった。


 誰もミナを助けに行かない。

 その後、長い時間が流れなかった。

 船長が聞く。

「次の航行は?」

「333ポマセ」

「よし」

 出航の準備を進めていると、ミナが戻ってきた。キュロットスカートに乱れはない。

「ただいま」

「戻ってくると思っていました」

「おかえり」

 あっさりとした挨拶が交わされる。

「よく無事だったな」

 ケルオだけが心配していた。言葉はすくないものの、思いやりの心が感じられる。

「助けに来てくれてもいいのに」

 金髪を揺らして、ミナがふくれる。

「助けるほうと助けられるほう、どちらが好みですか?」

「助けるほう!」

 間髪入れずに答えるミナ。すこしだけ頬を赤くしていた。眉にぐっと力が入る。

 ソレ=ガシが、かすかに笑ったように見える。


 東へと向かう船。

 幾度も太陽と月を見て、荒波をかきわけていた。

 赤道よりもすこし北側で、蒸し暑さはさほどない。

 エイレンが見える。といっても、遥か彼方に。

 慌てた様子で、マーが伝える。

「敵襲!」

 船に搭載されている魔道砲まどうほうによる攻撃が、山なりの軌道で飛んできたのだ。もちろん、動力は魔法。つまり、ある意味人力と言える。

 弾の威力からして、複数人で使う物らしい。そんなものを備えている船は。

「海賊船だ」

「それは好都合です」

 陣を広げて砲撃を無効化するソレ=ガシ。

「おい。まさか」

「交渉してきます」

「どうやって?」

 ミナの問いに答えは返らない。甲板から足が離れ、そのまま飛んで移動するソレ=ガシ。

 第三の選択を思い出していたミナ。陸路と、海路と。

「空路」

「ソレには船も必要なかったのか」

 ケルオが化け物を見たような表情になりながらも笑った。

 ソレ=ガシは、海賊船に着地した。

 陣を広げているため、ハンド魔道砲まどうほうを撃つことができない。殴りかかっても斬りかかっても途中で止まってしまう。

 無表情の来訪者に、海賊たちは恐怖していた。

 海賊のリーダーらしき人物に、子分たちが助けを求めている。

「なにもんだ、こいつ」

「どうします、おかしら」

「バンディーティ!」

それがしのことはどうでもいいです。話をしましょう」

「どんなバケモンだ。テメェ」

「異世界の魔王まおうです」

 いつものように言って、いつもと同じように冗談とは思われなかった。バンディーティは脂汗をかいている。

「何が望みだ。命か、金か?」

「情報です。魔族まぞくについて、知っていますか?」

 子分の一人が手を挙げた。

「知っているのか、ユオクスポイカ」

「人に近い魔物ってことしか知らないっす。ホントっす」

「魔物とはなんですか?」

「バスタタ以外ではほとんどいない、動物より狂暴なやつらっす」

「詳しくは分かりませんか。もう結構です」

 そして、ソレ=ガシは攻撃しなかった。

 陣はまだ広がっている。魔王まおうは息を吸うように空を飛んで船に戻り、仲間たちと話し合う。

「ソレ、飛べるのかよ」

「はい」

「走って移動する必要、なかったんじゃない?」

 もっともな疑問を、ミナが直接ソレ=ガシにぶつけた。

「誰かを抱えて飛ぶと、目立ちますから」

「走るのも目立つだろ」

「そうですか?」

「そうなの?」

 雑談が続くなか、ウレペウシ号は再び動き出した。

 バンディーティがつぶやく。

「真面目に働いたほうがよさそうだな」

「今回、運がよかったっすね」

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