彼女に、オススメ小説を紹介されました。

「オススメの、選んできたよ〜」


 へへ〜、とVサインを突き出してきた彼女に、俺は少し眉をしかめた。


「その仕草はいくら何でも古くね?」

「え〜!? じゃ、他にどうするの〜!?」


 逆に驚いたように尋ねられて、俺は少し考えて親指を立てた。


「こう」

「そ、それも大概じゃないかな〜……」

「じゃ、こう」


 俺が顔の近くで横向きのVサインをすると、あ、それっぽい、と彼女は笑った。


「て言うか、本当に選んできてくれたんだ」

「うん、降りてきて〜」

「お、おう」


 そう言って手招きされたので、俺は階段を降りた。

 二人きりで近くにいる、と考えると少し緊張したが、彼女の方はそうでもないようだった。


 手元のスマホに目を落とし、何やら操作している。

 そして、何かを表示した画面を見せてくれた。


「これだよ〜」

 

 言いながら一歩近づいてきた彼女から、ふわりと甘い香りが流れてくる。

 すげぇいい匂いなんだけど。


 そんな風に思いながら、なるべく顔には出さないように画面を覗き込んだ。


「これ、って何? どっかのサイト?」

「そう。小説を投稿するサイトがあって〜、ここで読めるんだよ〜」


 そこから細かい説明をしてくれたので、自分のスマホを取り出して同じ操作をする。


「これ、登録すんの? 金かかる?」

「してもしなくても読めるよ〜。中には本になってる小説もあったりするけど、無料だし〜」


 無料で読めるものに金を出す人がいるんだろうか?

 はて、と首をかしげるが、まぁそれは別にどうでもいいことだろう。


「じゃ、この登録機能って何のためにあるんだ?」

「するとブックマークとか評価ができる、くらいかなぁ〜? 後ほら、書く方の人が使うんだよ〜」

「へー。これ、誰でも書けるの?」

「そうだよ〜」


 とりあえず書く気は無いし、ブックマークやら何やらもよく分からない。

 ので、とりあえず登録はなしにして、オススメされた小説を検索機能から表示してみる。


 文字だらけのもんなんか読めるかなぁ、と心配したが、第一話を開くとすっきりと短い文章で行間も広く取られているので読みやすそうだった。


 小学生一年生の国語の教科書みたいだ。


「えっと、これはどんな小説? なんだ?」

「れ、恋愛ものだよ〜……」


 なぜか少し恥ずかしそうに口ごもりながら、彼女が顔を伏せる。

 俺の胸元くらいまでの背丈しかないので、うつむいた表情は見えなかった。


 惜しい。


「何でどもるの?」


 なぜだかこういう時は意地悪な質問をしたくなるのは、俺の悪癖だ。

 彼女は手元のスマホを両手の指でいじりながら、ますます小さい声で答えてくれた。


「……な、なんか恥ずかしいから〜。で、でもいいお話なんだよ〜!」


 露骨に話をそらされたが、別に構わない。

 彼女と話ができることが大事なのだ。


「えっとね、ここタッチするとランキングとかが見れてね、よく読まれてるのが表示されたりするから〜」

「えっと、読まれてるっていうのは?」

「ポイントがいっぱい入ってたりする作品が、このランキングに載ったりするの。で、ランキングには種類があって〜」


 俺のスマホ画面を見ながら一生懸命説明してくれるのをふんふんと聞いていたが、徐々に近づいてくる彼女の横顔が気になりすぎてちっとも頭に入ってこない。


 肌がめっちゃきめ細かくて綺麗だ。

 結構化粧しているのかと思ったけど、どうもしているのは口紅くらい。


 どうやらもともと顔立ちが華やかなだけで、まつげの長さとかはマスカラじゃなくて自前っぽかった。


 ……マジでなんでギャル扱いなんだろう?


「分かった〜?」

「え? あ、うん、分かった分かった」

「?」


 急に彼女がこっちを見たので、少し焦って早口になってしまった。

 軽く首をかしげられたので、俺は視線をさまよわせながら話題をそらす。


「で、で! 君の小説はどれ?」

「わわ、私〜!?」


 慌てた様子でのけぞった彼女が一歩後じさる。

 大げさなリアクションのせいで少し離れてしまったのを心底残念に思いつつ、彼女に合わせてかがんでいた俺も身を起こした。


「わ、私は投稿とかしし、してないよ〜!?」


 絶対してるな、これ。

 書く方の人が登録とか言ってたし、ぶっちゃけ分かりやすすぎる。


 しかし俺が話を聞いていなかったことは言及されなかったので、それでいいだろう。

 また訊く機会もあるだろうし。


 俺はスマホを振りながら、彼女に笑いかけた。


「じゃ、とりあえずオススメされたの読んでみるわ。ランキングとかは今の所よく分かんないけど、順番だな」


 そもそも小説のタイトルとか見ても、どれがいいのかとかはよく分からないし。


「……私はランキングの小説、あんまり好きじゃないから〜、そっちは、オススメできないかな〜」

「そうなの?」

「うん、えっと、流行りとかがあってそういうのばっかりになることが多いから〜」


 結構飽きるんだ〜、と言われて、そういうものかとうなずく。


「なるほど」


 俺はさっきチラッとランキング眺めた限り、ちょっと面白そうだなと思ったのもあったけど。

 あんま短いタイトルは小説読んだことないから意味がわからないけど、ゲーム世界のやつとか書いてあるのはちょっと興味ある。


 別に逃げるわけでもないだろうし、オススメのやつが面白くなさそうならそっちも読んでみようと思った。


 しかし彼女は、どこか期待したようなキラキラした目で、笑いかけてくる。


「よかったら、また感想聞かせてね?」

「お、おー」

 これは、もし面白くなくても読まないといけないパターンじゃないだろうか。

 面白くなかったら少しイヤだな、と思いつつも、彼女との話題作りのためだし……と俺はうなずいた。

 

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