第7話 勇者の学院に行こう

 俺はサリア、ルンルンと一緒に少女の馬車に乗って勇者の学院へと向かうことになった。

 ちなみにフルフルはずっと俺の服の中に隠れている。


 やってきたルンルンをみて、少女は一瞬固まった。


「随分と大きいのですね」

「ああ。馬車に乗せるのは難しいか?」

「いえ、問題ありません」


 すぐにヴォルムス家の前に馬車が到着した。

 大貴族でも持っていないような、とても大きな馬車だった。

 救世機関の権勢のほどがうかがい知れる。


 馬車、特に馬を見てサリアは大喜びだ。


「ふわあ。おうまさんだ。あにちゃ、おうまさんだよ。るんるんはみたことある?」

「そうだな。お馬さんだな」

「わふ!」


 サリアが嬉しいと俺も嬉しくなる。それはルンルンも同じなようだ。

 ビュンビュンという音が聞こえそうなほど尻尾が揺れていた。


 馬車が走り出すと、俺の横に座ったサリアは窓の外を食い入るように見つめていた。

 そんなサリアの頭をやさしく撫でる。サリアの髪はとても柔らかい。


「わふわふ。ふんふんふんふんふん」

 ルンルンは少女に興味を示したようだ。ものすごい勢いで匂いを嗅いでいる。

 少女は姿勢を崩さない。ちらりとルンルンを見るだけだ。


「ルンルン。やめなさい。迷惑だろう」

「わふぅ……」

 しょんぼりしたルンルンに少女が言う。


「いえ、迷惑ではありません」

「そうか? それならいいんだが」

「ウィル・ヴォルムス。私がルンルンを撫でてもよいのでしょうか?」

「もちろんだ。嫌じゃないなら、撫でてやってくれ」


 少女はルンルンを撫ではじめた。ルンルンは嬉しそうに尻尾を振っている。

 少女も表情こそ変わらないが、どことなく喜んでいるように見える。


 それを見ていたサリアが少女に興味を示した。


「おねえちゃん! おなまえなんていうの? さりあはさりあだよ!」

「私ですか? 私はアルティ。アルティ・ゼノン・バルリングです」

「あるねえちゃん! かみきれいだね。おめめもきれい!」

 アルティはきれいな銀の真っすぐな長い髪をしている。目はエメラルドのような色だ。

 サリアの言う通り、髪も目もとても綺麗だ。


「あ、ありがとう」

 サリアに褒められて、アルティは頬を赤くして照れていた。

 ちなみにその間、アルティの両手はずっとルンルンをわしわし撫でていた。


 いい機会なので、俺は気になっていたことをアルティに尋ねることにした。


「どうして、御曹司たちに俺の受験が妨害されそうだと気付いたんだ?」

「願書を持ってこられた方が、くれぐれもよろしく頼むとおっしゃっていましたので」

「……そうだったのか」


 家臣が御曹司の妨害を予想して、頼んでくれていたようだった。

 俺は御曹司たちに家臣たちが怒られないか心配になった。

 そのことを口に出すと、アルティは淡々と言う。


「その心配はありません」

「なぜそう言える?」

「誰が願書を運んだのか、学院が明かすことはありません」

「それでも八つ当たりされる可能性もある。手当たり次第にひどい目に遭う可能性も」

「救世機関がやったことを理由に、処罰したのなら、それは大きな問題です」


 家臣たちは、それぞれひとかどの武人たちだ。

 理不尽な理由で、それも救世機関に協力したことで罰することは難しいのだろう。

 それが、たとえヴォルムス本家であってもだ。


「そうなのか。それは心強い」

「はい」


 そんなことを話している間に、勇者の学院に到着した。

 門の前でサリアが外を見たがったのでいったん降りる。


「うわー。おっきいねー、ひろいねー」

「わふう! わふわふ!」

「そうだな、広いな。ルンルンはほどほどにな」

「わふ!」


 サリアは大喜びだ。サリアの言う通り勇者の学院は広大だった。

 ルンルンは尻尾を振りながら、少し周囲を走り回る。

 フルフルは俺の服の中でぷるぷるしていた。一緒に走り回りたいのかもしれない。


 王都の北端にある王宮と真逆、王都の南端に勇者の学院は位置していた。


「これは……」

 南端というよりも、王都の外側、王都に隣接した南側の土地に建てたといった感じだ。

 少なくとも前世の知識では、ここは王都の外だった。


「広大な土地を使いたいなら、王都の外に作ったほうがいいな」

「ウィル・ヴォルムスの言う通りです。そういう理由でここに建てられました」


 その後、再び馬車に乗りしばらく走って、やっと建物が見えてきた。


「ここが学生寮を兼ねた宿泊所になります」

「きれいな建物だな」


 アルティが丁寧に説明してくれる。

 学生のほとんどはこの寮に住むのだという。


「合格の暁には、ウィル・ヴォルムスはサリアとルンルンと一緒に住むことができます」

「ふるふるも!」

「そうですね。スライムさんも一緒です」


 それなら安心だ。だが、俺が授業中サリアが一人になってしまう。

 それは出来れば避けたい。


「アルティ。授業中のために乳母などは雇えないのだろうか」


 我ながら、まだ合格もしていないのに気が早い心配だとは思う。

 だが、アルティは笑うこともなく淡々と言う。


「あとで託児所をご案内いたします」

「……そんなものまであるのか?」

「はい。子供のいる学生も当然いらっしゃいますから」


 アルティが淡々と説明してくれる。

 勇者の学院は世界中から優秀な人材を集め育成するための学院だ。

 ならば、学生の生活をこれ以上ないぐらい快適にしなければならない。

 そうでなければ、優秀な人材を集めることはできない。

 賢人会議の意向で、そういう方針なのだそうだ。


「託児所の子供たちには、年齢に適した教育が行われます」

「どのくらいの年の子供が多いんだ?」

「サリアより幼い方から、ウィル・ヴォルムスより年上の方もいらっしゃいます」


 それなら、サリアも寂しくないかもしれない。すごく助かる。

 なんとしても勇者の学院に合格したくなってきた。


「よーし、がんばろう!」

「あにちゃ! がんばって!」

 サリアも応援してくれた。俺はそんなサリアの頭をやさしく撫でる。


 その後、俺たちはさっそく託児所へと向かう。

 サリアとルンルンを預けて、アルティと一緒に本館へと向かうためだ。


 託児所についたら、アルティが職員に事情を説明してくれた。

 事情を聞いた後、すぐに職員は笑顔でこちらに来る。


「サリアちゃんっていうのね。よろしくお願いします」

 優しそうな女性だ。託児所の子供たちの面倒を見ている専属の職員らしい。


「あい! さりあだよ! さんさい!」

「はい。ちゃんと自己紹介出来てえらいね」

「えへへ」


 俺は職員にルンルンのことを切り出した。

「あの……この犬なんですが……」

「はい。大丈夫ですよ。お預かりします」

「ありがとうございます」

 どうやら、従魔などを預かるのも仕事のうちらしい。


「ルンルン。サリアのこと頼むな」

「わふ!」


 立派に返事をしたルンルンと元気に手を振るサリアを置いて、俺は本館へと向かう。

 明日の試験について説明してもらうためだ。


 その間フルフルは、ずっと俺の服の中に変形して隠れている。

 アルティは知っているので表に出してもいいのだが、フルフルが出てこないので仕方ない。

 どうやら、俺の服の中を気に入ったらしい。


 道中、アルティが静かな口調で言う。


「ウィル・ヴォルムスは、勇者の学院とその入試について、ほとんど知らないと聞きました」

「ああ、確かに知らない」


 前世の時代になかったものに関しては、俺は八歳児相当の知識しかない。

 そして前世の時代には勇者の学院はなかったのだ。


 その上、本家の御曹司たちに一日中労働させられていた。

 だから世間に触れることも少なかった。

 現代の知識に関しては一般の八歳児よりも無知かもしれないぐらいだ。


「守護神の寵愛値も調べてはいらっしゃらないとか?」

「調べてない。というより、それはいったいなんのことだ?」


 俺の前世エデルファス・ヴォルムスの時代には、守護神の寵愛値などという概念はなかった。


「はい。賢人会議の一員でもある小賢者さまが開発された術式を使うのですが……」

「小賢者?」

「大賢者エデルファス・ヴォルムスさまの直弟子ミルト・エデル・ヴァリラスさまのことです」


 ミルトは俺が死んだ際、俺に縋り付いて泣いていた弟子の魔導師だ。

 俺が生きていたころは単にミルトだった。あれから家名を手に入れたのだろう。

 立派になったものだ。俺は嬉しい。

 その上、俺の指導なしでも俺の知らない魔法を開発したようだ。

 素晴らしい。出藍の誉れとはこのことである。


「それにしても、なぜ小賢者なんだ? 大賢者を名乗ればいいだろう」

「大賢者はエデルファス・ヴォルムスさまのことですから」

 前世の俺に遠慮しているのかもしれない。そんな必要はないのに。


「早速ですが、ウィル・ヴォルムスの守護神の寵愛値を調べることにしましょう」

 そう言ってアルティはすたすたと歩きだした。

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