【覚醒スキル:怒涛の簒奪者】~盗賊クラス最大の力に目覚めた元勇者はそれなら盗賊として世界を救う旅へとでることにした~

上高地河童

プロローグ

第1話 【覚醒スキル:怒涛の簒奪者】

丘を吹き抜けていく風が心地よい。


ここまで随分と長いこと走ってきたのでここらで寝転がって一休みでもしたくなる。


かしら、まずいんじゃないのか?」


しかしそれは許されないようだ。


ぼんやりと遠くを眺めていると傍らに立つ少女が不安げにそう声をかけてくる。

その視線は背後に向けられている。


「ん? あぁまだ追ってきてるのか?」


その言葉につられるようにして俺も背後を振り返る。


背後に広がるのは先ほど抜けてきた森。

暗く木々が生い茂るそこには何も見えはしないがしかしどことなく不穏な空気が漂っているのを肌で感じる。


かしら、早くいこうぜ」


その気配は少女にもわかるのか、先に進むことを促してくる。


なるほど少女の不安もわかる。

今自分たちが置かれている状況、これから来るであろう存在のことを考えれば少しでも早くここを離れたいのだろう。


だが、


「なぁやっぱりそのかしらって呼び方はやめないか? まるで悪者の大将みたいじゃないか」


そんなことよりも俺としてはそれが気になったのでまずはそう提案をしてみた。


「今はそんなことどうでもいいだろ!!」


しかしそんな俺の提案を少女は強い口調で切り伏せてくる。

がくっ、と呆れた様に肩を落とす少女。


しかし俺としては不服がいかず反論させてもらいたい。


「どうでもいいってことはないだろ? 肩書きってのはパーティーで大事なことなんだぜ」


「パーティーって、うちら2人だけだろ」


「2人だろうとパーティーはパーティーだ。君はまぁ【見習い】ってとこだとして、俺はそうだなぁ……」


何て呼んでもらおうか、と頭を悩ませていると――


「そこまでだ! メルク・ウインド!!」


森の奥から怒声が飛んできた。

人の名前を随分とそんな大声で呼ぶのは誰だ、などと思っていると重たそうな甲冑に身を包んだ男たちが木々の間からぞろぞろと現れた。


「追いつかれちまったじゃねぇか!!」


少女は慌てているが、数はざっと見たところ十数人。

むしろ2人相手に大げさなことだと感じてしまう。


「あんた達、その格好でこの森を抜けてきたのか?やっぱり国王直属の部隊ってのは鍛え方が違うんだな」


なので素直にそう思ったことを口にした。


軽装な自分達であれば荒れた道でも何てことはないが甲冑姿では中々苦労したことだろうと思ったからだ。


「何呑気な事言ってんだ!? 逃げるぞ!」


いつまでも呑気な態度が気に入らないのか、少女は俺の服を引っ張って駆け出そうとする。

俺を置いて先に逃げればいいのに、変に律義というか義理堅いところがある。


俺なんかにそんな気を使ってくれるのはありがたいのだが、しかしそもそも俺たちは逃げる必要なんてあるのだろうか。


「なぁ、あんた達の目的はなんだろ?」


そう言って麻袋に入れたものを掲げて見せると目の前の男たちがにわかに騒ぎ出した。


「っ! それを返せ!それは我らがヴァイラン王国に受け継がれし秘宝、貴様のようなものが触れていいものではない!」


一団の先頭に立つ男が声を荒らげる。

この騎士団の指揮官なのか、よく見ると一人だけ甲冑の装飾が派手に見える。


その指揮官の言葉に呼応するように、周囲に立つやつらもそうだ、大人しくしろ、など声を上げてくる。


「いや、だから直接触らないようにこうして袋に入れてやってるじゃないか」


「ふざけるな!」


それは本当に俺なりの心遣いだったのだが、男たちにはお気に召さなかったようである。


あれこれとに纏わる歴史、いかに貴重なものであるか、などの説明が始まったが、そんなことよりも俺は自身に向けられるまったくひどい罵声に少し悲しくなってきてしまう。


「それなんだが、見逃してもらうわけにはいかないかな? いや、これがあんた達にとっても大事なものだってのはよくわかるんだけどな」


「は?」


面倒事は避けたいので一つ提案をしてみたところ、男たちは言葉を失ったようにぽかんと口を開けている。


「けどそんな貴重なものを盗まれてしまったってのはある意味じゃあんた達の落ち度なわけだ。だから今回はその反省の意味で俺たちをこのまま見逃すってのはどうだ?」


それは中々筋の通った提案だと思った。

大事なものならもっと厳重に守っておくべきであり、それでも奪われたからと言って躍起になって取り返そうというのはいささか大人げないのではないだろうか。


おそらくこのまま手ぶらで帰れば国王からの重い罰が下るのだろうが、そうしたことを乗り越えて次に活かしてもらいたい、という俺なりの気遣いだったのだが、


「ふ……ふ……」


俺の言葉に、先頭に立つ指揮官がわなわなと震えている。

顔はまるでお湯にでも通したかのように真っ赤に染めあがっている。


「ふざけるなぁ!!」


怒り心頭といったところか、そう怒声を上げるとバッと腰から剣を引き抜いた。

よく手入れがされているのか、刀身は日の光に煌めいている。

宝石か何かのような輝きであるが、一方で掲げられたそれには見た目にもわかる重量があり、単なる飾りではなく、敵を討つための武器であることがよくわかる。


「ぬおぉおおおお!!」


抜くが早いか、指揮官の男は剣を構えたまま一直線に俺めがけて突っ込んでくる。


かしら!!」


傍らに立つ少女が叫びを聞きながら一歩前へと出る。

仕方がないが向こうから来るのであればこちらとしても黙ってやられるわけにはいかない。


猪突猛進とばかりに突き進んでくる鉄の刃に、俺は静かに手をかざす。


“ちょっと待ってくれ”とでも言っているかのような俺の素振りに男はにやりと笑う。


「はは! 今更遅い! 恥をしれぃ、が!!」


当然止まるわけもなく、高く掲げられた剣はその重量を存分に活かすように渾身の力で振り下ろされる。


なるほど、やはり鍛えられた騎士なのだろう。

大木すらも一刀両断しかねない勢いで剣が俺に迫る。


手で受け止めることなどできるわけもない。


しかし、元勇者とは――



「随分と酷い言われようだ」



「!?」


驚愕に目を見開く指揮官の男の顔が俺の眼前にある。


剣を振り下ろした体制のまま、硬直したかのように停止している。


しかしそれも当然か。


「悪いが、これが没収だ」


俺の言葉に男の視線がゆっくりと動く。

俺の顔から、肩、腕へと徐々に渡り、最後に手へと辿り着く。


かざしたままの俺の手には一振りの剣が握られていた。


良く磨かれた刀身がぼんやりと俺の顔を映している。

そして手に持ってみるとやはり中々に重たく、これを軽々と振っているとはこの男も大したものである。


そう、それは男自身が先ほどまで持っていた剣であり、今彼の手には何も握られていない。


振り下ろされた剣を避けるのでもなく、受け止めるのでもなく、奪われたことに男は驚愕を隠せないでいる。


「こ、これが……」


その現象に周囲の騎士達もざわざわと騒ぎ始めた。

それは背後に立つ少女も同様のようだった。


かしらのスキル……【怒涛どとう簒奪者さんだつしゃ】」


静かに呟くその声に俺はまぁな、と答えておいた。

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