第24話 ふつふつルビー



「・・・・・貴殿方の言い分は分かりました。」




拳の炎を握り潰しながら、ルビーは必死に淑女を演じている。

その透き通る声がホールに響く。



怒りを感情に任せない辺りが大人だわ…。

まじソンケー・・・。

私には出来ないかも…。




「謹んで婚約破棄をお受けしますので、書類を出して下さいな。今ここでサイン致しますわ。」




冷静に事を進めようとするルビーが気に入らないのか、それともアイツ等が子供なのか・・・。

「書類を出せ」とのルビーの言葉に、殿下とその他諸々が「なッ…!?」とまた感情を露にした。




「書類を出せだと…!!?貴様が私に命令するのか…!!?」

「いいえ…? 私は殿下の御要望に御応えするまで。婚約破棄をお望みなのですから、サインをして、それで正式な破棄と見なされる…、なのでサインをと・・・・・、」




グッ・・・、と黙る殿下に、ルビーはすかさず「あらぁ…?」と上品に、細く、長い指を口元に当て、わざとらしく首を傾げた。




「まさか・・・、書類はまだ揃っていないのですか…?」


「フンッ…!そんなモノ…!!後でだって良いだろう・・・!!」




「今はそれよりも、美香を魔の手から遠ざけることの方が重要だ…!!!」と言い放つ殿下に、ルビーは「あらあら、まぁ・・・。 では・・・」と、パチンと指を鳴らし、何処からともなく丁重に何かの紙を持ってくる従者。




「何だそれは」


「婚約破棄の書類一式ですわ。 両家の御両親方にも既にサインを頂いております。 後は殿下、貴方のサインのみです。」


「は・・・?」




ざわざわ

ざわざわ



また周りがザワめく。



「え、どうしてルビー様が書類を…?」「両家の御両親って、王のサインも…?」「まぁ、流石ですわ、ルビー様…!」「やっとルビー様も自由になられるのね」「あぁ、でも傷モノだな…」




「どうして貴様が書類を…?」


「どうして・・・、と申されましても・・・。 婚約破棄をする為ですわ。 他に何が御座いますの?」


「は…!?」



ルビーの言葉に一番反応したのは、周りの貴族でもなく、殿下だった。

次いで、ミカちゃんの取り巻き男子。

発端であるミカちゃん自身は、既に飽きている様子・・・。




「なッ…! 何故、私が貴様に婚約を破棄されねばならんのだ・・・!」




声を一層荒げる殿下に、ルビーはそれでも冷静に返事をする。




「私が美香さんの事を、虐める虐めない抜きにして・・・、殿下は私と婚約を破棄し、そして直ぐに美香さんと婚約をするのですのよね? つまり私と婚約をした身でありながら美香さんと関係を築いたという事。 これは立派な不貞行為では?」


「なに…!? 貴様は愚かにも未来の王である私に、その様な口を叩くのか・・・!!!」

「そもそも、貴女がこのような事態を招いたのだろう・・・!!」

「そーですよ…!自分の責任じゃないの…!? 学園の宝石と言えど!まさかそこまで頭が悪いと思わなかったですね…!」

「貴様ッ…!!不敬罪で、即刻捕まえるぞ…!!!殿下!許可を!!!」




うるさい程に叫び倒す男達に、ルビーも私達も、思わず耳を塞ぎたくなった。

それでも『サインだけは貰わなければ…!』と言うルビーの意志が、冷静さを未だ保つ。




「サインをなさらないと言うことは、婚約を破棄しないと言う事でしょうか? それは・・・、私はまだ…殿下の婚約者で、宜しいのですか…?」




あたかも、『本当は破棄したくないの…』とでも言うように殿下を煽る。

それに調子よく乗って、「誰が…!!こんなもの直ぐにでもサインしてやる・・・!!!」とサラサラと殿下は自分の名前をそこに綴った。



殿下がサインし終わると、従者は即刻書類を仕舞い、風のように消えていった。




「まぁ!これで成立ですわ! 今から殿下とは赤の他人!」


「はっ…!そうだ…!!貴様はこれで王妃にはなれんのだ・・・!!」




無事に婚約破棄が成立され、私達は一安心。

それはルビーも同じで、何かのたがが外れたように「おほほほほほ…!!」と調子良く高笑い。




「全く…!! 殿下ったら先程から王になるだの、王妃がどうだの言っておりますが、何を仰っているのでしょう???」


「な、に…?」


「え?だって私と婚約をしていたから王にやっとなれるハズでしたのに、私と婚約を破棄したのですから、殿下が王になれるワケないじゃないですかぁ??? 破棄が無事に済んだら、マリアノ家はクロウ殿下を王として推挙致しますのよ?」


「な…!?」

「貴様っ…!何を…!!殿下に向かってあまりにも不敬…!!」

「殿下には優秀な僕たちが付いてる…!クロウ殿下なんかよりずっと向いてると思うけど…!?」

「そうだ・・・!!!ジェード殿下にはこの俺が付いている…!!!」


「クロウ殿下・・・? これは不敬にはならないのでしょうかねぇ? あぁ…、もう、何て馬鹿ばかりなんでしょう・・・」




正直にルビーが呟くもんだから、殺気がすごい。

空気がまじトゲピー。


しかし箍の外れたルビーは止まることを知らない。




「クラウス様は最近春が訪れたようで、頭にお花が咲いて御自慢の氷の魔法はタダの冷蔵庫。 冷凍でもないです、タダの冷蔵庫。 どこぞの阿呆にキンキンに冷えたお酒を出せるだけのちょっと便利な存在。」


「ッ…!な、にッ・・・!!?」



「リック様は強力な魔法が無い代わりに、優秀な頭脳のお陰でテストは学年1位を取り、将来は外交官と期待されていたのに・・・ここの所勉学にも身が入っておらず・・・、元々魔力も然程無いので今やタダの凡人。」


「はい…!??」



「それにニック様は御自身の職務も理解しておらず、最近は鍛練もそこそこで動体視力は衰えるばかり・・・。 この前も入団したての後輩に一本取られたそうですね? あと王族には近衛が居りますので貴方はハッキリ言って邪魔です。」


「貴様アッ…!!!」



「ジェード殿下は論外ですわ。」


「何だと…!!?」


「だって国民の火力をほぼ賄っている私に、静電気程度の雷でごちゃごちゃ言うんですもの。それで王になるねぇ・・・、論外じゃ御座いませんこと???」




あんまりにもディスリが美しいので、「ぶふっ…!」と何処かで誰かが吹き出した。



そうそう!コレだよね!!

コレ待ってたんだよね!!


と、私達は何度も『口を挟みたい!』願望を押し殺したのが、今やっと報われはじめ、密かに笑いを我慢しているのだった。



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