第23話 花梨とあだ名

「鬼瓦くんとブタゴリラくんって、響きが似てますよね」

 中庭で俺と一緒に休憩していた鬼瓦くんに、言葉のナイフが突き刺さった。

 相手は花梨。

 優等生で誰にでも丁寧に接し、相手を敬う姿勢を持つ彼女。

 それがなにゆえ、通り魔的凶行におよんだのか。



「冴木さん……。酷いよ……」

 今回は鬼瓦くんに同情である。

 出会い頭にブタゴリラ呼ばわりはちょっと酷い。


「あ、別に鬼瓦くんの事を言った訳じゃないですよ? さっきお友達と話していたんですけど、昔のアニメにそういうキャラが居たらしくて」

 俺は知っている。

 それは、キテレツ大百科に出てくるキャラクターのあだ名である。


 知らない人のために言っておくと、別にブタゴリラがいじめられている訳ではない。

 むしろ、自分がそう呼ばせている。そして彼はどちらかと言うとガキ大将。

 確か、本名の薫と言う名前にコンプレックスがあるとか、そんな話だった。

 薫がダメでブタゴリラがセーフの判定基準は分からない。


「それで思ったんですよ。生徒会のみんなってあだ名がないなぁって」

「ああ、そういう話か。ビックリしたよ」

「僕もです。ついに冴木さんに見放されたのかと思いました。」


「何言ってるんですかー! 生徒会の仲間ですよ、あたしたち!」

「さ、冴木さん……!」

 目頭を押さえる鬼瓦くん。

 桃色のハンカチにチューリップの刺しゅうが光る。

 鬼の目にも涙。泣いた鬼神。


「それで、さっきの話なんですけど。二人はあだ名とかってないんですか?」

「おう。鬼瓦くんは、一部の生徒の間で鬼神って呼ばれて、崇められてるぞ」

「ゔぁ!? そ、そうなのですか!?」

「うん。そうなのさ」


 そして俺も心の中ではよくそう呼んでいる。

 だって、カッコいいじゃないか。

 鬼神カッコいい。


「僕などが神という文字を背負うなんて! 毬萌先輩だけですよ、神と言う文字に相応しいお方は!!」

 謙虚な鬼瓦くん。

 でも、その論法で行くと、君、あだ名が鬼になっちゃうけど、良いのかい?


「鬼瓦くんの事はどうでも良いです! 桐島先輩はどうですか?」

「別に、俺ぁ普通に桐島って呼ばれてるけどなぁ」

「いえ、桐島先輩。毬萌先輩はコウちゃんとお呼びしているじゃないですか」

「あー。そう言えばな。それってあだ名か?」


 毬萌が俺をコウちゃんと呼ぶようになった記憶をたどると、幼稚園まで遡る。

 まあ、別に大した話じゃないので、いつか機会があればお話ししよう。


「んー。ステキなあだ名だと思うんですけど、あたしが呼ぶにはちょっと……。先輩の事をちゃん付けは失礼すぎますよー」

「なんだ? 花梨、俺の事、あだ名で呼びてぇの?」

「あ、はい! お友達とも話してたんですけど、仲良しになったらあだ名が良いよねって! そろそろ生徒会にも馴染んできたので……。ダメですか?」


 そうやって上目遣いで見つめてくるのは反則じゃないか。

 肯定するか、より大きな声で肯定するかの二択になってしまう。


「俺ぁ別に構わんが。でも、俺ぁマジであだ名で呼ばれた事ねぇからなぁ」

「そうですか……」


 目に見えて元気のなくなる花梨。

 これはいかんと俺の脳がフル回転。

 代替案を絞り出すことに成功。


「そんじゃあ、花梨にあだ名を付けるってのはどうだ? そいつを俺たちが呼べば、まあ距離感は縮まった感じになると思うんだが」

「わぁ! それ、とってもステキです! あたしもあだ名って付けてもらったことがないので! ぜひぜひ、お願いします!」


 こうして、花梨のあだ名を考える会が発足した。

 しかし、この手の閃きは実のところ苦手分野。

 もしこの先、笑点の大喜利に出る機会があっても、多分俺は手を挙げられない。

 そんな事を考えていると、鬼瓦くんが手を挙げる。

 はい、鬼神さんが速かった。


「冴木さんの名前をすこし崩してみるのはどうでしょう」

「鬼瓦くん、良い感じのあだ名を思い付いてくれたんですか? 見直しましたよ!」

「いや、ははは。照れるなぁ。ええとね、花梨さんの花を英語にして、カリフラワーさんって言うのはどうかな?」



 花梨さんが無言で首を振ったのが、返答の全てであった。



「なんでそんな野菜みたいな名前で呼ばれないといけないんですかー! もぉー! 鬼瓦くんのこと、見損ないました!!」

「ゔぁあぁぁぁっ! ご、ごべんなざい!!」


 鬼神さん、座布団を全部持って行かれる。

 しかも、山田くんに蹴りまでいれられるパターンと見た。


「鬼瓦くんはもう良いです! 先輩、せーんぱい! なにかステキなあだ名、あたしに付けて下さい!! えへへ、楽しみですー」

「おう。……おう。ちょっと、ちょっと待ってな」


 鬼瓦くんの屍を見て、俺は思う。

 いやさ、悟る。



 これ、多分俺の考え付く程度のあだ名じゃ、同じ轍を踏むぞ、と。



 ならばどうする。

 策を弄すると逆撃に遭いそうだし、今思い付く小細工が聡明な花梨に通じるとも思えない。

 つまり、真っ直ぐに行くしか道はない。


「あー。そうだな。俺ぁ、花梨って名前がすごく好きだからなぁ」

「は、はぇぇぇっ!? あ、あの、それはどういう……?」

「いや、花梨って本当に花のように可憐な女子だと思うしな? せっかく名が体を表してんのに、俺が変なあだ名つけるのはもったいねぇなって」


 数秒の沈黙。

 そして、花梨。勢いよく立ち上がる。


「も、もぉー! 先輩って、そういう事も言うんですね! そ、そんなに先輩が言うなら、あたしもあだ名はなしで良いです! じゃ、じゃあ、お先に失礼します!!」


 そう言い残すと、花梨は何か大事な宝物でも抱えるようにして、行ってしまった。



「鬼瓦くん。俺らも行こうか。ほら、涙を拭いて」

「……はい。僕も桐島先輩のようになりたいです」


 俺にできるのは、鬼瓦くんの背中をそっとさすってあげるくらいである。

 あと山田くんは座布団返してあげてくれる?

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