第21話 花梨と髪型

「こっちも可愛くないですか?」

「そだねーっ! あーっ、こっちのヤツ、花梨ちゃんに似合いそうっ!」

「ホントですか? 嬉しいですー」

「むーっ。わたしも髪、伸ばしたいけど、お手入れとか大変そうだしなぁ」

「意外と簡単ですよ? あたし、今度お教えしましょうか?」

「ホントーっ!? 花梨ちゃんの髪、すっごく綺麗だから、楽しみーっ!!」


 先ほどから、女子二人がソファでガールズトークを展開中。


「……おっし。鬼瓦くん、こっちの数字、送ったぞ」

「かしこまりました。はい、問題ありません」

「次のページ行くぞ。うげ……こいつぁまた、桁が多いなぁ」

「桐島先輩、計算は僕が。先輩は、文章の方をお願いします」

「よし来た。適当な文言考えるのなら任せとけ!」

「さすがです。こちらの処理はすぐに済ませますので」


 こちらは、パソコン睨んでボーイズトークを展開中。



 ボーイズトークって何だ。ただの仕事の確認じゃないか!



「ま、毬萌……。出来たぞ……」

 俺と鬼瓦くんで必死に作っていたのは、教職員と生徒会で行われる合同会議の資料である。

 新年度一発目と言う事もあり、まあ数字の多いこと。

 「俺らでやるから女子は休んでろ」なんて格好つけるんじゃなかった。


「はぁーい! それじゃ、わたしは職員室に行ってくるねーっ!」

「おう。あとは任せた。気を付けてな」

 急いで行って転ばなければ良いのだが。


 毬萌は教師からの信頼も厚く、『花祭学園のいじわるな舅』の異名を持つ教頭でさえ、彼女を相手にするとえびす顔になる。

 会長様に全てを任せるのは気が引けるけども、俺が出張って行ったら教頭の嫌味、ネチネチ30分コースは確定なので、致し方ない。


「お二人とも、ちょっと良いですか?」

 花梨が雑誌を片手に机へやって来た。

 せっかく話しかけてくれた可愛い後輩を拒む理由などあるはずもない。


「おう。どうした?」

「僕もですか?」

「はい! 鬼瓦くんも一応、男の人ですので! 意見は多く聞きたいなって!」

 そう言って、花梨は付箋してあったページを開いた。


 そこには、古今東西ありとあらゆる女子の髪型が掲載されていた。

 ……いや、完全に誇張が過ぎる表現だとは思うけれども、俺にはそう思えるくらいの圧倒的な量であった。


「率直なお答えも頂きたいんですけど、女の子のどんな髪型が好きですか?」

 俺は瞬間、察していた。

 あ、これ選択肢ミスるとヤバい質問だ、と。


「僕はですね……」

 鬼瓦くんの思い切りや良し。

 と言いたいところだが、それは危険な勇み足ではないか。

 女子力の高い鬼瓦くんであるからして、杞憂だと願いたいが。


「どんな髪型でも、その人に似合っていればステキだと思います」

「もぉー! そういう優等生な答えは求めてないんです! 鬼瓦くんはもういいです!!」

「そ、そんな……。先輩、僕はちょっとお花を摘んできます……」

 しょんぼり瓦くんがトボトボと退室して行った。


 やはりそうなったか。

 いかに無類の女子力と、他の追随を許さぬ嫁力を持つ鬼瓦くんとは言え、やはり男子。

 この手の質問で「元々特別なオンリーワン」的な発言をすると、往々にして女子の不評を買う事になる。


 なんで乙女心を知った風な口を利いているのかって?



 ガキの頃から毬萌で散々懲りてるからね!!



 お忘れかもしれないが、うちの幼馴染。

 天才だったりアホの子だったりとコロコロ変わるが、元は女子なのだ。

 この手の質問は嫌と言うほど受けてきた。

 そして、「どれでも良いんじゃね?」的な答えを返すと、むくれられるか、飛び掛かって来られる。


 ならば、花梨の場合にもその理屈が応用できるのではないか。

 そこに気付いた今日の俺は実にシャープ。


「桐島先輩はどう思います? 女の子の髪型で、良いなって思うヤツ、この中にありますか?」

「そうだなぁ。この中だと……」

 花梨の髪は割と長い。

 つまり、ショートヘアーの類は危険な予感がする。


 しかも、花梨は普段から髪型に気を遣っている。

 編み込みって言うんでしょう? あの、髪をクルクルさせるヤツ。

 男の俺から見ても、絶対に準備に毎朝時間を費やしていると見た。


「俺ぁ、この、ポニーテールってのが良いなぁ! なんかゆらゆらしてたら可愛い気がするし!」

「そうなんですか! へぇー! 参考になります!!」

 ほら、好感触。

 自分の髪でアレンジできる種類を選んだら喜ぶだろうと思った。

 ならば、ダメ押しをしておくべきと俺は愚考する。


「花梨にも似合いそうだと思ったよ!」

「へっ? も、もぉー! 桐島先輩もそういうお世辞言ったりするんですね!」

「いやいや、結構マジで! ああ、もちろん、今の髪型も似合ってるぞ?」

「もぉー! ちょっと、褒め過ぎですってば! ふぅー、なんだか熱くなってきたので、ちょっと飲み物買ってきます!!」


 今日の俺は絶好調。

 これほどまでにスマートな女子との会話は、月に一度あるかないか。

 自分に高評価をしていると、鬼瓦くんが戻って来た。



「桐島先輩、戻りました」

「おう。お帰り」

「冴木さんに、何か髪型を勧めてあげたのですね。さすがです。とても嬉しそうに廊下を歩いていましたよ」



 ん?



「鬼瓦くん。もしかして、さっきの返答」

「はい。僕ごときに適切な答えをされても嬉しくないと思いましたので、差し出がましいようですが、少し演技を。芝居がかり過ぎていましたか?」

「……ううん。全然平気」


 鬼瓦くんの真なる女子力の高さに脱帽。

 所詮俺は井の中の蛙であったようである。


 鬼神うっとり。

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