第5話 サリアの気持ち

 少女と中年と別れた俺は気配を消して森の中を走っていく。


「少し時間がかかったかな」


 それでも後悔はない。

 事情も素性も聞いていないが、少女たちは悪人に見えなかった。

 仲間を見捨てず助けようとする姿勢は大好きだ。


 上機嫌で森の中を走っていると、何者かに追われていることに気が付いた。

 気配を消しているのに追われるとはどういうことだろう。

 俺は誰に追われているのか探るために慎重に様子をうかがう。


「ピギッ!」

 それは綺麗な青色のスライムだった。

 大きさは直径〇・二メートルぐらい。比較的小さなスライムと言えるだろう。


 その小さなスライムが一生懸命鳴きながら、俺を追いかけてきている。

 いまの俺は全力で走っているわけではない。それでもかなりの速さだ。

 普通のスライムの速度ではない。

 どうしても気になって俺は足を止めた。


「お前、どうした?」

「ぴぎぴぎっ!」


 スライムは俺の周りを、何かを伝えたそうにぴょんぴょんとはねている。

 スライムらしからぬ動きだ。本来スライムは下等で知能の低い弱い魔物なのだ。


「ふむ」

 俺がスライムをじっと見ていると、フルフルし始めた。

 スライムを見ていると「ぼくは悪いスライムじゃない」と伝えているように感じる。


「一緒に来たいのか?」

 なぜかスライムの気持ちが少し伝わってくる気がするのだ。

 なぜかはわからない。


「ぴぎ! ぴぎっ!」

 スライムは仲間になりたそうにこっちを見ている……、気がする。


「まあ、いい。一緒に来なさい」

「ぴぎっ!」


 スライムは嬉しそうにふるふるすると、ぴょんと俺の肩に飛び移った。


 なんとなく悪いスライムではないと本能が告げている。

 もし悪いスライムだったら、俺が責任もって退治すればいいだろう。


「一緒に来てもいいが、しばらくは俺から離れるなよ?」

 俺の見ていないところで悪いことをされたら困る。


「ぴぎっ!!」

 スライムは「もちろんだ!」そう言っている気がした。


 俺はスライムを肩にのせたまま、王都へと走った。

 王都の壁を飛び越える前にスライムに言う。


「人に見られないように服の中に隠れていてくれ」

「ぴぎぃ」

 スライムは一声鳴いて俺の服の内側にもぞもぞと入っていった。とても従順だ。


 従魔を連れている冒険者もいるので街中に魔物を連れて入ること自体は違法ではない。

 だが、八歳児が魔物を連れていたら話は別だ。衛兵が事情を聞きに来るだろう。


 屋敷に戻っても家臣たちにもスライムの存在は隠しておくことにした。


 その日の夜は捕まえた鳥の肉を焼いてみんなで食べた。とてもおいしかった。

 そして、食事の後、俺はいつものように馬小屋で毛布にくるまり寝ようとしていた。


 スライムは俺の枕の横でフルフルしていた。

 そして、俺はルンルンに呼びかける。


「ルンルン寝るよ」

「わふ」

 いつもなら駆けてくるルンルンが馬小屋の入り口近くで外の方を向いてお座りしている。


 ちなみにルンルンは、嗅覚が鋭いのですぐにスライムに気づいた。

 だが、警戒することはなかった。馬小屋に戻った後に一生懸命匂いを嗅いで打ち解けたようだ。


「どうした? ルンルン」

「わふ!」

 一声静かな声で吠えると、ルンルンは外へと駆け出した。そしてすぐに戻ってくる。

 その背にはサリアが乗っていた。


「サリア、どうしたんだ?」

 サリアは小さいので元乳母の家臣に預かってもらっている。

 俺が馬小屋で寝ているのは御曹司たちの指示だ。冬は寒いがルンルンが一緒なので大丈夫だ。

 それに家臣たちが、御曹司たちの目をごまかして良い毛布を提供してくれてもいる。


「あにちゃと、るんるんといっしょにねる」

「……馬小屋だぞ」

「いっしょにねる……だめ?」

「ダメではないが……。寒かったら言いなさい」

「うん」


 嬉しそうにサリアはルンルンと一緒に毛布の中に潜っていった。


「あ、ふるふるだ! かわいい」

「ぴぎっ」

「こいつはスライムっていう生物なんだ。ここにスライムがいることは内緒だよ」

「わかった! ふるふるないしょ!」

 そういって、サリアは自分の口を両手でふさいだ。かわいらしい。

 サリアは、しばらくの間、楽しそうにスライムのすべすべの肌を撫でていた。

 そんなサリアに俺は尋ねる。


「サリア、どうしたの? おばさんに叱られたの?」

 おばさんとは元乳母の家臣のことだ。


「しかられてない。さりあはいいこだよ」


 話を聞くと、今日は俺と寝たいと言って、途中まで元乳母の家臣に頼んだらしい。

 そして、馬小屋の近くまで送ってもらったようだ。

 元乳母の家臣もルンルンが迎えに来たので安心して引き継いだのだろう。

 元乳母の家臣には手間をかけさせてしまった。

 兄として、明日きちんとお礼を言わねばなるまい。


 俺はサリアの頭をやさしく撫でる。


「そうか。サリアはいい子だもんな」「ふんふん」「ぴぎっ」


 ルンルンも心配そうにサリアの匂いを嗅いでいる。スライムはフルフルしていた。

 叱られていないのに、俺と寝たいとなると何かあったのだろうか。


 御曹司どもに泣かされたりしたのなら、許さないところだ。

 そんなことを考えていると、サリアが俺にぎゅっと抱きついた。


「あにちゃ……べんきょするために、どっかいっちゃうの?」

「わふ!」


 勇者の学院の話をしている間、サリアは俺のひざの上にいた。だから当然聞いていた。

 三歳なのに、俺たちの会話をある程度、理解していたらしい。

 それで置いていかれると思ってさみしくなったのだろう。


 サリアの話を聞いたルンルンまでびくっとした。

 ルンルンも、俺がどこかに行くと思ったのかも知れない。

 そして俺の顔を舐め始めた。ルンルンなりの方法で置いて行くなと伝えているのだろう。


「大丈夫だよ。兄はサリアを置いて行ったりしないから」

「さりあは、あかちゃんじゃないから……。ひとりでもだいじょうぶ」


 サリアはそう言って涙を浮かべている。

 自分を気遣って、俺が勇者の学院に行くのを躊躇うことのないようにと考えたのだろう。

 三歳なのにとても賢くて優しい子だ。そして気を使いすぎだ。

 三歳の子供は、もっとわがままを言っていいはずだ。


「心配しなくても大丈夫。俺が勇者の学院に行くときはサリアも一緒だからな」

「ほんと?」

「ほんとだよ。まあ、試験に落ちる可能性もあるわけだが」

「あにちゃならだいじょうぶだよ!」


 サリアは、安心したのか元気になったようだった。

 だが、ルンルンはいまだに不安そうに耳をぺたんとさせている。


「わふ……」

「ルンルンも一緒だから安心しなさい」

「わふ!」

 ルンルンも安心したようだ。尻尾をびゅんびゅんと振った。

 毛布がわっさわっさと動くので困る。俺はルンルンの尻尾を手でそっと抑えた。


 それからサリアは今日あったことを一生懸命教えてくれた。


「えっとね、えっとね……さりあ、きょうね」

「ふむふむ」

「わふわふ」


 年の離れた妹はかわいいものだ。俺が聞いてやると一生懸命話してくれる。

 ルンルンも真剣にサリアの話を俺と一緒に聞いていた。

 しばらくすると、話し疲れたのかサリアは眠ってしまった。


「ルンルンも、いつもありがとうな」

「わふ」

「舐めるな舐めるな」


 ルンルンは尻尾をぶんぶん振りながら、俺の顔を舐めまくってくる。

 ルンルンの尻尾のおかげで、毛布がばふばふと動く。

 それでサリアを起こしたら可哀そうだ。


 俺は尻尾をやさしく抑えて、ルンルンの頭をやさしく撫でた。

 すると、ルンルンはお腹を見せて、腹を撫でろと要求してくる。

 しばらく、俺がルンルンのお腹を撫でていたら、

「ふしゅー、ふし」

 ルンルンは仰向けの状態で眠りについた。

 ちなみにその間ずっとスライムはフルフルしていた。




 それから三日後。御曹司に命じられた俺は屋敷のトイレを素手で掃除していた。

 使用人用のトイレだ。ヴォルムス家には家臣とは別に家事をする使用人もたくさんいる。

 男女両用の個室が合計七つもあるので、一人で掃除するのは少し大変だ。


 俺が一生懸命掃除していると屋敷の入り口の方が俄かに騒がしくなった。

 音が気になるのか、俺の服の内側に隠れているスライムがぷるぷる動いた。


 何か問題が起こったのだろう。

 だが俺には関係のないことだ。訓練と掃除に集中する。

 前世の記憶が戻ってからは、いつも掃除中に工夫して身体と魔力を訓練するようにしていた。


 家事をしながら身体の中の魔力を循環させるのだ。

 同時に身体を動かす際には、逆方向に魔力で負荷をかけていく。

 素手でやれ! と御曹司に命じられたので、それもついでに訓練メニューに加えていく。

 手を魔力の膜で覆って汚物に直接触れないようにする。

 これには繊細な魔力操作が求められる。難しいからこそ、とても良い訓練になる。


「だから! それはあまりにも勝手じゃねーか!」

 長男の御曹司、十五歳児の慌てる声が聞こえた。


「そうだ! いくら救世機関とはいえ、ここはヴォルムス家だぞ!」

 次男の十二歳児の騒がしい声も聞こえてきた。


「苦情は御当主から、賢人会議の方へとお願いします」

 冷静な女性、いや少女の声が響く。静かだがよく通る声だ。


「だから! 当主が留守の間は俺がヴォルムスの家を預かっているんだ! 勝手な……」

「誤解しないでください。あなたにもヴォルムスの当主にも許可は求めていません」

「――ッ!」


 もめている声が、どんどんこちらに近づいて来る。

 面倒になりそうだと思いながらも掃除を続けていると、トイレの扉が勢いよく開かれた。


「あなたがウィル・ヴォルムスですね」

 金属鎧を身に着け帯剣した、真面目そうでとても綺麗な少女だった。


「そうだが……、何か用か?」

「ウィル・ヴォルムス、あなたをお迎えにまいりました」


 そういって少女は硬い表情のまま、こちらに向かって手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る